経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

通販や金融は好調でも大赤字楽天モバイル浮上の「秘策」

2020年に鳴り物入りで第4のキャリアとしてスタートした楽天の携帯電話事業。その影響と菅前首相の強い「指導」もあり、国内携帯電話料金は以前に比べて大きく低下した。楽天はその功労者と言えるが、経営的には大赤字が続いている。果たして起死回生策はあるのだろうか。文=ジャーナリスト/石川 温(雑誌『経済界』2023年2月号より)

赤字に耐えかね中止した楽天の「ゼロ円プラン」

 楽天グループの赤字が止まらない。

 2022年1~9月の連結決算は、最終損益が2580億円の赤字だった(前年同期は1039億円の赤字)。

 コロナ禍が落ち着きつつあることで楽天トラベルの旅行予約が好調に推移。楽天市場などのインターネット事業も売り上げを伸ばしている。楽天カードなどの金融事業も堅調だ。三木谷浩史会長は「(ネット通販や金融は)とても順調に進捗している」と胸を張る。

 好調であるはずの楽天グループの足を引っ張っているのが携帯電話事業である。思った以上にユーザーが楽天モバイルを選んでくれないのが敗因だ。

 そもそも、20年に楽天モバイルが第4のキャリアとして新規参入した際には月額2980円でデータ通信が使い放題というのがウリだった。圧倒的な安さで勝負してきたかと思いきや、菅政権の値下げ圧力により、NTTドコモ「ahamo」を投入。20GBというデータ容量の制限はあるが、同じく2980円であったため、楽天モバイルの優位性が崩れてしまった。

 楽天は、三木谷会長と懇意であり、かつては総務大臣も務めた菅総理の意向もあって、第4のキャリアとして参入する枠を得たようなものであった。しかし、楽天モバイルが新規参入しても、競争力が全くなく値下げ競争につながらないことから、NTTドコモに値下げプランを作らせた感が強い。まさに三木谷会長にすれば、菅総理にハシゴを外されたといえるだろう。

 ahamoが登場し、窮地に追い込まれた楽天モバイルが秘策として投入したのが21年4月に開始したゼロ円プランだった。データ通信をあまり使わなければ月々の支払いがゼロ円になるということで、かなりのユーザーが集まった。楽天モバイルとしては、ゼロ円で使うユーザーは少なく、結局はデータを大量に使い、2980円の請求ができるともくろんでいたようだが、当てが外れた。楽天モバイルの想定以上にゼロ円でしか使わないユーザーが多く、むしろコスト要因になってしまったのだ。

 そこで、22年5月、わずか1年でゼロ円プランを廃止すると発表。これにより、ピーク時は491万人の契約者数だったのが、36万人減り、455万人まで落ち込んでしまった。

 ただ、ゼロ円ユーザーがいなくなり、すべてのユーザーが課金対象となることで、収支構造はかなりましになるようだ。

 ただ、楽天モバイルとしてはいかに設備投資を抑えていくかが課題だ。
参入当初、6千億円規模の設備投資を計画していたが、いまでは1兆円を超える規模まで膨らんでいる。日本郵政から1500億円の出資を受けたが、焼け石に水だ。

 11月30日にはドル建て社債を発行したのだが、その利回りが10%を超えており、相当、資金調達に苦労している様子がうかがえる。今後は楽天証券や楽天銀行を上場させることで、何とか楽天モバイルの設備投資に必要な資金を賄うつもりだ。

 楽天モバイルが赤字体質を脱却するには、とにかく全国に基地局を設置する必要がある。楽天モバイルでは22年9月現在、全国に5万を超える基地局を建設しているが、人口カバー率は97・9%となっている。

 現状、楽天モバイルがエリア化できていない場所はKDDIのネットワークを借りている。楽天モバイルのスマートフォンは楽天モバイルが圏外の場所ではKDDIネットワークにつながるため、楽天モバイルがKDDIに「接続料」を支払っている。この出費がバカにならず、赤字の原因にもなっている。つまり、楽天モバイルは早急に全国で99・9%のエリアをカバーし、KDDIネットワークへの依存状態から脱却する必要があるのだ。

ようやく見えてきたプラチナバンド獲得

 楽天モバイルが全国展開で苦労している理由として指摘されているのが、所有している電波の種類だ。楽天モバイルは4Gにおいては1・7ギガヘルツ帯という周波数しか持っていない。この周波数帯は電波が遠くに届きにくかったり、ビルの中まで浸透しづらいなどの弱点が存在する。

 一方、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクは700~900メガヘルツという周波数帯を持っている。この周波数は「プラチナバンド」とも呼ばれ、遠くまで飛び、ビルの中も浸透しやすい。つまり、あまり人がいないような山間部で使えば、ひとつの基地局で効率良くエリア化できる。都心部で使えば、ビルの中隅々までエリア化できる。

 プラチナバンドを持たない楽天モバイルは圧倒的に不利な状態で既存3社と戦わなくてはいけないのだ。

 プラチナバンドが余っていれば、楽天モバイルにすぐに渡せるのだが、渡せるような周波数帯は残っていないとされていた。

 そこで、総務省が救いの手を差し伸べた。

 楽天モバイルからの要望として「3社に渡しているプラチナバンドの一部を楽天モバイルに再割り当てしてくれないか」という意見を総務省が聞き入れたのだった。

 総務省では22年10月1日に電気通信事業法を改正。既に割り当てられている周波数帯に対して、別の事業者が「うちのほうが電波を有効活用できる」と手を挙げ、認められれば、電波を再割り当てできるようにしてしまったのだ。まさに楽天モバイルのための法改正と言っていいほどだ。

