経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

復活か? エルピーダの二の舞か?日の丸半導体連合の見えない明日

スーパーコンピューターやAIなどに活用する「次世代半導体」を手掛ける新会社を、トヨタ自動車、NTTなど国内8社が出資して設立した。もっとも、かつて国主導でつくったものの経営破綻したエルピーダメモリの失敗が繰り返されるのではと早くもささやかれている。文=経済ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2023年2月号より)

最先端の半導体を生産し世界のモノづくりをリード

 新会社の名称はラテン語で「速い」を意味する「Rapidus(ラピダス)」。2027年の生産開始を目標に、経済安全保障上、重要な物資の国産体制確立を目指す「国産半導体連合」だ。ラピダスに出資するのは、トヨタ、NTT、ソニーグループ、ソフトバンク、キオクシア、デンソー、NEC、三菱UFJ銀行。出資額は、三菱UFJ銀行の3億円のほか、各社10億円ずつで、合計73億円。さらに、政府が700億円を支援する。

 社長には、日立製作所で技術者の経験があり、直近で米半導体大手ウエスタンデジタルの日本法人トップを務めた小池淳義氏が就いた。会長は日本の半導体大手、東京エレクトロン前社長の東哲郎氏だ。

 22年11月11日の記者会見で小池氏は「5年後(27年)の目標は、研究開発を実行し、次世代の、最先端のLSI(システム高密度集積回路)のファンドリー(製造受託企業)を日本で実現することだ」と指摘。「世界と協力し、最先端の半導体の量産を通じて、日本の産業力を強化するとともに、世界のモノづくりをリードしていく」と話した。

 また、700億円を支援する政府の側も、西村康稔経済産業相が同日の記者会見で、「次世代半導体はあらゆる分野で大きなイノベーション(技術革新)をもたらす中核技術だ。米国をはじめとする海外の研究機関、産業界とも連携しながら、わが国の半導体関連産業の基盤の強化、競争力強化につなげていきたい」と訴えた。

 ラピダスが目指すのは、回路線幅が2ナノメートル以下というきわめて微細な半導体の量産だ。半導体は、回路線幅が狭いほど性能が高く、大量の情報処理や消費電力の省力化ができるようになる。

 そして、ラピダスがつくるのは、高度な計算を可能にする「ロジック半導体」だ。既にスマートフォンなどに使われており、ラピダスはスーパーコンピューターやAI、完全自動運転車などに活用することを目標としている。

かつての世界一がいつの間にか20年遅れ

 ロジック半導体の分野では、日本は海外にくらべ10~20年遅れているといわれている。

 現在、国内では、電力の変換やコントロールを行う「パワー半導体」、大容量のデータを記録する「NAND型フラッシュメモリ」などが製造されている。ロジック半導体は40ナノメートルのものしかつくれない。熊本県菊陽町で台湾積体電路製造(TSMC)が建設中の工場で生産するのも、12~28ナノメートルのものにとどまる予定だ。さらに微細なロジック半導体は輸入に頼っている。

 海外においてロジック半導体で先行しているのはTSMCや韓国のサムスン電子、米国のインテルなどだ。

 既にサムスンは3ナノメートルのロジック半導体の量産化を開始。サムスンとTSMCは、25年までに2ナノメートルのロジック半導体を実用化する方針を打ち出している。

 ラピダスが掲げているのは、27年に2ナノメートル以下のロジック半導体について、量産体制を築き上げることだ。海外勢との「10~20年の差」を縮め、抜き去ることを目指している。

 一方で国内には、2ナノメートル以下を実現するために必要な技術や設備、人材がそろっていない。政府やラピダスがカギと考えているのが、米国との連携だ。

 日本と米国は22年5月、「半導体協力基本原則」を締結し、両国で協力して次世代半導体の研究開発に取り組んでいくことに合意した。7月、この研究開発を担う新たな組織を立ち上げることを決定。11月11日、組織の名称を「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」とし、年内に設立すると発表した。

 理事長には、ラピダスの会長である東氏が就任する。産業総合技術研究所、理化学研究所、東京大、東京工業大、東北大、物質・材料研究機構といった国内の主要な研究開発機関が加わることになっている。

