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プレジデントオンラインの特徴は読者視点のテーマとタイトル プレジデントオンライン 星野貴彦

星野貴彦 プレジデント

プレジデント社のプレジデントオンラインは過去5年で急成長を遂げてきた。ビジネス系メディアは東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンラインなどが先行していたが、それをどう追いかけてきたのか。星野貴彦編集長に聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』巻頭特集「ウェブメディアの現在地」2023年1月号より)

プレジデントオンライン 星野貴彦氏プロフィール

星野貴彦 プレジデント
星野貴彦 プレジデントオンライン編集長
ほしの・たかひこ 1982年生まれ。2005年慶應義塾大学文学部を卒業しNHK入社。07年プレジデント社入社。『プレジデント』編集部を経て17年に『プレジデントオンライン』副編集長。18年から編集長。

紙媒体はフルコース。ウェブはフードコート

―― 星野さんはいつからプレジデントオンライン(以下POL)に携わるようになったのですか。

星野 僕は大学卒業後、NHKに入局、2年後にプレジデント社に転じます。以来、ずっとプレジデント誌の編集部でしたが、2017年に希望してPOL配属となり副編集長、18年から編集長を務めています。

―― なぜ紙からウェブに転じたんですか。

星野 POLは前身サイトを含めると10年以上の歴史があります。08年にロイターとの共同サイト「プレジデントロイター」を始めたのが最初です。プレジデント誌からの転載が主なコンテンツでした。ロイターとの提携が終わり、13年にPOLとなりますが、年々注目度が高まり、私も雑誌をつくりながら「ネットに転載されたら、どんな反応があるか」を気にするようになっていました。当時すでに東洋経済オンラインなどウェブメディアが注目を集めるようになっていました。それなのにプレジデントのウェブメディアがこれでは恥ずかしい。「このままではよくない」と社長に進言したところ、「じゃあ、お前がやれ」ということになったのが、これまでの経緯です。

―― 何から手をつけました?

星野 転載記事のタイトルを付け直すところから始めました。食事にたとえるなら、雑誌は超豪華フレンチのフルコースで、ウェブメディアは超巨大フードコートです。お金を払って雑誌を買ってくれた人は最初から最後まで一応全部読む。フルコースと一緒で何を出しても、おいしいかどうかは別として前菜からメインディッシュ、デザートまで読んでくれる。でもウェブメディアを読む人は、特定の記事だけが目当てでそれ以外は目もくれない。そこで読んでもらうには、一品でもおいしいと思ってもらえる名前、その記事が読者とどういう関わりがあるか、分かるタイトルでなければなりません。

―― 具体的にはどういうことですか。

星野 プレジデント誌の名物連載「企業の活路」でヤマハ発動機を取り上げたことがあります。雑誌でのタイトルは「ヤマハ発動機 いらないのに欲しくなる商品の作り方」でした。嗜好品としてのバイクの販売戦略という企業経営に焦点を当てたタイトルです。

 一方、ウェブでは「ヤマハの社長がバイクの免許を取った理由」というタイトルにしました。ヤマハは開発と事務がはっきりわかれていて、歴代社長は事務系だったので、柳弘之社長(当時)までは大型バイクの免許をもった社長はいませんでした。柳社長はその慣例を破って、自ら免許を取得することで、会社を変えようとしていました。記事全体では小さな話題ですが、全体を象徴する強いエピソードでもあります。この記事はヤフートピックスにも取り上げられ、爆発的に読まれました。ウェブでは具体的で強いタイトルが必要なことがよく分かりました。

―― ビジネス系雑誌から派生したウェブメディアでは、東洋経済オンラインやダイヤモンドオンラインが先行しています。どうやって差別化していますか。

星野 僕の中では全く競合していません。東経さんもダイヤさんも、つくっているのは記者の人たちです。記者で一番偉いのはスクープを取った人や企業や業界に詳しい人です。ですから記者の軸足は企業にあります。でも僕らは編集者で自分では記事を書くわけではなく、ライターが書いたものを読む最初の読者です。ですから軸足は読者にあって、読者にとって面白いかがすべてです。

 例えば円安や為替介入、それによって引き起こされるインフレ問題を記事にする場合、多くのメディアでは、円安の仕組みや今後の為替の動向、岸田首相や黒田総裁が何を考えているのかが論点です。でもわれわれにとっては、読者にとってどう関係あるかが大事なので「銀行の預貯金は一刻も早く引き出したほうがいい」というタイトルの記事になるわけです。つまり今の円安という状況に対して、読者はどうすればいいのか、これから何が起きるのかを示すっていうことが重要であって、円安のメカニズムではない。だから勝負しているフィールドが全く違います。

 これを続けてきた結果、今では本誌からの転載記事は5本前後にまで減りました。その代わり月300本のオリジナル記事を出しています。

プレジデントの良質な読者が広告につながる

―― POLの記事は広告依存型ビジネスモデルです。

星野 広告にはグーグルなどを通じて入ってくるネットワーク広告と、自社営業の純広告がありますが、POLの場合、純広告が非常に好調です。これは紙を含めプレジデントというブランドへの評価に加えて、コストパフォーマンスの高い広告になるという成果が出ているからだと思います。つまりプレジデントに広告を出稿すれば、質の高い読者に効率よく届けることができるわけです。多くの読者が企業の意思決定者であるため、POLへの出稿はさまざまな商材の成約に直接つながります。とりわけネットの場合、どれだけの読者に届き、どれだけの成約につながっているのかがはっきり検証できるわけです。クライアントはこうした価値を評価してくれているのだと思います。

―― 一方、プレジデント誌にとってはPOLの価値はどこにあるのでしょう。

星野 広告クライアントに対してセット売りという提案ができるのがひとつですが、それ以上にプレジデントというブランドを認知していただく機会が、POLがあることで飛躍的に増えています。今は電車の中吊り広告もしていません。新聞広告を見てくださる方も限定的です。でもウェブでプレジデントというブランドを知ることが、書店やコンビニでの雑誌購入につながっていることもあると思います。

―― 星野さんが転じてから右肩上がりで伸びてきたPVも最近は頭打ちとも聞いています。今後、どうやって収益を伸ばしていきますか。

星野 どんなメディアでもいつまでも伸び続けるわけではありません。そこで収益を伸ばすには、いかに読者と深くつながるかではないでしょうか。読者は、タイトルをみてヤフーやグーグルから来る方と、プレジデントに親しみがあってメルマガなどから来る方の2つに分けられます。後者の読者が重要です。そうした人たちの期待にもっと応えるようなサービスを提供することができれば、その分を収益につなげることができるのではないでしょうか。