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「水と生きる」サントリーは使用量の2倍の水を涵養する サントリーホールディングス 風間茂明

風間茂明 サントリーホールディングス

風間茂明 サントリーホールディングス
風間茂明 サントリーホールディングス執行役員
サステナビリティ経営推進本部副本部長

「プレミアムモルツ」を筆頭に、ウイスキーや清涼飲料など、サントリーホールディングスの商品の大半は天然の地下水からつくられる。それだけに水源保全への思いは強く、20年前から水源涵養プロジェクトが進められている。その概要を、風間茂明・サステナビリティ経営推進本部副本部長に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦

工場周辺の水源地での地下水保全活動

―― サントリーの企業理念は「水と生きる」です。これはどのようにして決まったのですか。

風間 最初は広告のコピーとして誕生しました。2003年のことです。われわれの商品の大半は水がなければつくれません。そのうえで生態系への感謝や畏敬の念を凝縮したメッセージとして始りました。

 その後、05年にCI(コーポレート・アイデンティティ)により企業ロゴを全面的にリニューアルし、現在の水色のロゴが誕生します。それにあわせてグループ全体を束ねるという意味で「水と生きる」をフィーチャーし、さらには当時社長だった佐治信忠会長の発案で、強力に打ち出すことになりました。

 このメッセージは、サントリーグループが自然と共生する、あるいは社会貢献を通じてお客さまに潤いを提供する会社であることを示すだけではなく、社員一人一人が水のように自在に大胆に価値創造に挑戦するとの思いが込められています。

―― この理念を具現化するためにどのようなことをしているのですか。

風間 サントリーの商品の多くは、天然水=地下水からつくられています。天然水はサントリーの生命線です。その生命線を守るために、「サントリー天然水の森」という活動を行っています。サントリーの水源林とその周辺の水源を涵養する活動ですが、単に森を守るということではなく、森の循環にサントリーの生産工程を組み込んでいくものです。

 具体的にはまずは森に手を入れる。手入れのされていない杉林などは、地面にまで日光が届かないため、下草や低い木が育ちません。そうなると土自体が非常に硬くなってしまいます。雨が降ったとしても地下に浸透せず、そのまま表層水として川に流れてしまいます。そこで木を間伐し、土に日が当たる環境を用意します。これにより下草や低い木が生えるとそこには昆虫やミミズ、微生物などのたくさんの生きものが育つ。それによりふかふかの土壌が再生され、降った雨を吸収できる能力が回復します。雨水は時間をかけて地面に浸透し、岩の中を通ることでミネラルが溶け込み、およそ20年以上かけて深層地下水になります。それをわれわれが工場で汲み上げて商品にさせていただく。その循環システムをつくっています。

 こうした森が、全国15都府県に21カ所あり、総面積は約1万2千ヘクタール。山手線内のほぼ2倍です。この活動では工場で汲み上げている地下水の2倍以上の水を森で育むという目標を立てましたが、既にその目標を十分以上に達成しています。

―― 杉などを間伐して、低木が育つのを待つには時間が必要です。

風間 このプロジェクトは単なる水源の涵養だけではなく、生物の多様性を再生する目的もあります。植林された山林の多くは杉林です。でもそれでは先ほど言ったように水源保持も難しく、生物多様性も維持できません。つまり水源涵養の森は生物多様性に満ちた森につながります。

 そこでわれわれは、杉を間伐するだけでなく、広葉樹の苗木も植えています。天然水の森に生きている木の種を採取し、その種から育てた苗を植えるなど、木が宿すDNAまで考えた植樹を行っています。すべて自然に任せていては、代替わりに時間がかかる。そこで手を入れることで時間サイクルを早めてあげる。一度に全部できるわけではありませんが、毎年、場所を決めて整備しています。その結果、北アルプスの天然水の森ではオオタカの巣立ちが確認できました。猛禽類は生態系ピラミッドの頂点ですから、猛禽類が子育てできる森は、それだけ豊かだということです。こうした活動を繰り返していけば、われわれの目標である生物多様性に満ちた森に近づいていくと思っています。

世界中で通じる「水と生きる」

―― 社員も参加するのですか。

風間 13年まではサントリーグループ会社社員とその家族が「ボランティア活動」として「森林整備体験」に参加していました。14年からはサントリーホールディングスとサントリー食品インターナショナル在籍の社員を中心としたサントリーグループ会社社員を対象に「森林整備体験研修」を実施しました。直近は入社2年目の集合研修の中で、常緑樹を除伐する等の作業を行っています。

―― 新人研修ではないのですね。

風間 新入社員の最優先事項は、自分たちの仕事を理解してもらうことです。そのうえで、水を育むことが自分たちの仕事にどう関わっているかを知ってもらう。研修後のアンケートを見ても、「水と生きる」という意味を深く理解できるようになったという回答が多く見られます。このような活動を続けていることが、社員の会社に対する誇りや愛着心に寄与していると感じています。

 こうした活動は世界のサントリーグループでも行っています。

 アメリカのビームサントリーの社員が来日した時には、サントリー天然水の森を体験してもらうこともあります。今ではビームサントリーの工場周辺で「ナチュラル・ウオーターサンクチュアリ」という水源保全活動が始まっています。またスコットランドでは、ウイスキーづくりに不可欠なピート(泥炭)の持続可能性を確保するために泥炭地の水位を再上昇させ、湿原の植生を回復させるとともに泥炭の堆積を促す活動を行っています。40年までにはサントリーグループで使用する泥炭の約2倍の量を生み出すことができる面積の泥炭地保全を目指しています。

 こうした活動はすべて、「水と生きる」という理念の体現です。そして「水と生きる」と、サントリースピリット「やってみなはれ」は海外でも日本語のまま使われています。

―― 外部に対してはどのような働きかけを行っていますか。

風間 森の活動を地元の方々、あるいは次世代へ伝えるという意味で、小学校への水育「出張教室」で、プロジェクトについて説明しています。固い土とふかふかの土を用意して、水の流れを再現すると、子どもたちは食い入るように見つめています。この授業を受けた子どもたちは累計21万人、海外を含めると32万人が参加しています。また、夏休みなどの期間には、天然水の森に子どもたちを招いて現場を見ていただいており、オンラインを含め毎年約2千人が参加しています。

 20年前にこうした活動を始めた時は、水の保全や生物多様性というテーマは一部の人しか関心を持っていませんでしたが、今では世界共通の課題に変わってきました。今後も、この分野においてわれわれは世界の最先端であり続けていきたい。同時に、こうした知見をできるだけ多くの人たちに伝え、共に活動していきたいと考えています。