若い世代の主たる映像メディアはテレビ(放送)ではなくネット(通信)という現代。時代の大きなうねりの中で生き残りをかけた転換期を迎えるテレビ局だが、東京の独立局という独自のポジションで優位性を確立するのが東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)。伊達社長が見据える同局の未来を聞いた。聞き手=武井保之 Photo=草刈雅之(雑誌『経済界』2023年1月号より)
東京メトロポリタンテレビジョン 伊達 寛氏のプロフィール
開局から3年で経営危機。デジタル時代を見据えて苦闘
―― 2018年6月に社長に就任され、動画配信サービスが急成長するテレビ界の激動の時期に経営を担ってきました。これまでの状況を教えてください。
伊達 TOKYO MXの開局は1995年ですが、バブルがはじけたテレビ黄金期の後ですから、当初から厳しい状況でした。視聴にはアンテナ設置が必要なUHF局という時代背景もあり、資本金150億円の開局から3年で経営的危機に陥りました。そんな中、当時エフエム東京の社長だった後藤亘に白羽の矢が立ち、両社の社長を兼務して再建に入った経緯があります。
そこから減資も経て累積損失を回収したのは、ずっと後のことです。ただ、いずれ訪れるデジタル放送時代には、この苦況を脱しきれると見越していました。実際にデジタル化してから利益を上げるようになっています。独自の動画配信サービス「エムキャス」は2015年にスタートしていますが、キー局が放送のネット同時再送信に踏み切れない状況にある中、いち早く配信事業に踏み出し、さまざまなチャレンジをしてきました。もちろん失敗もたくさんありますけど(笑)。
―― 先陣を切って配信に踏み出せた背景には、独立局ならではの事情や事業体のフットワークの軽さ、経営危機を乗り越えてきたチャレンジ精神などがあったのでしょうか。
伊達 その通りです。簡単に言えば、系列局がありませんから、キー局と異なりそこへの配慮がありません。また、東京だけの放送ではなく、全国の視聴者に番組を届けたいという強い思いがありました。もちろん海外にも出していきたいのですが、いろいろな権利問題があって今は止めています。
―― 一方、この5年ほどは、コロナもあって海外の動画配信サービスが日本でもシェアを急拡大しました。競合としての動向をどう見ていますか?
伊達 海外の動画配信プラットフォームは巨大資本で潤沢な制作費をかけ、世界市場に向けたコンテンツを量産しています。一方、われわれは小規模な放送局であり、個性を持ちニッチなニーズを獲得することで存在感を出している。その中でどういう独自の番組やサービス空間をつくり、テレビ界での立ち位置をどこに求めていくかは常に考えているところですが、Netflixとの競合なんておこがましいです(笑)。
東京を軸にした番組を提供。広告収入以外の収益多様化へ
―― 東京の独立局であるTOKYO MXの個性をどう考えていますか?
伊達 われわれが恵まれているのは、東京という大都市に生まれたことであり、それが一番の財産。そこを深掘りすればするほど面白いものが出てきますし、日本中だけでなく、世界から興味を持ってもらえます。
しかしそれは、「9チャンネル」の地上波放送だけでやっていても裾野が広がるものではありません。そういう意味で「エムキャス」を始めましたが、それだけでは十分ではない。番組の流通経路の拡販に総力をあげています。
Netflixやテンセントが運営する中国の「WeTV」など海外プラットフォームもそのひとつですし、国内でも動画配信サービス「TVer」のほか、全国各地のケーブルTVを通じてもTOKYO MXの番組を見られる体制を模索しています。これまではスタジオで番組を作ることが多かったのですが、もっと街に出て、東京の素晴らしいところ、輝くところをすくいあげて映像化し、日本だけでなく世界のプラットフォームに乗せていく。そこに可能性があると考えています。
―― 東京がキーワードになるんですね。
伊達 ひいてはそれが東京のためにもなります。世界のGDPにおける日本のシェアが約30年間で3分の1まで落ちています。地方創生とよく言われますが、実はそれどころではない状況です。東京の良いところを伝えて、少しでも東京が元気になるような東京創生の力になりたい。そういう気持ちでいます。
―― そこを軸にしてコンテンツプロバイダーとしての収益多様化を急いでいる。
伊達 今はまだ放送事業はほぼ広告収入に頼っていますが、課金に耐えられるコンテンツをどんどん作って外に出していく。例えば、われわれだけでなく、ほかの独立局にも声をかけて、それぞれのオリジナル番組を集めて24時間編成にして提供することも方法のひとつだと考えています。
エンタメだけに限らない。生活に必要なツールを提供
―― 近年の業績を見ると、売上高は18年度の177億円から翌年は156億円の大幅減となり、コロナ禍の20年度は113億円まで減少。しかし、21年は119億円と回復させました。
伊達 20年度の売り上げ減は会計基準の変更が理由です。アニメ受託制作費を売り上げから外したことが大きく影響しています。同年はコロナ禍でイベント事業が壊滅的な状況になり、番組制作もストップするなど放送事業も大打撃を受けました。21年度はなんとか前年を超えることができ、22年も回復基調にはありますが広告収入はネットに押され厳しいものがあります。
われわれだけではないと思いますが、コンテンツの2次・3次利用やIPビジネスなど放送外の新たな収益形態を模索し、拡大していかないとシュリンクするしかない状況です。今はテレビ界全体が厳しい。各社そこに取り組んでいることでしょう。
―― 現状は放送事業が売り上げの9割を占めます。この先のバランスをどう考えますか。
伊達 放送とそれ以外をフィフティフィフティまでもっていきたいですね。これまでにも放送外の事業が全体売り上げを大きく底上げしたことはあるのですが、失敗することも多く、波があります。いつまでに実現できるかは、コロナが長引く現状では予想がつきません。ただ、柱にすべきは、ものを生み出して価値を高め、それを放送以外の場所で活用して収益を得ること。ひとつのチャンスはネット事業です。われわれには奪われるものも失うものもありませんから、やりようはいくらでもある。そこを武器にしていきます。
―― アニメは好調ですね。「進撃の巨人」や「鬼滅の刃」といった人気作品ももとはTOKYO MX発ですが、ヒット作を多く送り出すことでアニメファンの厚い信頼を得ています。
伊達 ワンクールに30~40本ほどの新作を放送して、TOKYO MXからアニメを広めようと広告主、広告会社や制作会社とずっと一緒にやってきました。主に22時からの時間帯をアニメゾーンとして放送していますが、若い世代には〝アニメのMX〟がすっかり定着しています。
広告も好調で、同ゾーンからスポットCMは埋まっていき、ゴールデンといった時間枠よりも売れています。従来はアニメやゲームなどのスポンサーが多かったのですが、最近は一般商材や不動産など若い世代に訴求したい一般企業のクライアントが増えており、特にアニメを使ったコラボCMの需要が高まっています。
―― これからのTOKYO MXらしさをどう考えていますか。
伊達 23年は、東京を代表する六本木で、昼には家族で、夜は大人にも楽しんでいただける「大恐竜展」を開催しますが、エンターテインメントに限らず、生活に寄り添って、都民にとって必要な局になりたい。今東京の人々に向けた防災システムとして、テレビのデジタル波を活用した防災行政無線システムの構築を計画中です。さらにもうひとつとして内閣府と一緒に災害時の安否情報確認システムの構築を進めています。これを「エムキャス」に組み込みます。「エムキャス」のアプリを入れておけば、首都直下型大地震が起きた際などいざというときに生活者の役に立つ、安心安全に生きるためのツールになります。東京人の生活にTOKYO MXが必要という意識を持ってもらえる放送局を目指したいと考えています。