雑誌系ウェブメディアの多くは記事を無料で掲載し、PVを伸ばして広告費を稼ぐ広告依存型ビジネスだ。ところがダイヤモンド・オンラインは2019年に有料化に踏み切った。しかしその後もPVは増え続け、一方で有料会員も着実に伸びている。山口圭介編集長がその理由を語る。聞き手=関 慎夫 Photo=山内信也(雑誌『経済界』巻頭特集「ウェブメディアの現在地」2023年1月号より)
ダイヤモンドオンライン 山口圭介氏プロフィール
PVをKPIから外して踏み切った会員型モデル
―― 山口さんの肩書きは「週刊ダイヤモンド編集長」でも、「ダイヤモンド・オンライン編集長」でもなく、「ダイヤモンド編集長」です。
山口 ダイヤモンド・オンライン(以下DOL)が始まったのは2007年のこと。以来、週刊ダイヤモンド編集部とDOL編集部は別々に存在していましたが、19年4月に両者を統合してダイヤモンド編集部ができました。私は18年に両編集部の副編集長を兼務し、統合と同時に編集長に就任しました。
―― 大半の雑誌で、紙とウェブの編集部は分かれています。なぜ統合したのですか。
山口 17年頃に週刊ダイヤモンド内にデジタル改革のプロジェクトチームが立ち上がりました。そこでシミュレーションをしたところ、ビジネスモデルが今のままなら、悲観シナリオでは27年に週刊誌市場がなくなるという結果が出ました。このままだと紙は死んでしまう。ですからデジタル化は絶対しなければならないけれど、週刊ダイヤモンド編集部にはそのノウハウがありませんでした。一方DOL編集部は、PVを伸ばすというミッションがあり、週刊ダイヤモンドのデジタル化について議論をする余裕がない。限られた編集リソースを最大限活用し、デジタル改革を成し遂げるなら統合して同じ方向に向かって進んでいくべきだということになりました。
―― ダイヤモンドのもう一つの特徴は有料記事が多いことです。東洋経済オンラインの記事はほとんど無料で読めるのと好対照です。
山口 統合直後の19年6月末にダイヤモンド・プレミアムという有料会員向けのデジタルサービスを始めました。今、DOLは、有料会員向け記事、無料会員向け記事、会員以外の誰もが読める記事の3種類の記事から成り立っています。
―― 有料化すればPVは減ります。DOLはそれまでPVを追い求めていたのだから、反対されませんでしたか。
山口 有料サービス導入後もDOLのPVは伸び続け、それに伴い広告収入も増えていました。そこでDOLはさらにPV型の収益モデルから会員型の収益モデルへの転換を図り、主要KPI(重要業績評価指標)からPVをはずしました。PVはあくまで副産物という位置付けです。
PVを追ってしまうと、芸能ネタなどPVが狙えるコンテンツを載せたくなる。一方でそうなると本来のメインターゲットであるビジネスパーソンから離れてしまうという葛藤が以前からありました。
日本経済の発展やビジネスパーソンを支えるというのがわれわれの出発点です。ところがそこから少しずつ離れてしまった。それを原点回帰する、つまりビジネスパーソンに向けた企業・産業系コンテンツを充実させるというのが編集部統合の根源的な狙いでもありました。
もちろんしっかりとマネタイズも図らなければなりません。その答えのひとつが会員制でした。これにより有料会員からのサブスク収入が入ってくる。そして有料会員向け、および無料会員向け記事をビジネスパーソン向けに原点回帰させたことで、高単価なビジネス向けの広告も入るようになってきました。
製作フローも記事もデジタル前提に再構築
―― 実際、PVはどう推移しましたか。また狙いどおりに会員獲得はできたのでしょうか。
山口 編集部統合前のDOLの月間PVは6千万程度でしたが22年初めには1億を超えるまで伸びました。有料会員数についても順調に伸びています。週刊ダイヤモンドはビジネス週刊誌として29年連続で市販部数日本一を維持していますが、その市販部数を有料会員数が上回りました。そして無料会員数は88万人に達し、さらに伸び続けています。
ビジネスパーソン向けに質の高いコンテンツを増やした結果、無料会員が劇的に増え、この88万人の無料会員が、有料会員につながる良質な潜在読者となり、さらにはビジネスパーソン向けの広告コンテンツに反応してくれる良質な読者層となっています。非常に良い循環が生まれています。
―― 編集部内で、紙の記事と、DOLの記事はどう選別しているのですか。
山口 特にしていません。原則、すべての記事をDOLで先に配信して、それを再編集する形で週刊ダイヤモンドに転載しています。週刊ダイヤモンドの強みである30ページ超の大特集も、ダイヤモンド・プレミアムのメインコンテンツとして、1週間超にわたって配信したものを再編集して週刊ダイヤモンドの特集に仕立て直します。つまり今は完全にデジタルファーストです。
―― 紙こそが保守本流だと思っている編集者は反発したでしょう。
山口 大きな反発というのは本当にありませんでした。というのも雑誌の市場がシュリンクし続けること、これから伸びていくのはオンラインであること、そして生き残るにはデジタル改革が必須であること、そんな健全な危機感を編集部員が共通認識として持ってくれていました。それが非常に大きかったです。
―― それだけうまくいっているのなら、同じように編集部を統合して、有料ウェブメディアに掲載後、紙媒体に転載というやり方を真似るところも出てきそうですね。
山口 ダイヤモンド編集部の取り組みについてはみなさん関心を持ってくれ、いろんな媒体でデジタル改革の話をさせていただきました。ただ、いざ実行するとなるとなかなか難しいようですね。ダイヤモンドでは編集部を統合するに際して、つくり方をすべてデジタルに変えました。記事の入稿・進行フローも、従来なら雑誌の台割をつくり、それに基づいて締め切りが決まり、ページ数、行数が決まってきます。これを全部壊して、ゼロからデジタルに最適な進行フローをつくり直しました。デジタルファーストの徹底がデジタルシフトで成功した一つの要因です。
もう一つは記事のつくり方。ダイヤモンドでは従来から、ニュースリリースをそのまま書くことを原則禁止にしていましたがそれをさらに深めています。賞味期限の短いストレートニュースではなく、自分たちの仮説にもとづいた、ここでしか読めないコンテンツづくりに徹底してこだわっています。それがあるからこそ、今のダイヤモンドがあると思っています。