日ごとに世界経済への影響力を高めている中国の動向は絶えず注目を集める。毛沢東以来、異例の党トップ3期目の続投が決まり、一強体制を固める習政権だが、「一帯一路」など海外投資の停滞や所得格差をはじめ多くの課題も抱えている。梶谷懐氏に中国経済の展望と日中関係の見通しを聞いた。聞き手=金本景介(雑誌『経済界』2023年2月号より)
不透明化する新体制下の経済政策
ーー 10月の第20回中国共産党大会にて習近平氏の総書記の3期目続投が決まりましたが、2期で交代する暗黙のルールを破る異例の決定です。対立派閥の出身者が、最高指導部である中央政治局常務委員会にも入っていません。習氏に追随する身内だけで周囲を固めたために、独裁色が強まりました。
梶谷 外交政策や軍事面に関して習氏の意見がそのまま通る形ですので、不透明性は否定できません。習氏は過去の地方政府で党書記を歴任しており、その時の子飼いの政治家が中央政治局の大半を占めています。一方、李克強首相や、期待されていた胡春華氏をはじめ政策に非常に明るい共生(中国共産主義青年団)出身者が常務委員会に一人も入っていません。異論を言うような人たちを排しているので、習氏に権力が集中し、将来の不透明性が高まっています。
ーー 今後の経済政策の面でも気がかりな点が残ります。
梶谷 李克強首相は、コロナ禍で落ち込む経済に対して、マクロ的な財政出動を含めた景気対策を積極的に実施してきましたが、新体制では足元の景気が懸念事項です。需要の落ち込みや、ゼロコロナ政策の影響といった喫緊の課題に対して適切な対応が取れなければ停滞は避けられません。
ーー 世界トップレベルでの「製造強国」を目指す産業政策「中国製造2025」をはじめ習政権は特に経済成長にコミットした取り組みが目立ちます。
梶谷 経済政策の運営は、江沢民、胡錦濤の前政権からの連続性があり、引き継がれてきたものです。成長を第一に掲げ実現することで、社会の矛盾が表面化することを抑えてきました。
民間部門の活力を高めるサプライサイドの改革など、国内の資源配分の効率化を通して生産性を高めていき、「製造強国」になることを経済戦略のメインに据えたのが習政権の産業政策です。先日の党大会では製造業大国化を進めていく上で「国内大循環」を重要視しています。今回の党大会の活動報告では、2021年に承認された「第14次五カ年計画」という産業政策を含めた中長期的成長戦略の内容が多く盛り込まれています。第14次五カ年計画を決めた当時には海外を含めた「総循環」が叫ばれていましたが、今回は国内の循環が強調されています。つまり、ロシア・ウクライナ戦争やアメリカからの経済制裁など国際環境がますます不安定になっていく中で、サプライチェーンの国内回帰を通して、強靭な製造業の基盤づくりを目指している状況です。
ーー 党大会で習氏は「一帯一路」への言及が少なかった印象です。
梶谷 「一帯一路」に代表されるような対外的な資金提供は減少し、インフラやエネルギーなど国策を担う中国企業が海外に進出していく発展戦略は、トーンダウンしています。融資をする政府系金融機関にしても提供した資金が返ってこない状況は望ましくありません。コロナ禍で債務危機に陥っている国は多く、今までのような大盤振る舞いは控えて、今後は回収を考えなければいけない状況です。さらに中国はロシアやウクライナにも多額の資金を提供してきましたが、両国からの回収も難しくなってきました。
プラットフォーム企業とは持ちつ持たれつ
ーー アリババやテンセントなどプラットフォーム企業に勢いがあります。
梶谷 党大会でも、データの流通をはじめデジタル化は製造強国を目指していく上でも大きな役割を果たすと認められています。ただ、どの程度までプラットフォーム企業によるデータの独占を認めつつ、政府と連携させていくかという方向づけは、いまだ確定していません。中国全体の経済効率からすればプラットフォーム企業がすべての顧客データを独占してしまうことは当然の流れですが、この集めたデータが流出しないように外国取引の規制をはじめ20年頃から法整備が進んでいます。
ーー プラットフォーム企業によるデータ独占は世界的な課題です。
梶谷 中国は、プラットフォーム企業によるデータの寡占化が国の安全保障上で大きな問題になるという姿勢を明らかにし、プラットフォーム企業のデータ独占に歯止めをかけようとしています。アリババやテンセントをターゲットにする形で独占禁止法が改正され、多額の罰金が課せられました。あまりに権力が拡大し影響力が強まってきた事情から、プラットフォーム企業に対しての規制がここ2年ほどで強まりました。しかし、中国政府としても民間企業のイノベーションを阻害することを望んでいるわけではありません。持ちつ持たれつの関係がこれからも続いていきます。
ーー アメリカは、中国への半導体輸出を規制し貿易摩擦が続いています。日中間の貿易構造にも影響は見られますか。
梶谷 大きな変化はありませんが、日本でも経済安全保障分野の議論は活発化しており、今後規制が厳しくなってくる可能性は考えられます。さらにゼロコロナ政策で人の往来が止まり、日中貿易にも影を落としています。ただ、中国全体を巻き込んだグローバルなサプライチェーンの動きを大きく見直すことは企業への打撃があまりにも大きいので、現状では難しいでしょう。
ーー 中国への経済依存を脱して、東南アジアやインドに、生産拠点を含め転換させていこうという動きもあります。
梶谷 完全に切り替えるのは不可能です。労務コストだけをみれば東南アジアは安いですが、決して労働力や賃金だけの問題ではありません。なぜ中国で製造すべきかといえば、やはりサプライチェーンが重要だからです。実際に物を製造することにおいて、現状では中国が最も効率的であり、さらに巨大市場である中国国内での販売を考慮する必要があります。これはいまだに東南アジア諸国では代替できません。
ーー 転換期を迎える中国に対し、日本はどのように向き合っていけば良いでしょうか。
梶谷 まずは相手を理解することです。中国は多様な側面を持っています。ビジネス面と政治の面が切り離せないのが中国ですが、この強権的な性質にとらわれ過ぎると、過度に防衛的な反応を起こしてしまい、長い目で見た時にはプラスになりません。相手の多面性を理解した上で、譲れない点はきちんと主張していくという姿勢が重要です。