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新型コロナで独走態勢塩野義製薬の強さと危うさ

新型コロナウイルス感染症に対する治療薬とワクチン。出遅れた国内メーカー勢にあって存在感を示しているのが塩野義製薬だ。11月の新型コロナ治療薬「ゾコーバ」の緊急承認取得に続き、組み換えタンパク質ワクチン「コブゴーズ」を承認申請するなど一気に花開きつつある。文=ジャーナリスト/大竹史朗(雑誌『経済界』2023年2月号より)

先行利益はすべて外資に二の足踏んだ日本企業

 国内メーカーとして一番乗りで厚生労働省への申請を果たしたことで、初の「国産ワクチン」を製品化できる公算が高まった塩野義だが、開発スケジュールは当初計画より1年ほど後ろ倒しになっている。オミクロン株などの変異株への対応も依然として残る課題だ。

 新型コロナウイルス感染症の猛威が世界を覆ってもうすぐ3年。欧米ではようやく平穏を取り戻しつつある感があるが、日本では今冬の「第8波」が警戒されるなど予断を許さぬ雰囲気だ。ここへきて新型コロナで塩野義が存在感を増しているのは、治療薬とワクチンともに、日本の医療現場で選択肢が外資系メーカーの製品しかなかったからでもある。

 日本政府が最も気を揉んでいるのが、低迷するワクチン接種率だ。既に国民の約8割が2回接種までは済ませているものの、オミクロン株に対応した追加接種用ワクチンによる3回目は7割弱、4回目となると半数にも達していない(12月2日現在)。とくに今冬の流行期を前に若年層の接種率が2割弱と極めて低いことが、年末年始に向けて不安材料となっている。

 現在、日本で薬事承認を得ている新型コロナワクチンは4種類。いずれも外資系メーカーが開発したものだ。このうち、国民の大多数が接種しているワクチンが、米ファイザー/独ビオンテックの「コミナティ」と米モデルナの「スパイクバックス」で、どちらもmRNAワクチンに分類される。

 弱毒化あるいは不活化したウイルスを直接、体に入れて免疫細胞に「異物」として覚えこませるのではなく、ウイルスの設計図(遺伝情報)だけを送り込むことで、その形状を認識させるという最新のバイオ技術を駆使している。

 日本政府は4回目接種を念頭に、これらワクチンを合計8億回分以上購入済みだ。これまで買い上げ予算として計上された金額は約2兆4千億円に上る。一部ワクチンの製造・流通で国内メーカーに分配された金額もあるが、新型コロナワクチンの先行者利益は、これまでのところほぼすべて外資系メーカーの懐に入っている。

 「外資丸儲け」と言えるこうした実情は、治療薬にもほぼそのまま当てはまる。現在、日本国内で新型コロナ治療薬として認められているのは、2020年5月に初めて特例承認された米ギリアド・サイエンシズの「ベクルリー」を皮切りに9種類。軽症患者向けから重症患者向けまで一通りのラインアップが揃っている状況だが、スイス・ロシュの連結子会社である中外製薬の2製品を除くと、いずれも欧米の製薬企業が開発した抗ウイルス薬やバイオ医薬品だ。「純国産」と呼べるワクチンや治療薬はひとつもなく、新型コロナ特需の恩恵にあずかった日本の製薬企業は、実はほとんどない。

アビガンなども失敗に終わる。欧米ワクチンは変異株に対応

 新型コロナのパンデミックが発生した20年初頭から、国産の期待が高まっていたのは、ワクチンではなく治療薬のほうだった。耐性菌問題などで下火になったものの、1970年代頃に抗生物質の開発で一時代を築いた日本の製薬企業のなかには、感染症分野に強いメーカーが残っている。いまも国内の工場で抗生物質をつくり続けているなどその伝統が色濃い塩野義は、その筆頭メーカーでもある。現在では抗エイズ薬が収益の柱に育っており、2018年には抗インフルエンザ薬「ゾフルーザ」の製品化にも成功している。ウイルスを相手とする新薬の開発では、欧米製薬企業と比較しても遜色ない実績を持っているのだ。

 もっとも、新型コロナ治療薬の開発で先行したのは同社ではなかった。富士フイルム富山化学がインフルエンザ治療薬として開発した抗ウイルス薬「アビガン」、ノーベル医学・生理学賞の受賞者でもある大村智・北里大学特別栄誉教授が創製に携わったことで知られる駆虫薬「イベルメクチン」など、開発段階で新型コロナに対する特効薬として有望視されたいくつかの候補物質があったが、いずれもヒトでの効果を確かめる臨床試験で失敗に終わっている。

 一方のワクチンに関しては、大阪大学発のバイオベンチャーであるアンジェスが国の助成金を得て開発を手掛けたDNAワクチンが試験途中で脱落した。mRNAワクチンと似たメカニズムで、ウイルスの設計図を体内に送り届けるというDNAワクチンだが、もともと過去の研究成果などから、十分な有効性を発揮する確率は低いとみられていた。

