経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

足元の目標は今期の黒字化。その先には世界一の旅行会社 エイチ・アイ・エス 澤田秀雄

澤田秀雄 HIS

コロナ禍で一番大きな影響を受けた業界のひとつが旅行業で、エイチ・アイ・エス(HIS)も前11月期まで2期連続の赤字を余儀なくされた。しかし人々の日常が戻るに従い、徐々に客足も戻ってきた。1980年の創業以来、40年以上にわたりHISを率いる澤田秀雄会長も、今期の黒字化に自信を見せる。そしてその先には、「世界一」という究極の目標も見据えている。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年2月号より)

澤田秀雄 HIS
澤田秀雄 エイチ・アイ・エス会長

コロナ禍を奇貨として成長した国内旅行部門

ーー 旅行業界は3年にわたり塗炭の苦しみを味わってきましたが、ようやく人の動きが戻ってきました。来日旅行客の制限も緩和され、今後、インバウンドの増加も期待できます。

澤田 国内旅行に関していえば、コロナ前の8割ぐらいまで戻ってきました。海外旅行も大きく伸びていますし、訪日旅行も再開し、中国からの旅行客はこれからですが今後増えていくと思います。11月から新しい年度が始まりましたが、手応えを感じています。

 ただし、振り返ってみると悪いことばかりでもありませんでした。確かに最初は全く仕事がなくなるという地獄のような状況になりました。しかもわれわれはこれまで海外旅行の比重が圧倒的に高く、影響も大きかった。そのためこれまでほとんどやっていなかった国内旅行に力を注ぎました。その結果、3年の間に随分と力がついてきた。コロナが国内旅行部門を育ててくれた。お陰で今では海外旅行と国内旅行で車の両輪になりつつあります。以前の海外旅行一本足経営に比べ、はるかにバランスの取れた形になったと思います。

 ですから新年度は、これまで止まっていた海外旅行をきちんと伸ばしていく。ただし、コロナ前の水準まで戻るにはあと1年はかかるとみています。それと力がついてきた国内旅行もさらに伸ばしていく。その両面で進めていきます。

ーー その一方で円安が定着しています。ツアー料金も高くなり、ニュースなどでも海外の物価の高さばかりが報じられます。海外旅行にとってはマイナスではないですか。

澤田 幸いなことに、これまでのところそれほど影響を感じていません。確かに海外の物価は高いですけれど、それ以上に3年間我慢した分を取り戻したいと考えている方が多いようです。物価よりも海外に行きたい気持ちのほうが勝っている。

 もちろん、ツアー料金が高くてもいいとは思っていません。秋から実施している「リベンジ旅大応援セール」というキャンペーンでも、お得なツアーの提供を行っていますし、今後も続けていきます。HISの創業の原点は、お得に海外旅行を楽しんでもらおうというものですから、その意味では原点に返ろうということです。お客さまに喜ばれる商品をどんどん出していく。こういうことを続けていけば、コロナの影響がなくなる頃には、コロナ前よりもはるかに強い会社になると思います。

ハウステンボス1千億円は経営者としての勲章

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澤田秀雄 HIS

ーー コロナ禍だけでなく、イラク戦争やSARS、MERS、新型インフルエンザなど、旅行業界は突発的かつ不可抗力的要因によって一気に業績が悪化します。こういう時はどのような心構えでいるのですか。

澤田 悪いときほど明るく元気でやろう、といつも社員に言っています。空元気でもかまわない。そのほうが状況が改善した時の立ち上がりが早いですから。長い間、企業を経営していればいろんなことがあります。時には落ち込むこともある。その時に暗くなったり、もう駄目だと考えると、さらに落ち込んでしまう。そこでぐっと我慢して、失意泰然、悠然と構え動じない。悪いときにどう耐えるかで次の成長が変わってきます。

ーー でもコロナ下では苦渋の決断もしなければなりませんでした。その最大のものがハウステンボス(HTB)の売却だと思います。澤田さんは売却に反対だったそうですが、それでも売らざるを得なかった。

澤田 売りたくなかったですよ。でも僕以外の役員全員が売るべきだと言う。HTBを始める時も僕以外、全員反対したけれど、それでも始めた。でも今度は従わざるを得なかった。何しろコロナで赤字となり資金調達する必要があったところへ、HTBに1千億円の株式価値評価をいただいたわけですから。

 2010年にわれわれが買収した時は毎年赤字が続いており、閉園の可能性もあった施設でした。それを初年度から黒字にし、価値を上げて売却できたのだから、結果としては悪くない。

