工場排水や下水をリサイクルして使用できれば、環境負荷は低減され節水にもなる。そのためには水をきれいにする仕組みが不可欠である。水リサイクルプラントに用いる水処理膜として世界で活躍しているのが、旭化成の「マイクローザ」だ。同社の小林聡氏に、マイクローザと世界の水リサイクルについて解説してもらった。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2022年12月号より)
水リサイクル分野で世界に貢献するマイクローザ
シンガポールには天然の水源がほとんどなく、水資源は主に隣国マレーシアからの輸入に依存してきた。こうした背景から、排水をリサイクル利用するプラントを政府が積極的に整備している。プラントは水処理モジュールが複数組み合わさっており、そのモジュールの中に水処理膜という汚染物質を除去する製品が組み込まれている。プラントを通じて浄化された水は、再び生活用水や工業用水として利用される。シンガポールにおける稼働中の下水リサイクルプラントの水処理膜の分野で、シェアが60%を超えているのが、旭化成の「マイクローザ」だ。
マイクローザは、膜ろ過に用いる中空糸膜である。マカロニのような筒に中空糸という特殊な繊維の糸が大量に入っており、そこを水が通過することで、中空糸に空いた孔を利用して液体の分離操作=膜ろ過を行う。対象となる物質の粒子の大きさにあわせ、旭化成はMF膜(精密ろ過膜)とUF膜(限外ろ過膜)の2種類を有している。水処理用の膜製品としては、世界でトップ3のシェアを誇る。
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膜処理技術は事業の継続性にも貢献する
―― マイクローザが世界的に選ばれるポイントはどこでしょうか。
小林 大きな理由は、耐久性と品質にあります。マイクローザはポリフッ化ビニリデン(PVDF)という素材を用いており、これは物理的な耐久性に加えて耐薬品性でも優れているのが特徴です。また、製法などにも工夫を凝らしており、同じくPVDFを用いている他社製品と比較しても長持ちします。シンガポールの例では、10年以上稼働しているプラントにも多数採用されていますが、多くはいまだに交換は不要です。10年間で2回以上交換する他社製品もありますから、マイクローザの耐久性が分かると思います。
品質については、主に膜の孔の開け方に秘密があります。均一なサイズの孔を、膜全体に均等に分布することができ、製品ごとの性能にばらつきが少なく、安定した品質を保っています。
工場排水や下水の処理以外でも多様なシチュエーションで採用されています。例えば、半導体製造には極限まで精製された「超純水」が不可欠ですが、その超純水を生み出す工程の仕上げにも使用されており、世界の8割くらいのシェアを持っています。その他、医薬品や食品の製造工程、原子力発電所などの分野でも採用されています。
また、アメリカの水道水処理では、50%くらいのシェアを持っています。20年ほど前に、クリプトという原虫が水道水に混入して健康被害が多発し、アメリカでは水道水の規制が強化されました。そこで原虫を取り除くための膜モジュールとして売り出したのがきっかけです。
―― 工業用水や下水のリサイクルを目的とする需要が大きいのは、シンガポール以外ではどこでしょうか。
小林 中国の市場が拡大しています。全土で広がっていますが、特に需要が大きいのは長江よりも北側です。この辺りは内陸部ということで非常に水が不足しています。中国には大規模な河川が存在していますが、政府の規制が強く、新たに工場を建設したり、増産をしたりする場合にも、河川から汲める水の量は増やすことができません。下水処理場の近くに工場を建設して処理水を浄化して使用することや、自前で排水をリサイクルすることを推奨されます。こうした理由で、水リサイクル需要が非常に拡大しています。
また、中国やインドでは、下水処理場と発電所を近接させて造るケースが増えており、下水処理水で発電所を稼働させています。日本では下水処理場から出た水は放流していることが多いですから、有効活用するためには参考になるやり方です。
―― 水リサイクルに対する日本と海外の姿勢の差はどうして生まれるのでしょうか。
小林 一つは、日本は水が豊富であること。加えて十分な海浜部があることです。工業用水の用途として最も多いのは、発電所や石油化学工場などにおけるボイラー用の冷却水です。湾岸部が多ければそこで海水を利用できます。日本は水資源が豊富であるゆえに、リサイクルに対する取り組みがあまり進んでいないとも言えます。内陸部に工場が多い中国やインドは、水のリサイクルが当たり前ですし、最近はオーストラリアも熱心です。
河川の水は洪水になったり渇水になったりして変動しますが、水リサイクルの環境が整備されていれば安定して水の調達が可能です。事業を安定して継続するためにも、水を確保することが重要になっています。
―― もし水処理技術が進歩しなかったらどのような世界になっていたでしょうか。
小林 中国の工業化は途中で止まっていたかも分かりません。それぐらいのインパクトがあったと思います。
日本の状況に関して言えば、確かにSDGs的な意識は高まっており、環境汚染をなくすゼロ・エミッションや排水を最大限に再利用するZLDを徹底する企業や工場も増えつつあるのは事実です。ただ、簡単にいかない問題もあって、日本はもともと工業用水を各自治体が工業用水処理場から配管を引いて工業団地やコンビナートに送っています。水リサイクルが浸透してくると、この自治体の採算が成立しなくなるため、その兼ね合いもあります。
とはいえ、今年の5月に愛知県豊田市で大規模な工業用水の漏水がありました。実際にこうなっては事業の継続性にも関わりますので、自社での水リサイクルを検討する話が出るかもしれません。社会全体で議論していく余地があると思います。
―― これからどのように水処理技術を展開していきますか。
小林 水リサイクル分野は急激に市場が伸びることはありませんが、世界の水リサイクル市場は経済成長に合わせて毎年8~10%で着実に伸びています。マーケットの拡大は都市化や工業化とセットです。工業化が進み、水の利用に政府の規制がかかり、リサイクル需要が高まるというサイクルです。ですからマイクローザで言えば、中国の次はインド、そして中東が大きな市場になると見込んでいます。
また、旭化成グループ全体でみれば、マイクローザ以外にも水資源の保全に関わるソリューションを多数持っていますので、それらを連携させながらグローバルで展開することで、世界の水問題に貢献していきたいと思います。