経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

第2回 多様な部下の心の壁を超えるには 田岡英明

田岡氏

【連載】上司・部下・組織が活性化する「働きがい心理学」(全3回)

前回の記事「第1回 まずは上司自身が心の壁を超えることから」では、上司自身が働きがいを感じるために超えなければならない心の壁についてご紹介しました。今回は組織としての成果達成のために、多様な部下の心を読み解き、部下に働きがいを育んでもらうためのポイントについてお伝えします。(「経済界ウェブ」オリジナル連載)

田岡英明氏のプロフィール

田岡氏
田岡英明(たおか・ひであき)――働きがい創造研究所取締役社長。FeelWorksエグゼクティブコンサルタント。国家資格キャリアコンサルタント。全米NLP協会公認NLPトレーナー。1968年生まれ。東京都出身。山之内製薬のMRなどを経て、2014年FeelWorks入社。管理職向けマネジメント研修や、若手・中堅向けのマインドアップ研修を行う。2017年働きがい創造研究所設立、取締役社長就任。「働きがい」をテーマに組織開発や、実践心理学NLPを応用したトレーニングを展開。著書『マネジメントのイライラが消える! 実践「働きがい心理学」』(FeelWorks)(https://www.amazon.co.jp/dp/4910629033)など。働きがい創造研究所 https://hatarakigai.jp/

「何を言うか」より、「誰が言うか」が大切

 日本の少子高齢化のスピードは速く、内閣府「令和4年版高齢社会白書」によると、2021年の総人口は1億2,550万人と減少を続けています。中でも問題になっているのは、15~64歳までの労働力人口の減少です。21年の労働力人口は7,450万人ですが、30年には6,875万人、40年には5,978万人、50年には5,275万人と推移していきます。パーソル総研が18年に算出した内容によると、30年には644万人もの労働力が不足するとも言われています。

 このような状況に対し、国は総力戦で国力を維持、向上していこうとしています。総力戦に関しては、かつて一億総活躍社会の醸成とうたわれたものですが、一丁目一番地は女性活躍推進です。女性活躍推進以外には、障害者雇用の推進、LGBTQの方々の活躍推進、外国人労働者の就労促進、高齢者雇用の推進等が進められています。さまざまな制約を持つ人たちやさまざまな価値観を持つ人たちが、より長く働けて活躍できる社会の醸成が進められています。しかし、こうした背景から、上司が置かれる環境は下記のようになっています。

①慢性的な人手不足感の中、上司自身がプレイングマネジャーとして多忙である。

②女性部下や年上部下等、働き方の多様性に対応しなければならない。

③さまざまな情報環境の中で育った部下の多様化する価値観を理解せねばならない。

④リモートワークの推進で、部下とのコミュニケーションが取りにくい。

⑤市場が低迷する中、伸び続ける成果を求められる。

 このような人手不足をベースとした状況では、生産性の向上が欠かせません。少ない労働力でも、高い成果を出せる組織を醸成していかなければならないのです。そして、生産性の向上には働く環境システムの制度整備も大切ですが、部下のエンゲージメントや主体性をいかに育むかがカギとなります。では、どのように部下のエンゲージメントや主体性を上げていけばいいのでしょうか。

 ここでポイントとなるのは、上司が部下に何を語るかより、誰が語るかです。なぜなら、上司と部下の信頼関係の有無で、部下の行動量や行動の質が変わるからです。皆さんにもかつて師事した何人かの上司がいらっしゃるはずです。上司Aさんに言われると、やる気になるが、上司Bさんに言われると、やる気がなかなか起きなかった経験があるでしょう。ここには上司と部下の信頼関係の有無が存在し、何を言うかより、誰が言うかが大切になるのです。

部下との信頼関係は共感とザイアンス効果で

 「メラビアンの法則」は信頼関係のできていない状態の時に、人がどのような部分から相手を判断するかの割合を示したものです。この法則によると、言語情報から7%、聴覚情報から38%、視覚情報から55%となっており、何を言っているかより、相手の見た目や話し方が大切なようです。

部下との信頼関係が部下の主体性を育み、組織の成果や生産性の向上につながるとすれば、聴覚情報と視覚情報に注意を向けていく必要があります。ポイントは「共感の姿勢」にあります。共感の姿勢とは、「あなた(部下)は、そのような考えを持っているのですね」といった寄り添う状態を指します。同じような言葉に、「同感の姿勢」もありますが、上司が部下に、私も同じように思うよと常に思えるとは限らないので、共感の姿勢が大切なのです。

 この姿勢により部下が、この上司は自分のことを受けとめてくれているといった思いに至ると、そこに信頼関係が醸成されます。「共感の姿勢」の示し方は、以下のポイントを参考にしてみてください。

ポイント1:部下が抵抗を示さない、清潔感ある身なりと余裕を示す。

ポイント2:部下の話を聞いている姿勢を示すため、相槌や頷きを意識する。

ポイント3:所どころ質問を交えながら、ゆっくりとした語り口調を心がける。

 「共感の姿勢」と共に大切にしたいのが、「ザイアンス効果」です。ザイアンス効果とは、最初は興味や関心がなかった人でも、何度も接するうちに好きになっていく心理的現象のことで、別名「単純接触効果」と呼ばれるものです。上司は部下との挨拶やコミュニケーションの場の設計によって、接触回数を意識して増やしていきましょう。

自己重要感と成長実感で部下の働きがいを育む

 部下との信頼関係構築が進んできたら、部下の働きがいを育むコミュニケーションが機能していきます。部下の働きがいを育むコミュニケーションのポイントは、部下の「自己重要感」と「成長実感」を高めるところにあります。これまでもお伝えしてきておりますが、自己重要感とは、人は自分自身のことを価値ある存在だと思い、他人からも自分のことを価値ある存在だと思ってもらいたいという究極の思いのことでした。

 そして、「自己成長」とは、人生における成功体験や失敗体験を元に、人間はいかなる時も経験をした分、成長し、成長したいと思っているというものでした。上司として、部下の自己重要感と成長実感を高めるために、「部下の大切にしている価値観やこだわりは何なのか」「部下がこれまで育んできた能力はどのようなものなのか」「部下がどのようなキャリア目標を描いているのか」を知っていく必要があります。以下に示す5ステップコミュニケーションで理解していくことをお勧めしています。

ステップ1:最近の仕事の中での満足ポイントと不満足ポイントを聞く。

ステップ2:仕事で大切にしたい事やこだわりを聞く。

ステップ3:入社動機や学生時代に熱中したことを聞く。

ステップ4:将来、どのような仕事がしたいのかを聞く。

ステップ5:上司である自分に支援できることを聞く。

 以上のようなコミュニケーションを取ることは、部下理解の質を高め、これまで上司が部下に描いていたアンコンシャスバイアス、いわゆる無意識の偏見を超えさせていきます。心理学的に言うと、人は自分の見たいように相手を見てしまう傾向にあります。出来の悪い相手だと思った瞬間から、出来の悪いところが目に付き、優秀だなと思った瞬間から、優秀なところばかりが目に付きます。質の高いコミュニケーションにより、部下に対するフラットな目線を獲得し、部下がどのような時に自己重要感と成長実感を高めるのかを理解していくのです。

 部下との信頼関係を高めて部下の働きがいを育む支援により、部下のエンゲージメントや主体性を引き出すことができれば、生産性の高い組織を創り出すことができます。決して簡単ではないですが、今回ご紹介したアプローチを一つずつ実践してみてください。