経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第6回 DAO(分散型自立組織)と株式会社は何が違うのか 足立明穂

足立氏

【連載】NFTが変える経済とビジネス

DAO(ダオ)と呼ばれる組織運営が、web3の新しい会社として注目されています。さまざまなDAOは生まれているのですが、多くはNFTアートに絡むものや暗号資産運用が強調されており、なかなか理解しにくいと思います。そこで今回はフリーランスに企業の仕事を紹介するサービス「Braintrust」(ブレイントラスト)を事例として挙げつつ、DAOと株式会社との違いと、DAOの可能性について考えてみましょう。(文=足立明穂)

足立明穂氏のプロフィール

足立氏
足立明穂(あだち・あきほ)。ITビジネスコンサルタント。1962年京都府生まれ。Windows95の登場前にアメリカのシリコンバレーに出向し、黎明期のインターネットに触れ、世の中が激変すると確信。以降はインターネット関連のベンチャー企業を転々とする。ブロックチェーンやNFTなど最新の技術の説明に定評があり、企業や商工会議所での講演多数。NFT専門家としてテレビ番組等でも活躍。著書に『だれにでもわかるNFTの解説書』(ライブ・パブリッシング https://amzn.to/3rGkmSy)ほか。Twitter: https://twitter.com/TanishiNishi

DAO事例:フリーランス、企業、紹介者を結ぶ「Braintrust」

□Braintrust公式サイト

https://www.usebraintrust.com/

 Braintrustは、仕事を受注したいフリーランスと仕事を依頼したい企業とを結び付ける、日本の「ランサーズ」「クラウドワークス」「ココナラ」と同様のサービスです。2018年に創業したばかりですが、NASA、ナイキ、ポルシェなどの一流大手企業も利用しており、しかも時給数万円といった高額の仕事を発注しています(もちろん、それだけのスキルが要求されるわけですが)。

 なぜこんな大手企業がBraintrustを利用するのか、また、なぜそんな優秀なフリーランスが集まってくるのか不思議ですよね。それは、BraintrustがDAOとして運用され、好循環が続いているからです。

まず、DAO(Decentralized Autonomous Organization)について簡単に説明しておきましょう。日本語では「分散型自立組織」と言われますが、経営者のような権限が集中する立場の人は存在せず、参加者が運営方針を提案し投票によって物事が決まる形態です。

 Braintrustでは、この投票ができる参加者として、仕事をするフリーランス、仕事を発注する企業、そしてフリーランスや企業にBraintrustを紹介する紹介者という異なる3つの立場の人たちが全て参加しています。これだと、報酬の多い仕事をしたいフリーランス、安く発注したい企業、紹介料が多く欲しい紹介者で利害がぶつかり合いそうですよね。

 例えば、紹介者から「発注された仕事の5割を紹介料にする」という案が出てくるかもしれませんし、企業は「紹介料は0%」という提案をしてくるかもしれません。こんなことが繰り返されたら、混乱するばかりで組織として成り立ちません。だからこそ、それぞれの立場を理解しつつ意見を出し、異なる立場で投票する合議制の良いところが作用して、運用の最適化が行われていきます。

 これだけの説明だと、まるで聖人君主の集まりで理想論に聞こえるでしょう。しかし、しっかりと経済合理性も組み込まれています。Braintrustは、「BTRSTトークン」という仮想通貨を発行しており、それで投票します。このトークンは、仕事の受発注での着手金の支払い、残金の支払いなどに使われ、さらにコミュニティへの貢献度に応じてトークンが渡されます。

 重要なのは、このトークンは売買できることです。2021年9月にアメリカのCoinbaseに上場して誰でも売買できるようになっています。つまり、BTRSTトークンの価値が下がるような行動(例えば先のような提案をして混乱を引き起こすこと)をすると自分の資産価値も下がってしまうので、よりよくなるような提案・行動を取るようになるのです。