 この改正を受けて、総務省では有識者会議を実施。これにより、楽天モバイルが手を挙げれば「既存3社はプラチナバンドの一部を返上して、希望する事業者に渡す」ことになってしまった。

 有識者会議で既存3社は「再割り当てするには工事などで10年近くかかる」「1社あたり1千億円近い工事費用がかかる」として猛反発していたのだが「5年をめどに再割り当てを行う。再割り当てに関する工事費用は既存3社が負担する」という楽天モバイルに相当有利な決定が下されたのだった。

 本当に実現すれば、既存3社は相当なダメージを受けることになる。ここ数年の値下げ圧力により、各社とも数百億円規模の収益減となっている。本来ならば5Gの基地局に設備投資を行い、高速大容量に対応したエリアを広げることで、ユーザーにデータを大量消費してもらって通信料収入を稼ぐつもりであったが、もくろみが崩れてしまった。

 仮に楽天モバイルに5年でプラチナバンドを渡さなくてはならないとなると、その分の工事に予算と人材を取られてしまい、5Gへの設備投資もままならなくなってしまう。楽天モバイルに周波数を渡すという、1円も儲からない工事に各社1千億円規模の出費を余儀なくされるなんて、たまったものではないだろう。

 そんな政策にしびれを切らしたのがNTTドコモだ。総務省に対して「プラチナバンドに未使用部分があり、活用を検討すべき」と提言したのだった。この周波数帯はかなり狭いのだが、NTTドコモの試算によれば「1100万契約を収容できる」という。今の楽天モバイルには余裕の帯域と言えるだろう。

 楽天モバイルにとってみれば早期にプラチナバンドを始められるし、既存3社も、所有するプラチナバンドを横取りされることもない。NTTドコモが発見したプラチナバンドを楽天モバイルに渡すということで決着することになりそうだ。

人工衛星との直接通信で全国100%をカバー

 プラチナバンドを得ることで楽天モバイルのエリアは一気に広がることになるだろう。しかし、三木谷浩史会長は、もうひとつ、エリア拡大の秘策を準備している。アメリカの衛星ベンチャーであるAST社と組んで「スペースモバイル計画」を進めているのだ。

 スペースモバイル計画とは、地上700キロに低軌道衛星を打ち上げ、全長24メートルのアンテナを搭載した衛星とスマートフォンを、直接通信させてしまうというものだ。衛星からの電波となるため、山間部や離島など、これまで既存3社でもエリア化が困難であった場所も一気にエリアとなり、99・9%を超える「全国カバー率100%」も不可能ではなくなったのだ。

 既に試験衛星の打ち上げに成功し、巨大アンテナも開くことができた。今後、試験を行い、24年にはサービスを開始する。

 当初、楽天モバイルがスペースモバイル計画を発表した際には「地上700キロも離れた衛星とスマホが通信できるわけがない」と業界関係者の誰もが半信半疑だった。しかし、22年9月に発売されたiPhoneは既に衛星と直接通信が可能であり、遭難時などでSOSメッセージを衛星に向けて飛ばすことができる(現在はアメリカとカナダのみ対応)。

 イーロン・マスク氏が率いる宇宙ベンチャーであるスペースXも、アメリカのキャリアであるTモバイルとタッグを組んで23年中にスマートフォンと衛星の直接通信サービスを始める計画だ。スペースXは既に3千機以上の衛星を打ち上げ、アメリカや日本で衛星通信サービスを提供している。ただし、現在のサービスは直径60センチほどのパラボラアンテナが必要だ。スペースXとTモバイルは、新たにスマートフォンと通信できる衛星を数千機レベルで打ち上げ、新サービスを提供する計画だ。

 日本では、既にKDDIがスペースXと技術提携を行っており、パラボラアンテナを使ったサービスを法人向けに提供しようとしている。KDDIの髙橋誠社長はスマートフォンと衛星の直接通信サービスにも関心を示しており「既にスペースXと話し合いを始めている」としている。

 スペースXが強いのは、数千機を打ち上げる資金力があり、アメリカだけでなく低軌道衛星が回る世界中でサービスを提供できるという点だ。

 一方、楽天モバイルのスペースモバイル計画も、事業を黒字化するには日本だけでなく、世界レベルでサービスを提供しなければならない。ASTは楽天モバイルだけでなく、AT&Tやボーダフォンといったキャリアと提携している。ASTは楽天モバイルとAT&T、ボーダフォンとともに数百機レベルの衛星を打ち上げ、世界的にサービス提供して、スペースXに対抗しつつ、コストを回収できる体制を整えないといけないのだ。

 今後、世界的に衛星とスマートフォンの直接通信がトレンドになるのは間違いないが、楽天モバイルと三木谷会長がASTを軌道に乗せるまで支えられるかが、楽天モバイル自体の赤字体質を脱却する上で大きなカギを握ることになりそうだ。