 分の悪い投資にもかかわらず、政府が同社におよそ75億円を資金援助したのは、塩野義を含めほかの有力な国内メーカーがワクチン開発に二の足を踏んでいたからだとされる。第一三共と明治ホールディングス傘下のKMバイオロジクスもワクチン開発に参入しているが、欧米勢との比較で出遅れは明らかだ。

 コミナティとスパイクバックスは、既に21年に出現したオミクロン株(BA・1、BA・4-5)にも対応できることを臨床データをもって示しており、3回目、4回目の追加接種用ワクチンとして日本を含む各国で承認を得ている。22年11月頃にはBA・5から派生したとみられる新たな変異株の感染増加が、米国やシンガポールなどで報告された。新型コロナとワクチンのイタチごっこは今後も続くと予想されている。

 周回遅れの現状にあって、日本勢のなかでは先頭を走っているのが塩野義だ。22年4月、コブゴーズの臨床試験データを発表した同社は、日本人成人を中心とした3千例の中間解析データから、同ワクチンの有効性の傍証となる接種後の中和抗体の増加を確認した。発熱や頭痛、筋肉痛などがみられたものの、重大な副反応はなかったとしている。

 7月には5~11歳の小児を対象とした試験を開始。続いてコミナティを3回接種した60歳以上を対象に、4回目接種ワクチンとして置き換えることが可能か検証する試験にも着手した。9月までに承認申請するとしていた当初計画よりは時間がかかったものの、他の日本企業に先んじて11月中に申請することに成功した。初の国産ワクチンとなる見通しのコブゴーズは、順調にいけば来春にも承認される可能性がある。

緊急承認見送りの紆余曲折。医学的根拠は市販後に積み上げ

 同社の手代木功社長は5月に開いた23年3月期の決算説明会で、ゾコーバとコブゴーズの新型コロナ2製品で、売上高1100億円という予想を織り込んだ。全売上高見込みの4千億円のうち、4分の1以上を新型コロナ関連で稼ぎ出そうという強気の計画である。

 説明会で手代木社長は、オミクロンに続く変異株の流行見通しなどを含め「予想はかなり難しい」としつつも、1100億円は保守的な売上計画であることを付け加えた。

 ただし、ゾコーバが純国産初の治療薬として承認を得た紆余曲折を振り返ると、手代木社長が語る青写真はかなり野心的な計画と言える。端的に言って、同剤の有効性に対しては懐疑的な見方がなお根強いからだ。

 11月22日に純国産の新型コロナ治療薬として承認を得たゾコーバだが、製品化の過程はワクチン以上の紆余曲折だった。まずそもそも、最初の申請で承認を見送られた。塩野義が同剤の申請に当たって選択したのは、今回のパンデミックをきっかけに、22年5月の医薬品医療機器法改正で新設された医薬品などの「緊急承認」制度である。

 根拠はいくつかある。アビガンなどがそうであるように、細胞に取りついたウイルスの増殖を食い止めるという性質から、妊婦に投与した場合に胎児で起こりうる催奇形性のリスクの懸念があったこともそのひとつだ。根本的な理由は、22年7月に行われた医薬品審議会の時点で、有効性を示唆する最低限のデータを提示することができなかったためだ。

 緊急承認制度では、最終テストを待たずに現時点で得られている臨床データから「有効性を推定」できるかが判断基準となるが、ゾコーバはこのハードルを越えることができなかった。ウイルス量の減少効果は確認できたものの、症状の改善効果ではっきりとした結果を示すことができなかったためだ。

 最終試験のデータを待って、11月22日にようやく緊急承認を得たが、24日に記者会見した手代木社長は、経口の新型コロナ治療薬として先行して承認を得ている「ラゲブリオ」(MSD)と「パキロビッド」(ファイザー)と比較して、ゾコーバの有効性が「負けているというデータはひとつもない」と強調。催奇形性リスクや、副作用の観点から併用できない薬剤が多数あるなど、使用できる患者が限定されるため「100点満点ではない」としたものの、有効性は経口剤のなかでは引けを取らないと自信を示した。

 ゾコーバが新型コロナに確かに有効であるという医学的根拠は、市販後に得られるデータを積み上げることで固めたいと強調する手代木社長。パンデミックへの備えとして、「消火器のように使わないほうがいいが、いざというときに役立つよう」国が定期的に買い取ることも求めた。

 もっとも緊急承認制度では、1年以内に改めて正式承認に向けた臨床試験の成績を揃えなければならない。科学的根拠に基づいた有効性を示すことができなければ「国産治療薬」という金看板は意味を持たず、政府による定期的な買い上げという「消火器ビジネスモデル」が崩れてしまう。この構図はワクチンも相似形だ。