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円安効果がこれから本格化株価ベストシナリオは3万6000円 マネックス証券 広木 隆

広木隆

2022年は株価への期待が大きい年だった。事実、1月4日の大発会は前年大納会終値より300円上回って始まった。しかし翌日、2万9388円を付けたあと、一度もその株価を超えない(12月1日現在)という残念な結果となった。果たして23年はどうなるか。マネックス証券チーフ・ストラテジスト、広木隆氏に聞いた。聞き手=関 慎夫(雑誌『経済界』2023年2月号より)

広木隆
広木 隆 マネックス証券チーフ・ストラテジスト
ひろき・たかし 1963年生まれ。上智大学外国語学部卒。大和証券、JPモルガン・アセットマネジメントなど国内外の金融機関を経て2010年からマネックス証券執行役員チーフ・ストラテジスト。テレビ東京「ニュースモーニングサテライト」などコメンテーターを多数務める。

ピークアウトした米国のインフレ

ーー 1年前に話を聞いた時は、「2022年は日経平均3万4500円」という予想でしたが、2月のロシアのウクライナ侵攻ですべてが変わってしまいました。23年はどうなりますか。

広木 23年は22年のやり直しの年となります。

 22年の見通しが外れた最大の理由は世界的なインフレの亢進です。それを抑えるために各国中央銀行が利上げなど金融引き締めに動いた。その結果、年初に史上最高値をつけたNYダウも、9月までずっと下げ続けました。でも10月に入り6割、値を戻しています。

 FRBの利上げは今後も続く見通しです。ここで重要なのは、22年は利上げのペースを加速していったことです。恐らく通常の0・25%の利上げを年3回程度なら、市場もそれほど反応しなかったと思います。ところが、0・25が0・5になり、さらには0・75になった。それを11月までで4カ月連続で行っている。それが市場を下押しすることになりました。

 しかし米国のインフレは6月にはCPI(消費者物価指数)が9・1%増だったものが、7月以降、4カ月連続でペースが鈍り、10月は7・7%。そろそろ一番厳しいところは過ぎたように思います。もちろん高止まりしているため、FRBは利上げを止めないでしょう。でも0・75が0・5となり、いずれ0・25となれば市場はそれを好感する。そしてその先の利上げ停止、さらには利下げへの期待が相場を押し上げます。

ーー 米国のインフレはピークアウトしたかもしれませんが、日本のインフレは加速しています。10月のコアCPI(生鮮品を除く消費者物価指数)3・6%で9月の3・0%から大きく伸び、5カ月連続の上昇です。

広木 日本の市場に関しても、米国の金融環境がすべてと言ってかまいません。というのも日本は何も変わらないからです。FRBだけでなくイングランド銀行もヨーロッパ中央銀行も、カナダもオーストラリアも、中央銀行がインフレ抑制のために大幅利上げをやったのに対し、日銀だけは何もやらなかった。もちろん理由があって、日本のインフレは世界に比べて全然大したことがないからです。確かに物価は上がっています。その要因はエネルギー価格と食料品価格が上がっているためです。この2つを除いた10月のCPIは1・5%にすぎません。アメリカなどは家の賃貸価格も大きく上がりましたが、日本ではそうなってはいません。

 エネルギー価格はウクライナ侵攻の影響が大きく、食料品は、コロナ禍で港湾機能がストップするなどして輸入食品の輸送費が上がっている影響です。ここに円安が加わった。でもエネルギー価格は既にウクライナ侵攻前の水準に戻っているし、コンテナ船の船賃も下がりました。つまり異常だった部分が是正されてきた。そうなると日銀が金融引き締めに転じる環境にはありません。

 それに米国株は22年に大きく下げましたけれど、日本は横ばいの1年でした。しかも今後は円安効果が企業収益を押し上げます。9月中間決算の段階でも、企業業績は過去最高でした。今後はこれがさらに大きくなります。

日銀総裁交代でも金融政策は変化なし

ーー 米国は利上げペースが落ちるとはいえ、今より上がれば日本との金利差はさらに拡大、そのためさらなる円安になってもおかしくありません。そして円安はプラス面だけではなく、例えばトヨタ自動車の今期決算は売り上げこそ過去最高になるものの、円安による原材料高の影響で減益となる見通しです。

広木 為替相場も株式相場と同じです。単純な金利差ではなく、金利差拡大のペースが重要です。その意味では今の水準が続くと見ています。

 円安のデメリットも確かにありますが、これは今がJカーブ効果の底にいるためです。円安に振れると、まず輸入価格高騰などの影響が先に出て、輸出拡大の効果は遅れて表れます。ですから23年は円安効果を鮮明に感じられる年となるでしょう。Jカーブ効果は企業業績だけでなくマクロ経済でも同様で、現在、大幅な貿易赤字が続いていますが、今後は輸出が増えることで黒字に転じると予想されます。しかも円安により生産拠点の国内回帰の流れが本格化しています。これも日本経済にはプラスです。このような円安メリットが顕在化してくるため、23年の日本経済、日本企業には期待できます。

ーー 株価は上がりますね。

広木 ただしバラ色とはいきません。米国の金利上昇のペースは落ちますが、ここまで上げると景気自体が悪くなるのは避けられません。住宅販売も、ローン金利が上がったために減速しています。ハイテク産業は大幅な人員削減を始めています。クリスマス商戦でも例年に比べてセールスのための臨時雇用を抑制気味との報道もありました。こうなると失業率が悪化します。雇用統計は景気の遅行指標ですから、この悪化は景気の失速を意味します。これは米国だけでなく世界も同様です。

 日本企業は円安メリットを享受できる一方で世界経済の減速の影響も受けるわけですから、手放しで喜んではいられません。それでも国内経済は順調ですし、インバウンドも本格化してきます。ですから内需は相当よくなると見ています。

 株価については、3万6000円と予想します。今、日経平均のPER(株価収益率、株価を一株当たり純利益=EPSで割ったもの)は12倍前後ですが、これは悪すぎます。23年の日経平均のEPSは2400円前後と見ています。PER14倍なら3万3600円、過去のPERの平均は15倍ですが、そうなると3万6000円が導かれます。これが23年株式相場のベストシナリオです。

ーー 最後に岸田政権の「新しい資本主義」と黒田総裁退任後の日銀をどう見ていますか。

広木 新しい資本主義という言葉自体が独り歩きしているところがありますが、就任直後よりはいい方向へ軌道修正しているように思います。例えば投資促進のために専門部会をつくりNISAの拡充、恒久化などを進めています。株式相場にとってネガティブどころかポジティブな動きをしています。

 黒田さんの後任には、雨宮正佳副総裁と中曽宏・前副総裁の名が挙がっていますが、いずれも日銀の中枢にいた人ですから、前任者を否定することはあり得ません。ですから路線は変わらない。それに繰り返しになりますが、あれだけ金融緩和をやってもインフレは抑えられている。もちろん批判はありますが、私はけっして間違っていないと考えています。ですから金融政策の大きな変更が総裁交代で起こるとは思えません。