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売るクルマがない日野自動車こうなったのは誰のせい?

日野自動車が、不正に揺れている。エンジンの排出ガスや燃費性能に関する国の試験データ改ざんで国内向けトラックの全車種の出荷がストップするという異例の事態に陥り、株価は4割下落した。歴代社長を送り込んできた親会社、トヨタ自動車の対応も問われている。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2022年11月号より)

20年以上続いた検査データ改ざん

 日野自動車のデータ改ざん問題が最初に発覚したのは3月4日。記者会見を開いた日野は社内調査の結果、不正行為が判明したと発表した。排出ガスの浄化性能が国の基準に満たない可能性があることから、不正が確認されたエンジンと、搭載したトラックとバスの出荷停止を決めた。

 この時点の発表では、不正のあった車種の累計販売は、2月末時点で約11万3千台。不正は少なくとも2016年9月から行われていたという説明だった。北米市場向けの車両用エンジンで、排ガスの認証に関する問題の存在が浮上し、国内でのデータ不正が明らかになった。

 小木曽聡社長は不正の背景について、「数値目標やスケジュールを守ることについてのプレッシャーが大きかった」と説明した。

 会見の直後、国土交通省は道路運送車両法に基づき東京都日野市の本社などを立ち入り調査。日野は、中型トラック「日野レンジャー」約4万7千台をリコールすると国交省に届け出た。

 そして国交省は3月29日、対象のエンジンに関する型式指定を取り消す行政処分を科した。自動車メーカーは型式指定を受けることで、理論上は1台ずつ実施する必要があるエンジンや車そのものの検査を省いてもらっている。その取り消しは事実上、対象となるエンジンを搭載した車両の生産ができなくなることを意味する。道路運送車両法施行後、初めてという異例の処分だった。

 こうした中、日野は4月27日に22年3月期連結決算を発表。純損益は847億円の赤字(前期は74億円の赤字)だった。3月に赤字が540億円になるとの見通しを公表していたが、追加でリコール費用を計上したため、損失が膨らんだ。また、6月下旬に開催した定時株主総会では、下義生会長が退任。任期満了を理由としているが、就任から1年での退任は事実上の引責と言える。

 不祥事を起こした企業は、謝罪会見を開き、人事で責任を明確化すれば、一時的な株価や業績の落ち込みがあったとしても、徐々に立ち直っていくのが一般的だ。しかし、日野の不祥事では、状況はここから、悪化の一途をたどっていく。

 8月2日、日野は外部の弁護士などでつくる特別調査委員会(榊原一夫委員長)の報告書を発表。報告書は、排ガスの不正は少なくとも約20年前の03年から行われていたと指摘した。不正は一気に、深刻さの度合いを増した。

 また報告書は、国交省が16年、自動車各社に排ガスや燃費の試験の実態を調べるよう求めたのに対し、日野自動車はデータの書き換えなどを通じて、虚偽の報告をしていたことを明らかにした。榊原委員長は、「上に物をいえない風通しの悪い組織となっている」と、企業風土に関する問題点を指摘した。

 国が実態調査を求めた背景には、当時、大きな問題となった三菱自動車の燃費不正がある。同社はこの問題で経営に大きな打撃を受け、日産自動車からの出資を受け入れることになった。その際、日野が虚偽報告で乗り切ったことが判明し、業界関係者や国交省の怒りは頂点に達した。

 同じ8月2日、日野自動車の小木曽聡社長も会見し、「心からお詫びを申し上げる」と陳謝。燃費不正に関して「社内の目標値に対して実力が届かず、開発の部署が追い込まれて不正に走ってしまった」などと説明した。だが、経営責任については、「私も含めた現在の経営陣も過去の経営陣についても、責任の所在を見極めて厳正に対処していきたい」と述べるにとどめた。

立ち入り検査でばれた新たなる不正検査

 これだけでは終わらなかった。8月22日、小型エンジンでも新たな不正が発覚したのだ。このエンジンを搭載する小型トラック「日野デュトロ」は同日から出荷を停止。デュトロなどの小型トラックは、同社がテレビCMなどで「ヒノノニトン(日野の2トン)」とアピールしてきた車種だ。