 ラピダスは、LSTCによる研究開発の成果を量産に落とし込む拠点となる。経産省は「ラピダスとLSTCが両輪となって、わが国の次世代半導体の量産基盤の構築を目指す」としている。

 かつて日本の半導体産業は世界の市場を席巻し、1980年代後半には世界シェアの50%以上を占め、米国を追い抜き首位に立った。多くの日本の半導体メーカーは、売上高で世界の上位にあった。

 しかし、90年代以降、日本の半導体は急速に国際競争力を失う。理由の一つが、半導体の日米貿易摩擦を解消し、再び世界首位に立とうとする米国の圧力に負けたことだ。今や日本メーカーの世界シェアは、10%程度にまで落ち込んでいる。

 日本がラピダスやLSTCを通じて半導体分野で巻き返す戦略は、皮肉にも、日本が凋落する原因を作った元凶・米国と手を結ぶことが軸となる。

エルピーダの悪夢が繰り返される可能性

 だが、ラピダスが「日の丸半導体」の復権を成し遂げられるのか、大きな疑問がある。とくに懸念されるのは、かつて政府の主導で作られ、最終的に経営破綻したエルピーダの失敗を繰り返すのではということだ。

 エルピーダは99年以降、NEC、日立製作所、三菱電機の「DRAM」と呼ばれる半導体メモリーの事業を統合して設立された。事業規模ではDRAMの世界市場のシェア3位に位置することになり、日の丸半導体の復権に貢献することが期待された。

 しかし、事業は各社の不採算部門の寄せ集めで、各社からエルピーダに配属された従業員は「能力もやる気もない、指示待ち族の集まり」と酷評された。

 出身会社ごとの規格を統一することもかなわず、エルピーダの収益力は低迷。経営危機に陥り、リーマン・ショック後の2009年には、日本政策投資銀行を通じて300億円の公的支援が行われた。だが、それでも持ち直すことはできず、最終的に12年、会社更生法の適用を申請して経営破綻した。

 ひるがえってラピダスをみると、参画企業の熱意が伝わってこず、エルピーダと同じく「烏合の衆」となって、世界をリードする半導体を生み出すことなどできないのではないかという懸念が浮かぶ。

 まず、ラピダスへの出資額は、三菱UFJ銀行を除く各社がそれぞれ10億円と小さい。政府の支援と合わせても合計で800億円に満たない。

次世代半導体の開発や量産化には数兆円規模の投資が必要だ。700億円台にすぎない規模では、「海外勢に追いつけ・追い越せ」という目標の達成など、どだい不可能だろう。

 今後、ほかの企業にも出資を募るとみられるが、参画企業の本気度が小さいラピダスの現状をみて、応じる企業がどれほど現われるのか、きわめて疑わしいと言わざるをえない。

 また、11月11日の記者会見も、「官民で日本の半導体産業を盛り上げていく」という熱気が全く感じられなかった。

 会見に出席したのは、ラピダスの小池社長と東会長のみ。トヨタの豊田章男社長をはじめ、ソフトバンク、NTTなど各社のトップは1人も出てこなかった。彼らが勢ぞろいして会見に臨んでこそ、企業が真剣に取り組む意欲を国内外に示し、「日本全体で半導体産業を盛り上げる」という機運を高めることができたのではないだろうか。

 逆に出資企業のトップが全く出席しなかったことにより、ラピダス設立は完全に政府から言われて行うものであり、企業はお付き合い程度に、しかたなく参画するだけなのではないかとの勘繰りが浮かんでくる。「深入りして大きな傷を被りたくないが、参加しないことで経産省からにらまれたくもない」。そんな企業の思いが透けて見える。

 このような状況で、各社が優秀な人材をラピダスに送り込み、最先端の技術開発を、熱意をもって進めるのはきわめて困難だ。小池社長は「(出向に限らず)新会社として採用を進める」としているが、優秀な人材をどこから見つけてくるのかという問題もある。

 小池社長は会見で、エルピーダは米マイクロン・テクノロジーに統合され社名を変えたが、日本人技術者が活躍しており、「失敗だったという言葉は適切でない」との認識を示した。

 だが、それはあまりに甘い考え方だ。真摯に反省し、教訓を生かす視点がなければ、ラピダスもみじめな結末に終わってしまうことは間違いない。