国内で、TOB(株式公開買付)に関するニュースが相次いでいる。9月には、コクヨのぺんてるに対する敵対的買収が失敗したと報じられた。円安で、外国企業による日本企業買収の動きが加速する可能性もある。「標的」企業は、買収提案を冷静に判断することが求められる。文=経済ジャーナリスト 小田切 隆(雑誌『経済界』2023年1月号より)
ぺんてる株46%取得も過半数に到達せず
コクヨは9月30日、保有する非上場のぺんてる(東京)の株式約46%を、同業のプラス(東京)へすべて売却すると発表した。
コクヨは2019年にぺんてるに対してTOBを行うと発表したが、ぺんてる経営陣の猛反発にあい、断念を発表していたという経緯がある。一連の買収劇は、日本では敵対的買収がなかなかうまくいってこなかった事実を改めて思い起こさせた。
コクヨが、ぺんてるの筆頭株主である投資ファンド、マーキュリアインベストメントに101億円を出資、4割弱の株式を保有する実質的な筆頭株主となったのは19年5月のことだ。その後、コクヨは直接投資に切り替え、名実ともにぺんてるの筆頭株主になった。
コクヨがぺんてるの買収に乗り出したのは、ぺんてるの手掛けるビジネスが、みずからのビジネスを補完する上で理想的だったからだ。
コクヨは「キャンパスノート」のようなノート製品が得意で、海外ではアジアを中心に展開している。ただ、筆記具は弱かった。
一方、ぺんてるは「サインペン」など筆記具が得意で、海外では欧米などで事業を行ってきた。コクヨにとっては、ぺんてる買収で、自分の不得意な分野を補強し、あまり展開していない海外エリアへ販路を広げられるといったメリットがあった。
だが、コクヨの買収提案にぺんてるは反発。表向きは協力関係を作るための協議を進める姿勢を示したが、水面下では、以前から提携していたプラスとの協力関係を強めていった。プラスはオフィス向けの家具や修正テープなどを主力としており、ぺんてるの商品とは補完しあう関係だ。
ぺんてるの動きに気付いたコクヨは19年11月、既存株主から株式を買い取り、比率を当時の約38%から50%超まで高めて、ぺんてるを連結子会社化する考えを発表する。敵対的買収の始まりだ。
反発したぺんてるとコクヨは互いに公然と非難しあうようになり、株式争奪で多数派工作を始める。
その後、コクヨはぺんてる株を約46%まで買い進めたが、50%を超えることはできなかった。一方、プラスはぺんてるの「ホワイトナイト(白馬の騎士)」となり、約30%の株式を保有する大株主へと成長。結局、20年2月の決算会見で、コクヨはぺんてる買収の断念を表明することになった。
その後、コクヨはぺんてると協業の話を進めようとしたが、うまくいかず、22年9月30日、コクヨはとうとう、保有するぺんてる株のすべてをプラスに売却すると発表。ぺんてる株の争奪戦は終結した。
実は、コクヨが提示していたぺんてる株の買い付け価格は、プラスが示していた買い付け価格より高かった。にもかかわらず、コクヨは過半数の株式を得られず、46%にとどまった。プラスは30%もの取得に成功している。
もし、ぺんてるが上場会社で、多様な株主が存在していたら、コクヨの買い付けに応じるケースが多く、コクヨは50%を超えていたかもしれない。買い付け価格をみて、コクヨのほうが株式の価値を高めると判断し、買収に応じるほうが合理的だと考える株主が多いはずだからだ。
だが、ぺんてる株は非上場で、株主はOBや取引先が多かった。株式をプラスに売るようぺんてるから働きかけを受け、買い付け価格がコクヨより低かったにもかかわらず多くの株主が働きかけに応じたのは、「SOSを出しているぺんてるを助けなければならない」という「仲間内の論理」が勝ったからだといえる。
プラスの子会社になる判断が正しかったかは、今後、ぺんてるの株式や企業の価値が本当に向上していくかにかかっている。
日本のTOBの特徴は「敵対的」への拒絶感
コクヨとぺんてるをめぐる一連の騒動は、いまだ日本企業の敵対的買収に対する反感が強いことを示した。
ぺんてる株46%を握っているにもかかわらず、コクヨがぺんてる経営陣の入れ替えなどに踏み切らなかったのも、敵対的な手法を進めることで、みずからの企業イメージを悪くすることを恐れたためだろう。
