創業前後のベンチャーに特化して、今までに計850億円を400社以上のスタートアップに投資してきたインキュベイトファンドは、国内のベンチャーキャピタル(VC)の数を増やす取り組みに着手している。研究者など専門領域に強みを持つ投資家人材の多様化が求められている。文=金本景介 写真=西畑孝則(雑誌『経済界』2022年12月号より)
起業家のエネルギーを形にVCの役割とは何か
── 投資先の選定基準をどこに置いていますか。
本間 当社は企業のスタート段階であるシードステージ、アーリーステージに投資をするベンチャーキャピタルです。これからチームや事業をつくろうとするフェーズの方に向けて、数千万から数億円の投資をしています。既にうまくいっている会社ではなく、これから新たに成し遂げようとする人を探しています。
事業に対する思いと、それをどこまで本気で掘り下げて考えているかという点に着目しています。次に、思いを実現する能力とその人に合った事業機会です。つまり起業家がその事業をやるべき人物なのかを見極めています。過去のバックグラウンドや研究や職業経験など、その事業を行う必然性がある人が取り組むことが成功率を上げるポイントです。
── 出資までのプロセスは。
本間 会った瞬間にビビッときて投資するという例も多くありますが、基本的には起業家とディスカッションしながら事業をつくっていきます。プランを洗練させながら、お互いに納得した形になれば投資します。
こちらから事業機会を提案することもあります。ヘルスケアやWeb3をはじめ今後日本で盛り上がっていく可能性が高い領域に関するアイデアは持っていますので、事業機会にマッチしたバックグラウンドを持った起業家に一緒にどうかと声掛けもしています。
── 設立から12年経ちました。昨年は、今までの投資先企業に向けて追加融資をする161億円規模のグロースファンドを組成しています。
本間 日本には次世代のソニーやトヨタのような企業がいまだ生まれていないことへの危機感があります。スタートアップをさらに数十倍に大きくしていかねばならないというニーズの高まりを受けて、北米地域の海外投資家からの出資を中心としたグロースファンドを組成しました。
国際的には基本的に人口増で経済が急成長している国のベンチャーに投資されますから、日本への優先度は高くありません。しかし、外国投資家に向けて、ロボットやディープテックなどの海外輸出ができるコンテンツについてプレゼンしていると、想定よりも反応が良いです。今までVCやベンチャーは海外への情報発信をし切れていなかったことに気づきました。
投資家の数を増やすことが国内市場の課題
── 海外と比べた日本市場の魅力は何でしょうか。
本間 戦後日本と同じように、東南アジアやインドは人口増から消費が増えていくので自然と成長します。残念ながら日本はそのような力強さが欠けてはいるものの、世界的に見てもIPOマーケットは成熟し、整った国のルールの中で健全に競争されており、起業家やVCが仕事をするには安定した市場です。少し考え方を変えれば、伸びしろはあります。
例えば、日本にある多くの大企業はスタートアップのサービスをドンドン活用して、購買していくような雰囲気や、土台づくりを進めていくべきです。意思決定のスピードが遅く、判断も保守的になりがちな大企業の文化を変え、投資や購買を通して、ベンチャーと共にリスクを取りながらイノベーションを起こしていく風潮が本格化する必要があります。プロダクトをつくるスタートアップへ潤滑に再投資されるようになれば、日本市場のポテンシャルは発揮されるはずです。
── 起業家だけではなく投資家が不足しているという声もあります。
本間 多様なバックグラウンドを持つ投資家を増やすべきです。バイオ技術をはじめさまざまな分野の先端テクノロジーがありますが、それらの研究者が投資ノウハウを身に付ければ、その事業の真贋を見極めた上で次世代の起業家を育成できます。
ボストンやシリコンバレーではこのような専門家人材が多く、優れた投資をしています。日本の研究者も多様なキャリアを考えるべきです。3年くらい投資ファンドに勤めてみるのはいかがでしょうか。
── VCの数を増やすべく投資家の創業支援をしていますね。
本間 アメリカや中国と比べて日本の投資家は少な過ぎます。国内でアクティブに動いている投資家の数は数百人程度だと思いますが、大きな産業をつくり上げるという観点からすれば、この数が10倍になっても良いはずです。
当社はVCとして独立したいという若く優秀な人たちを応援するファンドをつくりました。VCが1号ファンドをつくるのは、実はとても難しいことです。実績がなければ数億円は集まりません。そこで、当社がまず種銭を提供することで、志を持った人たちが1号ファンドを設立できる環境を整えています。
あとは、彼らがパフォーマンスを上げられれば、2号ファンドをつくる時にお金を集めるのは容易になります。この暖簾分けの仕組みで、国内VCの数を増やしていきます。
── 外国市場には大きな可能性があります。
本間 アメリカのテック・ジャイアントや中国のアリババグループの成功の背後にいたのはセコイアやベンチマーク、アンドリーセン・ホロウィッツなどの米国のVCです。これらの有力VCの多くは、イスラエルや中国、インドや東南アジアに拠点を持ち、成果を上げています。元来「金融立国」とも言われてきた日本こそ、供給者としてリスクマネーをもっと海外に流すべきだと考えています。当社は日系VCという立場からグローバル展開をしており、アジア、アメリカ、ブラジルに拠点を置き、現地企業に出資しています。
世界市場で最善の選択ができるアグレッシブな投資家がいるからこそ、ナスダック上場をはじめ日本の起業家に可能性を示せるのです。