経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

日の丸創薬ベンチャーは冬の時代主流は低リターンの「優等生型」

日本の創薬ベンチャーが冴えない。〝日の丸新薬〟という夢を追いかける「ハイリスク・ハイリターン銘柄」として、個人投資家を中心に支持を得てきたが、いつまでたっても赤字から抜け出せない。その背景には、日本の製薬業界の病巣とでも呼ぶべき構造的な問題がある。文=ジャーナリスト/大竹史朗(雑誌『経済界』2022年11月号より)

テラの倒産。アンジェスの低迷

 今年8月5日、東証スタンダード市場に上場していた古参のバイオベンチャーが自己破産に追い込まれた。東京大学医科学研究所の研究員だった矢﨑雄一郎氏が2004年に立ち上げた、テラである。

 同社は「樹状細胞ワクチン」という、患者自身の免疫細胞を採取し、これを培養・強化したうえで体内に戻すテーラーメード医療の先駆けとして脚光を浴びた異色の存在だった。創業から5年で旧ジャスダック市場への上場を果たしたことからも、投資家から高い注目を集めていたことが分かる。

 この樹状細胞ワクチンを、厚生労働省の薬事承認を得ることで、より汎用性の高い治療法として普及させることを目標としていたテラだったが、成果は遅々として得られないまま、18年に創業者である矢﨑氏の保有株をめぐるインサイダー疑惑が発覚。不祥事の連鎖は止まらず、本業の樹状細胞ワクチンの臨床開発に必要な資金繰りに最後まで苦しんだまま、新型コロナウイルス治療薬開発を巡る投資詐欺に巻き込まれるという醜態を晒して幕引きを迎えた。

 新薬開発に成功しながらも株価低迷から抜け出せない企業もある。1980年代に黄金期を迎えた米国に遅れること20年、まだ歴史の浅い日本の創薬ベンチャーにあって、「第一世代」と呼ぶべき存在が、99年に誕生した大阪大学発のアンジェスだ。

 同社の主要開発品である遺伝子治療薬「コラテジェン」は、薬事審査の紆余曲折を経て2019年に承認。しかし、有効性や安全性が不確かだという評価から「条件・期限付き承認」にとどめられ、期待された売り上げを確保できていない。起死回生を狙い、国産新型コロナワクチン開発にも名乗りを上げたが、臨床試験における予防効果はファイザー製やモデルナ製を大幅に下回り、投資家の期待を裏切った。現状の株価低迷は分かりやすい結果だろう。

 ここ数年、日の丸創薬ベンチャーで一番の勝ち組と目されていたのが、東大医科研発のペプチドリームだ。安価に製造できる低分子化合物と、疾患ターゲットを狙い撃ちできるバイオ医薬品の〝いいとこ取り〟をしたペプチド創薬の雄として、欧米の名だたる製薬企業に独自技術の使用許諾を与え、業績を上げてきた。

 ところが、ここ1年で株価の低迷が続き、一時は6千円を超えていた株価は2千円台を割り込むまで暴落した。放射線医薬や新型コロナ治療薬などにも、合弁など自社の関与度合いを強めるかたちで手を広げているが、成果が出るのはまだ先だ。株価浮揚のタイミングはまだ見えない。

今後注目される再生医療企業3社

 おしなべて株価が冴えない日本のバイオベンチャーだが、上場件数自体は、かつてないほど盛んとなっている。昨年も、ステラファーマやペルセウスプロテオミクスなど6社が上場を果たした。

 新世代のバイオベンチャーの特徴は、大手製薬企業から開発業務の一部を請け負う「受託サービス」が主流となっている。創薬ベンチャーのほとんどは数十億円規模で必要となる研究開発費を借入金などで賄っており、臨床試験の初期~中期段階で有望なデータを示すことができて初めて、大手製薬企業とのライセンス契約が見込めるが、それまでは赤字経営が普通だ。一方、受託サービスに軸足を置くベンチャーは、黎明期から研究開発投資で博打を打つ必要がないため、ニーズを読み誤らなければ高い確率で利益が見込める。

 例えば、整形外科などの医療機関向けに、脂肪由来幹細胞の培養サービスを主力事業として展開するセルソース(19年上場)や、1999年の設立から臍帯血バンクを手掛けるステムセル研究所(2021年上場)は、どちらも上場時から黒字を維持している。

 こうした優等生型の堅実経営のバイオベンチャーが主流となりつつあるのには、もちろん理由がある。前述した第一世代の創薬ベンチャーが、投資家の大きな期待を背負って上場を果たしたにもかかわらず、赤字を抜け出すことができなかったからだ。

 もちろん、新世代にも王道のハイリターン型創薬ベンチャーとして気を吐く企業もある。直近で上場の可能性がある注目銘柄として社名が挙がっているのは、再生医療技術を武器に大手製薬企業とのライセンス契約にこぎつけた実績を持つ3社だ。

 まず、慶應義塾大学発のハートシード。iPS細胞を使って開発中の心臓病治療技術が評価され、昨年6月、デンマークの大手製薬企業ノボノルディスク社と、契約一時金などを含め最大650億円超を受け取る大型ライセンス契約を成功させ、業界関係者を驚かせた。ノボノルディスクは年内にも臨床試験を開始する予定だとしており、ハートシードの上場期待も高まっている。

 ハートシードと同じくiPS細胞技術由来で、心臓病向けの心筋シートの事業化を進める大阪大学発のクオリプスは、国内大手の第一三共と提携し、薬事申請に向け最終試験段階に入った。また、広島を基盤とするツーセルも、中外製薬とMSC(間葉系幹細胞)を使った膝軟骨の再生医療製品の開発を手掛けている。

 日本の創薬ベンチャーがパッとしない理由の第一は、資金を供給する銀行や後期臨床試験以降の製品化を担う製薬企業が、いずれも欧米と比べてリスクを避ける体質にあるとされる。

 高い技術力を背景に、日本の大学・研究機関が本来持っているはずの有望なシーズを、いかに大手企業へと橋渡しするかは、創薬ベンチャー黎明期から解決していない宿痾だ。国も官製ファンドを立ち上げるなどして、度々テコ入れを図ってきたが、資金力の弱さもあって、日の丸創薬ベンチャーが世界を席巻する日は訪れていない。

 新型コロナ治療薬やワクチンの開発で露呈したように、ファイザーに代表される欧米メガファーマは、有望なシーズを持つバイオベンチャーには買収を含め機動的な投資を惜しまない。日本の製薬企業が欧米に後れをとるのは、これがはじめてではない。「目利き」が甘いという指摘も根強くあるが、必要なのはむしろリスクを恐れないスピード感だろう。