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統合抑止体制強化のためにサイバーセキュリティ構築を急げ 笹川平和財団安全保障研究グループ 小原凡司

小原凡司 笹川平和財団安全保障研究グループ上席研究員

2022年2月、ロシアはウクライナへ軍事侵攻し、国際秩序への挑戦を鮮明にした。中国による台湾侵攻リスクもゼロではなく、北朝鮮もミサイル発射を頻発化するなど、日本は3方面のリスクに直面している。国防問題に詳しい小原凡司氏は、日本の国防にとって情報を安全に使用できる枠組み構築が重要だと強調する。文=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年2月号より)

小原凡司 笹川平和財団
小原凡司 笹川平和財団安全保障研究グループ上席研究員
おはら・ぼんじ 1985年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院(地域研究修士)修了(修士)。85年に海上自衛隊入隊後、回転翼操縦士として勤務。2003年~06年駐中国防衛駐在官。06年防衛省海上幕僚監部情報班長、09年第21航空隊司令、11年IHS Jane’s アナリスト兼ビジネス・デベロップメント・マネージャーを経て、13年に東京財団、17年6月から現職。

ウクライナ侵攻の教訓。危機は世界に伝播していく

 2022年は、ロシアのウクライナ侵攻に端を発し、世界の情勢が大きく変化する1年となりました。世界情勢において、危機は伝播します。ロシアのウクライナ侵略を目の当たりにして、権威主義的な国々の指導者が得た最大の教訓は、「核の恫喝」が有効であるということです。

 プーチン大統領は、核の使用を交渉のカードに用いました。もちろん、核兵器は簡単に使用できるものではありません。それはプーチン大統領もよく理解しているはずです。恫喝に使うということは、核兵器が使えない兵器であることを知っているからこそでもあるからです。

 しかし、北朝鮮の金正恩総書記はロシアの恫喝に対しアメリカもヨーロッパも手を出せなかったという認識を強めました。当然、核兵器の開発は加速させるでしょう。そもそも北朝鮮は、トランプ政権の後半からアメリカとの対話に期待をしなくなりました。核兵器を開発し、その抑止によって自国の生存を図るという方向に舵を切っています。バイデン政権になって1年間は様子を見ましたが、相変わらず優先順位が低くほとんど相手にされていないということが分かり、22年に入ってミサイル発射が頻発化していました。

 実際に戦略核を使用すれば核戦争になって先に自国が滅ぶのは分かっていますから、戦術核まで開発し、「核の恫喝」を実現するために、核実験を実施し、23年もミサイル発射を継続すると考えられます。また、中国も改めて「核の恫喝」が有効だと認識したでしょう。中国は既に戦略核のレベルではアメリカと同水準にあると認識し始めています。

 23年の日本の国防について、やはり心配すべきは中国の動きです。22年8月4日、アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問した直後に人民解放軍が行った軍事演習は、中国国内でも台湾を封鎖する演習と言われました。もし実際に武力侵攻が始まれば、先島諸島や南西諸島は海上封鎖、航空封鎖の範囲の中に置かれる可能性が高いわけですから、日本の領土が軍事的にコントロールされることになります。また、中国国内には10万人以上の邦人が活動していますので、そういった人たちの保護も大きな問題です。

国際秩序への挑戦には統合抑止体制で立ち向かう

 では、日本はさまざまな危機に対してどういった態度で臨むべきか。重要なのは統合抑止体制の強化です。プーチン大統領の動きをみて、侵略戦争はできると考える政治指導者が増えれば、欧州以外の地域でも軍事衝突が起きかねません。そうなっては、各国が個別に対応していくのは難しいでしょう。ですから、どこかの国が国際秩序に挑戦するような侵略戦争を起こせば、同盟国が一致団結して行動するんだという姿勢を明確に打ち出す必要があります。

 中国リスクについても、日本の主権を侵害したり領土に攻撃を加えたりして武力攻撃事態と認定されれば、日米同盟が発動されるのだと示すことが重要です。中国にとって、台湾に武力侵攻する際の最大のネックはアメリカの軍事介入です。アメリカが軍事介入すれば間違いなく中国本土は叩かれます。インド太平洋軍と中国人民解放軍の軍事力のバランスを見て、中国の方が圧倒的に有利になったという話はよくありますが、アメリカはインド太平洋軍が万が一全滅させられても、そこで終わりではありません。戦闘になれば米国は中国本土の軍事基地等を攻撃するでしょう。中国の第一撃無力化のため、米軍はこの地域での兵力の分散配備と機動力の強化を進めています。中国にとっては恐ろしいことです。

 先ほど戦略核のレベルでは、中国はアメリカに並ぼうとしているというお話をしましたが、核は使えない兵器ですから、実際には通常兵力で戦うことになります。その通常兵力で、アメリカは中国本土を今でも叩く能力があるわけです。一方で中国はアメリカを通常兵器で叩く能力はありません。アメリカが軍事介入すると中国が信じれば、中国の台湾武力侵攻のハードルが高くなるということですから、台湾だけでなく、日本もそれを担保する必要があります。

 実効性のある統合抑止体制を構築するために、日本がやるべきことは数多くありますが、最たる課題はサイバーセキュリティです。

 日本はサイバー空間に主権があるとする立場です。そうすると日本の場合は、サイバー攻撃を行った相手に対抗する行動は日本独自の「専守防衛」の縛りを受けかねません。主権の域外におけるサイバー行動を規定する法律すら整備できていない状況では、相手に対して何も対応できないことになります。法律の問題に加えて、仕組みや組織もありません。防衛省にサイバー防衛隊を作りましたけれど、サイバー防衛隊が対象とするのは防衛省・自衛隊のシステムに限られていますので、それでは日本国のサイバーセキュリティにはなりません。日本を守るという本来の自衛隊の任務を考えれば、どのように日本全体のネットワークを守るのかといった視点はまだ不十分ということになります。

 このように、サイバーセキュリティが未熟な上に、秘密の情報へのアクセス許可に関してもしっかりした枠組みのない状況では、他国は情報共有をしてくれません。ですから、そういった情報をしっかりと共有できる枠組みをまず作ることが、統合抑止体制の構築に不可欠ですし、その上で、では日本の役割はどうなのかという議論をきちんと積み上げていくことが重要です。

戦争がいつ終わるのか。正確な予想はできないという事実

 最後に、戦争状態の行方について、われわれ一般市民が情報とどのように接するべきか述べます。ロシアのウクライナ侵攻以降も、日々、さまざまな情報が飛び交いました。一見当たり前の話ではありますが、まず「戦争がいつ終わるかは誰も予測できない」ということを再認識すべきです。ですから、いつ頃までにどうなるという話は信じない方がいい。そもそも戦闘というのは、始まった後はどうなるか分からないわけです。

 ウクライナ問題についても、どこかのタイミングで、どちらかが消耗し尽くせば鍋の底が抜けたかのようにどっと流れ込むことで情勢が決着しますが、それがいつくるかは分かりません。22年2月にロシアが侵攻して以来、ロシアが攻めてウクライナが守るという構図でしたが、11月時点では、逆転しています。ウクライナが、侵攻前の状態までロシアを押し戻すだけではなく、このままクリミア奪還まで目指すということであれば、数年単位で混乱が続く可能性があります。

 そうしたウクライナ戦争の動向が、今後も世界情勢に変化を及ぼしていくでしょうから、日本もしっかりと国防についてやるべきことをやっていく必要があります。   (談)