経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

劇場からの糧で経営を成り立たせる。演劇一筋をつらぬく劇団四季の真意 四季 吉田智誉樹

吉田智誉樹 劇団四季

長引くコロナの影響を受ける演劇界を再興に向けて力強くけん引する劇団四季。稀代の演出家であり経営者であった創立者の故・浅利慶太さんの跡を継ぎ、2014年から社長を務める吉田智誉樹氏に、コロナからの再起と来年の創立70周年を経てさらなる未来へ向かう四季の現在地を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2022年11月号より)

吉田智誉樹 劇団四季
吉田智誉樹 四季社長
よしだ・ちよき 神奈川県出身。慶應義塾大学卒業後、1987年に四季入社。主に広報営業関連セクションを担当。制作部広宣・ネットグループ長、執行役員広宣部長、取締役広報宣伝担当を歴任。2014年に社長就任。

コロナで売上高7割減を2023年までに立て直す

―― 演劇界はコロナで最も大きな打撃を受けた業界のひとつです。

吉田 お客さまの勢いは確実に戻って来ています。ですが、出演者が感染すると公演を中止しなければなりません。国内の感染者数と座内の感染者数は比例しています。この第7波の影響で、7月に入ってから56回の公演が中止になりました(8月上旬時点)。ここまでの数になると、売上減は4億円近くになり、業績に大きな影響を及ぼします。7月中旬の時点では、今年は営業利益での黒字も見込めていましたが、この第7波で数字を読み直す必要が生じています。諸外国の事例を見ると、ピークアウト後は急激に感染者数が少なくなるようなので、早く日本もそうなることを祈っていますし、反転攻勢に努めたいと思います。

―― 売上高は、2019年比で20年は30%、21年は60%と大幅減から徐々に回復しています。コロナ前に戻るのはいつになりそうですか?

吉田 社会状況によりますが、理想は23年までに元の状況に戻ることです。先ほど申し上げた通り、出演者から感染者が出ると簡単に公演が中止になってしまう状況は何とかしたい。ですがこれは、国の指導を得て業界が定めたガイドラインが関連します。コロナの感染症法2類相当と5類相当の分類問題もそのひとつですが、舞台の「供給」が止まらないコロナ対策を日本国内で実現できるかにかかっています。

 また、コロナと直接関係はありませんが、大型作品の初演時には大規模な投資が必要になり、それが経営状況にインパクトを与えます。23年以降も新規の投資予定がありますので、うまくバランスを取りながら安定経営を目指したいと思っています。

―― コロナ禍の2年間で約100億円の赤字、資本金も1億円に減資されています。経営者として最優先されたことは?

吉田 コロナ初期の頃は、先が全く見通せないなか、これほど「演劇とは何か」ということを考えさせられた日々はありませんでした。しかし、どんなに考えても、お客さまと同じ空間を共有することで得られる「同時性」と、同じ舞台は二度と作れない「一回性」が演劇の魅力の源泉であり、いかなる方法でもこれを再現することはできないという結論に至るのです。そして、歴史的に見ても、演劇は数々の戦禍や疫病の流行を乗り越えて生き残ってきた。厳しい経営状況になるかもしれないが、あくまで生の演劇にこだわり、コスト削減などできることはすべてやって収束まで耐え抜くことを決意しました。消極的と言われるかもしれませんが、現在のチケット販売の勢いや来場されるお客さまの笑顔を見ていると、間違いではなかったと感じています。

―― コロナ1年目は経営者としての怖さを感じませんでしたか。

吉田 もちろんありました。しかし、経営者としては、不安な気持ちをそのまま口に出すわけにもいきません。本当に辛い日々でした。特に20年2月末~7月13日まではすべての公演が中止になりましたので、仕事を失った俳優たちが一番苦しい思いをしたはずです。彼らの不安を解消するためには、抽象的な励ましの言葉ではなく、経営状況を正確に伝えることが大事と考え、劇団の存亡ラインなどをできるだけ具体的に話すようにしました。また、再開直後に劇場に足を運んでくださったお客さまには本当に感謝しています。「カスタマーファースト」の大切さを改めて実感した日々でした。

「芝居だけで食っていく」方針から〝だけ〟を外す

―― コロナ禍ではオンライン配信もスタートしました。

吉田 初めて配信にチャレンジしたのは、20年12月のオリジナルミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』でした。その後も、ファミリーミュージカル『はじまりの樹の神話~こそあどの森の物語~』をはじめ、いくつかの作品で配信を行いました。しかし、海外ライセンサーから日本での上演権を得ている作品はこうした2次利用ができないため、配信が可能になるのはわれわれがグランドライツを持つオリジナル作品に限られます。しかし、配信はチケット単価も安いですし、本業で失われた利益をカバーするほどの事業規模には至っていません。あくまでも収益の多様化が目的の補完的な手段という位置付けです。