 小型を含め、国内向けトラックの全車種の出荷が止まった。小木曽社長は緊急会見で、「利害関係者の皆さまの信頼を再び損ない、深くお詫び申し上げる」と再び、謝罪した。

 新たな不正は日野が自ら公表したわけではなく、国交省が8月に実施した立ち入り検査で判明。排ガスの測定試験で決められた測定回数を満たしていないなどの不正があった。新たに発覚した不正の対象台数は約7万7千台。日野によると、一連の不正の対象台数は64万台を超えた。

 日野の親会社であるトヨタの豊田章男社長は同日、「親会社としても、株主としても、極めて残念に思う。日野自動車が利害関係者の皆さまの信頼に足る企業として生まれ変われるのか注視し、見守ってまいりたい」とコメントした。

 そして、トヨタなど国内の主要自動車メーカーが参画する商用車の技術開発会社「コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)」はその2日後、日野を除名すると発表した。日野の不正行為は顧客や社会から理解を得られないとの豊田社長の提言を受けて協議した結果、除名が決まったという。

 CJPTは自動運転や電動化などの次世代技術の共同開発などを行う共同出資会社。21年4月にトヨタ、日野、いすゞ自動車が設立し、同年7月にスズキとダイハツ工業も参画。トヨタが60%、4社がそれぞれ10%出資していたが、日野は10%分の株式をトヨタに譲渡する。自動運転技術がまず活用されるのは、同じルートを通ることが多いトラックやバスだとみられている。このように商用車にとって次世代技術の重要性は乗用車よりも大きいとの見方もあり、CJPTからの除名は今後、日野の研究開発に禍根を残しそうだ。

 世界的な半導体不足や原材料価格の値上がりなど、経営環境が悪化している時に発覚した子会社の不祥事。トヨタにとって「多大な迷惑」であることは確かだが、トヨタは01年に子会社化した後、日野に歴代社長を送り込んできた経緯がある。不正行為が続いており、トヨタも責任は免れない状況だ。

 日野は8月30日、「信頼回復プロジェクト」を発足。「皆さまからの信頼を裏切ってしまった事実、『日野はもはや存在意義がない』といった社会からの評価を重く受け止める」として、「日野のこれからを担うマネジメント層と中堅層による社長直轄チームが主導し、皆さまのご迷惑やご心配に真摯に向き合うとともに、日野がすべきことを時々刻々と判断し行動していく所存です」との声明を発表した。具体的な取り組みとして「パワハラゼロ活動」を立ち上げたという。

 また、小型トラック用エンジンに関して、トヨタと国の認証を取得するための業務で連携を強化すると発表した。日野の不正エンジンは、トヨタのトラックにも搭載されていた。日野は製品の信頼回復に向け、トヨタと連携を深めていく方針だ。

業界再編の可能性。鍵握るいすゞの動向

 日野とトヨタが信頼回復に躍起な一方、株式市場や、米国など海外の消費者の両社への視線は厳しさを増している。日野の不正が最初に明らかになった3月4日の前日の同社株の終値は1050円。半年後の9月2日は634円で、下落率は40%となっている。日野が供給できないため、代替需要が生まれるとの見方から、いすゞの株価は8月29日まで、9営業日連続で上昇した。

 また、米国では日野とトヨタが、フロリダ州の運送事業者など4者から損害賠償や売買契約の取り消しを求める訴訟を提起された。米国で販売された日野製のモデルを購入か賃借した者を代表する集団訴訟とし、エンジン不正問題で被害を受けたと主張している。東南アジアに強い日野の海外販売比率は6割で、問題が国内から海外に波及していけば、経営の屋台骨を揺るがしかねない。裾野の広い自動車産業だけに、日野の取引先は数千社に上るとみられ、景気への影響も無視できない。

 業界再編の引き金になりかねないとの見方も出ており、その鍵を握るのはいすゞだ。過去にトヨタとの資本・業務提携を解消したいすゞは、20年に再びトヨタと資本・業務提携した。トヨタとの関係をさらに強化しつつ、日野を取り込むことは否定できない。ただ、いすゞは独立志向が強いとみられ、トヨタの傘下に入るような経営判断をするかは予断を許さない。

 いずれにしても、日野の立て直しには、トヨタの関与が必要だとみる関係者は多い。中大型の車両の出荷再開には時間がかかるとみられ、トヨタが積極的で粘り強い支援に舵を切るかが焦点となりそうだ。