同じように、イメージの悪化を恐れて敵対的買収に踏み切らず、結果的に買収に失敗したのが、首都圏を地盤に展開するディスカウントスーパー、オーケー(横浜市)だ。
阪急阪神百貨店などを傘下に持ち、関西では強いブランド力を持つエイチ・ツー・オー(H2O)リテイリンググループとの経営統合案を臨時株主総会にはかることを、関西地盤の関西スーパーマーケットが発表したのは21年8月。これに対し、水面下で関西スーパーの買収を提案してきたオーケーが反発し、同9月、統合案の総会での否決などを条件にTOBを行うと表明。関西スーパーの争奪戦が始まった。
このときオーケーは、敵対的買収は行わないと公言し、その通りにした。客商売だけに、「敵対的」の持つマイナスイメージを身にまといたくなく、買収に成功したとしても、後にしこりが残ると考えたからだ。
結局、臨時株主総会で可決された経営統合案をめぐり、法廷闘争が続くなどゴタゴタがあったものの、オーケーは関西スーパーの買収に失敗。関西スーパーは同12月にH2Oグループの2つの食品スーパー(イズミヤ、阪急オアシス)と経営統合し、中間持ち株会社、関西フードマーケットの下で再出発している。
このように日本では敵対的買収へのアレルギーがまだまだ強い。一方で、少しずつ成功する事例が増えてきたのは注目される。被買収企業の取締役会が反対しても、買収側が、どう企業価値を高めていくかなどをうまく説明できれば、敵対的買収でも成功するようになったのだ。
オイシックスが勝ったシダックスのTOB
最近では、食品宅配のオイシックス・ラ・大地が、給食大手シダックスに対する敵対的買収に成功した。
シダックスに対するTOBが成立したとオイシックスが発表したのは10月25日のことだ。筆頭株主である投資ファンド、ユニゾン・キャピタルの保有分を含め、シダックス株の約28%を約84億円で取得し、筆頭株主となると明らかにした。オイシックスは給食をはじめ食品事業でシダックスと協業を進める。
シダックスは、経営不振のため、18年、カラオケ事業を手放した。給食事業でテコ入れをはかることになり、19年、ユニゾンがシダックスに出資。ユニゾンは約27%の株式を握る筆頭株主になった。
この時、ユニゾンはシダックス創業家と「株式を手放す際は、創業家か、創業家が指定する先へ株式を売却する」という契約を結んでいる。
そのシダックスに対し、オイシックスがTOBを表明したのは22年8月29日のこと。1株あたりの買い付け価格は、当時の市場での株価より15%低い541円で、最大33%の株式取得を目指すとした。当初の買い付け期間は9月28日まで。オイシックスはシダックスの創業家と親密で、オイシックスによる株式の保有は創業家の意思だったといえる。
しかし、この買い付けに対し、シダックスの取締役会が反対を表明したことで、オイシックスのTOBは、敵対的買収へと変貌する。取締役会の反対の背景には、「牛角」「かっぱ寿司」などで知られる外食大手のコロワイドが既に6月、水面下で、シダックスの食品関連事業買収を提案していたこともあるとみられる。
ユニゾンも、その時点では買い付けに応じられないとの立場をとった。事態は、オイシックスとコロワイドの間での「シダックス争奪戦」の様相となったが、9月に入り、コロワイドが買収の提案を撤回した。やはり、争奪戦が長引くことによる自社のイメージ低下を嫌ったためとみられる。
その後もシダックス(の取締役会)はオイシックスによるTOBへの反対姿勢を崩さなかったが、10月には、シダックスはオイシックスによるTOBへの反対意見を撤回し、姿勢を「中立」へと変更した。両社で第三者委員会をつくり、給食事業の在り方などに関する公正な話し合いが可能になったことが、判断を変える理由となった。
そして25日、オイシックスは、シダックスに対するTOBが成立したと発表した。複雑な経緯をたどったが、「買収されることによってその企業がどんな価値を得るのか」を示せたり、買収する側・される側の間で、今後に向けたきちんとした協議の場を設けたりすれば、日本でも敵対的買収が成功するようになったことの証左といえる。
敵対的であろうがなかろうが、その買収が企業や株主にとり良いのか悪いのか、買収する側は粘り強く説得し、買収される側は冷静に判断していく必要がある。