ーー 誰も黒字にできなかった会社をどうすれば再建できるのですか。

澤田 そんなに難しいことではないですよ。会社には必ず無駄な経費があります。これを下げる。この下げた分はすべて利益です。2つ目は、新しいことをやって売り上げを上げていく。あとはスタッフを大切にする。大切にすれば2割増しで働いてくれる。この3つです。

ーー 言葉にするのは簡単ですが、それができないから皆苦労しています。

澤田 そんなことはありません。HTBで僕が言ったのは、経費を下げることができないのなら、1・2倍のスピードで歩いてくれ、と。HTBは端から端まで歩くのに30分かかります。それを1・2倍で歩けば25分ですむ。この5分が効率化です。もちろん経費の見直しもやりましたから、1年で3割ぐらい経費が減った。だいたいそれだけで収支トントンになるので、あとはイベントをやって売り上げを伸ばしていく。

 僕はHTB以外にもモンゴルのハーン銀行など、いくつも会社を再建しましたが、基本はすべて同じです。

ーー でも社員がそんなに言うことを聞いてくれますか。特にHTBは経営者が何度も代わりながら、結果を出せませんでした。次も同じだと思うのが普通です。

澤田 結果を出すことです。先ほど言ったことを徹底すれば必ず結果が出ます。そしてその結果は社員に還元する。そうすれば社員は経営者を信用してくれます。それが求心力につながります。

 僕は経営者にとって一番大切なことは結果を出すことだと思っています。最近、パーパスやビジョン、ミッションが脚光を浴びています。HISにも『「心躍る」を解き放つ』というパーパスがあり、僕も大切にしています。しかし、いくらパーパスが立派でも、結果が出なかったら意味がないし、社員もついてこない。その意味で、HTBを12年で1千億円の価値を持つまでにできたのは、僕にとっての勲章です。

ーー そうした企業再建策は2期連続赤字のHISに当てはまるのですか。

澤田 同じです。例えば、年間の退職者数より多い入社数を採らないだけでも人件費は下がります。また、筋肉質な財務体質に改善するため、赤字だった電力部門も売却しています。経費を抑えて旅行部門に戦力を集中し、海外旅行、国内旅行ともに売り上げを伸ばしていく。それにより今期は黒字化を目指します。

バトンタッチしても成長できる体制づくり

ーー その先は何を目指しますか。

澤田 世界一の旅行会社です。HISは創業以来、日本一の旅行会社を目指してきました。そしてコロナ前にはほぼ目標に到達できた。次は世界一です。HISは現在、世界60カ国158拠点があります。日本でナンバーワンに成長した過程を各拠点に伝え、各国でナンバーワンを目指します。それができれば、世界一の旅行会社になれるはずだし、必ずできると信じています。

ーー 今はインターネットによる旅行申し込みが一般化しています。でもHISは国内だけでも100以上の営業拠点があります。むしろこれが足かせになりませんか。

澤田 もちろんネット対応は大切ですし、われわれも力を入れています。今はスマホで何でもできる時代ですし、HISでもそういうお客さまは増えています。でもだからといって対面が不要かというと僕はそうは思わない。確かに以前のように、店舗が2倍になれば売り上げも2倍に、10倍になれば売り上げも10倍になる時代ではありません。当然、コストもかかりますから、効率が悪いという見方もあると思います。でも対面には対面の良さがある。ご年配の方や複雑な旅程を組むお客さまにとって店舗は必要不可欠です。

 実際、ネットの申し込みが7割ほどを占めますが、それでも来店される方が3割はいる。全世代、あらゆるお客さまに対応するのは店舗があってこそ。ですからコロナの時も、店舗を開け続けました。それがお客さまの安心感を生み、HISへの信頼につながります。

ーー 世界一の夢はいつごろ実現するのでしょう。

澤田 10年後か15年後か。

ーー 2023年に72歳になります。でも世界一という目標があるなら、引退できないですね。

澤田 やるのは次の世代ですよ。ただ、僕のような創業者は身を引くのは難しい。会社のことを一番よく知っているし、思いも一番強いですから。でもだからこそ、コロナで売り上げがゼロになっても、諦めないでいることができたし、次を見据えた体制をつくることもできました。そして次のステップへと進んでいき、いずれは会長も退きます。そうなっても成長を続け、若い人の力で業績をどんどん伸ばしていく。そんな会社を目指しています。