このようなことから、より高いスキルの人材が集まるようになり、企業も安心して発注できるようになり、紹介者もますます紹介しやすくなるという好循環が構築されています。

DAOと株式会社の運営の大きな違いは可視化と最適化

 DAOでは、参加者の投票によって運営方針が決まります。これだけ見ると株式会社と似ているように思いませんか。株を持つ株主が集まり、株主総会を開いて経営方針についての合意を得ます。株主の意向に合わない運営方針が発表されると否決され、最悪の場合は経営者の解任に追い込まれます。ただ、ここでは、その企業の顧客は参加できません。株を大量購入して顧客の立場から意見を言えるくらいの大株主になればいいですが、そんな人は少数です。それよりも、株主に口出しをさせないように、経営陣が株の過半数を所有したり、グループ会社などで分散しつつもトータルで過半数を所有したりしています。

 もちろん、DAOでもトークンの過半数を1人が所有してしまうと、組織を好き勝手に動かせてしまいます。そうならないために、誰もが見ることのできるブロックチェーンでトークンを発行することで、どういう人たちがどれぐらいの割合で所有しているのかが可視化されています。偏りが出てくると、組織から離れていく人が出てくるのでバランスを保ちながら、ここでも最適化が行われるのです。

 また、ブロックチェーンで動作するスマートコントラクト(プログラム)を利用することで、人が介在しなくとも一定のルールに従って自動的に受け渡しが行われます。例えば、先に書いた仕事の着手金や、紹介料などもプログラムによって自動的に処理されるので、人の意思が入り込む余地はありません。

 株式会社では、責任者が承認しないと支払いが行われないので、恣意的に支払いを遅らせるとか、逆に忖度して早く処理するといったことが起こります。いくらコンピュータで経理処理などが自動化されたところで、必ずどこかで承認手続きが入り、さらに言えば、その株式会社のシステム内部は公開されていないので、正しい処理が行われているかどうか、よく分かりません。

 DAOでは、このようなプロセスも可視化され、コンピュータで自動化されていることで、個人の思惑で処理が変わるといったことが起きないのです。いわば、誰にとっても公平で、かつ参加者が全体を見渡すことができ、最適化を模索しながら運営していくことができるのです。

日本のDAOは今後増加見込みも実験はまだ始まったばかり

 ここまで読むと、DAOってすごく理想的な組織で、常に成長し続ける企業になれるのではないかと思えるかもしれません。あるいは、理想論すぎて、現実味がないと感じる人もいるでしょう。確かにDAOの運営は理想通りにいかないこともあり、いまだに「これがDAOだ!」と言える組織は生まれておらず、「DAO的な組織」に留まっています。

 そもそも、DAOを支えるブロックチェーンですら、まだ10年程度の技術。その上で動くさまざまなDAOの仕組みなど数年しか経っていないので、本当にこれで何十年も存続するのか誰も分かりません。事実、これまでもスマートコントラクトのプログラムの脆弱性を逆手にとって、運営資金(当時のレートで52億円)を抜き取られる「The DAO事件」も起きています。

 また、「経営者のいない組織」ということが、現状の法律とは相容れないところがあり、そもそも、ベースになる仮想通貨の課税に対しても課題が多くあります。アメリカのワイオミング州ではDAO法が制定されたということで話題になりましたが、これも「DAOを法人として認める」という意味だけであって、金融規制の課題などは抱えています。

 このように、ブロックチェーンという新しい技術の上に成り立つDAOという組織なので、現状の商習慣や法律に適合しない部分はあります。しかし、これまでの株式会社のように経営者が中央集権で決めてしまうことにも問題があり、例えば仕事紹介サービスでも、予告なくサービス内容が変更されたり、突然登録を抹消されたりすることが起きています。ビックテックと呼ばれるGAFAMで突然アカウントが凍結されたら、生活に支障が出てしまいますよね。

 そういった中央集権の組織が良いのか、それとも分散型自立組織DAOが良いのか、壮大な実験が始まったばかり。日本政府もweb3を推進する方向へ向かっているので法改正も進んでいきます。今後、日本でもDAOを目指す組織はますます増えていくでしょう。

(参考)日本におけるDAOの組成の可能性(創・佐藤法律事務所)

日本におけるDAOの組成の可能性 « So & Sato (innovationlaw.jp)