 一方、配信はネット環境さえあれば全国どこでも視聴できますから、地域格差問題を是正する一助になると考えています。東京で初演された新作をすぐに見たいという全国のお客さまに喜ばれるツールになっており、収益よりもそちらの側面が役割として大きいかもしれません。今後もオリジナル作品は随時配信していく方針です。

―― コロナがあり、公演以外の新たなビジネスやマネタイズにはどう取り組まれてきましたか?

吉田 入団1~2年目の若手有志を募って、「次世代新規事業プロジェクト」を発足しました。このメンバーが従来の考え方にとらわれない新たな企画を考え、そのなかのいくつかが実現されています。前述の配信もそのひとつですが、ほかにも稽古場の食堂で劇団員に提供しているカレーのレトルト商品化や、作品にちなんだワインの企画販売などがあります。また、これまで行っていなかった月刊会報誌への広告チラシ封入も始めました。われわれのIPをNFT化して販売することも検討しましたが、権利処理が複雑なことや市場が未成熟なこともあり、こちらはいったん保留にしています。

 創立者の浅利慶太からは、いろいろなことを教わってきました。彼から言われ続けてきたことのひとつに、「芝居だけで食っていく」という言葉があります。プロの演劇人の矜持を謳った言葉で、劇団が大切にしている理念のひとつでもあります。しかし、コロナ禍に見舞われて組織が危機的な状況に陥るなか、浅利の墓前に赴き「芝居だけ〝だけ〟は外させてもらいます」と伝えました。もちろん生の演劇にこだわり、劇場からの糧で経営を成り立たせる大方針はこれまで通り変えませんが、マネタイズできるチャンスには貪欲でありたいと考えています。

―― この先のIP展開を考えるとオリジナル作品の重要性がより増していきそうです。

吉田 その通りです。劇団四季は浅利の時代からオリジナルミュージカル創作には熱心でした。ですが、1990年代後半からは専用劇場の確保などの仕事が増え、オリジナル作品は再演が中心になっていました。私の体制になってからオリジナル新作を年に1本上演することを目標に掲げており、2019年からそれを実行しています。今年は『バケモノの子』が4月に開幕しました。細田守監督のアニメーション映画を原作にした一般向けのミュージカルです。来年は児童・青少年招待事業の「ニッセイ名作シリーズ」で、オリジナルの新作ファミリーミュージカル『ジャック・オー・ランド ~ユーリと魔物の笛~』を上演します。劇団四季は、1964年に始まった日本生命さん主催のこのボランティア企画に、当初から作品を提供してきました。浅利の時代のオリジナルミュージカルのほとんどが、ここから誕生しています。

非効率で不経済だからこそ唯一無二の体験が生まれる

―― 全国の子どもたちに演劇を届ける「こころの劇場」を2008年より続けています。

吉田 「こころの劇場」は、一般財団法人「舞台芸術センター」と共に行っている、全国の小学6年生を対象とした招待事業です。毎年約180都市400回の公演を実施し、年間で約56万人に観劇していただいています。いま小学6年生の人口は100万人弱ですので、その半分以上に舞台を届けられている計算です。コロナのためこの2年はオンライン開催になっていますが、早期の再開を目指しています。

 「生命の大切さ」「人を思いやる心」など、生きていく上で大事なことを舞台を通じて語り掛けるという趣旨にご賛同いただき、ありがたいことに全国200社以上の企業さまにいろいろなスタイルでご支援をいただいています。また、子どもの頃の観劇体験は、未来の観客や演劇を志す若い才能を生み出すことにもつながるでしょう。この活動は日本の舞台芸術界の底上げと発展にも貢献しているはずです。

―― コロナでライブのオンライン視聴が一般的になりつつある一方で、リアルな観劇体験を求める声はコロナ前より高まっていると感じます。

吉田 間違いなくそうなっているでしょう。いったん失われたことで、価値が再定義された気がします。

 演劇の経済効率は決して高くありません。俳優やスタッフは長い稽古や訓練を行わねばならず、上演時には関係者全員が必ず同じ時間に劇場に集い、お客さまにもわざわざそこまで赴いていただく必要がある。それが演劇です。その非効率性とどうしようもなく不経済であることは演劇の逃れられない宿命ですが、だからこそ、そこでしか味わうことのできない唯一無二の特別な体験価値をお客さまに提供できるのです。