文=金本景介(雑誌『経済界』2022年12月号より)
「新しい資本主義」は起業家の追い風となるか
「もはや戦後ではない」。戦前の経済水準への回復を果たし、成長への焦慮と希望に燃えていた1956年の経済白書のこの言葉も、「失われた30年」を迎える今となれば、奇妙にアイロニックな響きを帯びてしまう。高度経済成長期へのノスタルジーはどのように克服できるのだろうか。ヨーゼフ・シュンペーターは「創造的破壊」という概念で、経済成長の源泉が企業家によるイノベーションにあることを的確に示している。
岸田政権は戦後に次ぐ日本の第二創業期として2027年までの5年間で、「新しい資本主義」の担い手であるスタートアップの創出と支援に取り組むことを宣言した。この政府の方針に足並みを合わせる経団連は今年3月、5年後までに起業数を10倍、さらにユニコーン企業を100社以上に増やすことを目標に掲げ、そして政府には「スタートアップ庁」の創設を求める提言をした。この提言内では、スタートアップに関する政策や支援が各省庁に分かれており、施策の一元的な実施が難しい状況にある中で、スタートアップ庁を司令塔として予算と人材を有効に活用すべきであると述べられている。8月には実際に「スタートアップ担当相」が新設された。
いまだ起業家として独立する人は少数派に留まるものの、政府は積極的に音頭を取り、スタートアップ創出への本気度がうかがえる。
耳心地の良い、性急な「改革」の失敗例は枚挙に暇がなく、規制緩和を徹底し市場原理に任せれば、あらゆる問題が解決されると過信するのはナイーブに過ぎるが、硬直し、時代にそぐわなくなった制度を維持する必要もない。新技術の事業化を目的として地域と期間を限定した上で、法規制を一時的に停止するサンドボックスのような、挑戦を後押しする仕組みを増やしていくべきだろう。
スタートアップは日々の競争の中で、特にスピードが称揚されるイメージが強い。しかし、社会的インパクトを与えるイノベーションを実現することは一筋縄ではいかない試みであり、10年前後の長いスパンで投資を受けることも珍しくない。シュンペーターも、資本主義の本質である「創造的破壊」のプロセスは数十年以上にわたる展開を通して実績が評価されると述べている。日本でもVCを活用し、事業化を目指しつつ近視眼的な成果に拘泥しない独自の研究や開発に専心できる仕組みづくりが求められている。
なぜ国内発ユニコーンが日本には少ないのか
設立から10年以内で時価総額10億ドルを超えた未上場企業は、その希少性の高さから「ユニコーン」と呼ばれる。世界全体で1189社(※22年9月時点)にも及び、目覚ましい勢いで増え続けている。
その勢いを顕著に示しているのが、中国と米国だ。米国は633社、中国は現在173社にも及ぶ。それに比べて日本はわずか10社程度でしかない。
コーラルキャピタルのJames Riney氏は「日本は米国よりもずっとVCからの出資総額が少なく、資金調達の選択肢が限られているので、ユニコーン化する前に上場してしまう」とスタートアップを取り巻く環境の違いを強調し、起業家がイグジット(株式売却による投資資金の回収)する場合も、アメリカではスタートアップの過半数がM&Aをしているのに対して、日本はIPOを好むと指摘する。
ユニコーンは分かりやすい指標として、高い可能性を秘めたベンチャーであることを端的に示している。とはいえ、一概に時価総額だけで、企業を比較するのは早計である。ユニコーン数の単純な国際比較で一喜一憂するのは慎むべきかもしれないが、今後ユニコーンを創出していくためには、起業家やVCは海外投資家に向けて出資を募ることも、積極的に取り組んでいくべきだろう。
インキュベイトファンドの本間真彦氏は「起業家だけではなく、日本には投資家の数が足りない」と後進育成の重要性と、研究者をはじめ各種テクノロジーの専門領域に明るい投資家を増やすことが、次世代の起業家育成に直結すると語る。柔軟なキャリアパスのさらなる一般化が、世界に伍する独自技術を持ったユニコーン起業家を増やす地盤づくりとなるはずだ。
着目すべき「隠れユニコーン」の背景
シードからアーリーステージのスタートアップに投資するCoral CapitalのJames氏も起業家の増加を図る。
── 日本は米国や中国に比べユニコーン数が僅少です。
ジェームズ 日本では10億ドル以上の価値を持つ企業に成長できる力を持ちながら、ユニコーンになる前に早々と上場する企業が少なくありません。こうした「隠れユニコーン」は創業から約7年で上場し、それらの多くが上場1年後には時価総額10億ドルに達しています。つまり創業から約8年でユニコーンの条件を満たしているわけです。これは世界のユニコーンの平均的なタイムラインとも一致します。私が算出したところでは、メルカリやユーグレナをはじめ、設立12年以内に企業価値が10億ドル以上を示した隠れユニコーンは41社あります。
日本に隠れユニコーンが多いのは、米国に比べて株式公開のハードルが低く、さらにVCからの出資も足りていなかったためです。昔に比べて当社のようなVCファンドの大型化が進んでいますが、それでも2021年に日本のスタートアップがVCから調達した総額は90億ドルに過ぎません。米国は1280億ドル、中国は1300億ドルです。
── ユニコーン企業というブランドにこだわる必要はないのですか。
ジェームズ はい。ユニコーンも中身が大事です。これも最近の流行り言葉ですが、売り上げ100億円以上の「ケンタウロス」を目指すべきです。
── VCの数を増やす必要性は。
ジェームズ もちろんあります。しかし、何よりも起業家が増えなければいけません。特にスペースⅩのようにグローバルのトップを目指すスタートアップです。既に当社が出資している会社の中では、宇宙ロボットをつくるGITAIや、核融合炉を手掛ける京都フュージョニアリングは、社内言語を英語にしています。CFO採用は英語ができて、きちんと海外投資家から出資を頼める人を推奨しています。国外で認知されていて、かつグローバルな売り上げがあるのであれば米国ナスダックに上場するのも選択肢の一つです。
── VCの役割は起業家への長期的なケアも含まれます。
ジェームズ 私たちは1300人を超える投資先起業家と社員が参加するコミュニティを通して、「起業しやすい環境」をつくっています。コミュニティではお互いに知恵をシェアしたり、悩みを相談することができます。起業家同士で情報を共有できる場所があれば、辛い時でも粘り強く続けられます。当社は何よりも日本のスタートアップにベットしているわけですから、ここからデカコーンを何社も輩出できるようにどんどんチャレンジしていきます。