UPDATERは2021年10月にみんな電力から社名を変更した。11年に再生可能エネルギー事業を立ち上げ、16年からは供給する全ての電力を再エネとした。現在は空気や土、繊維などでも生産・消費過程の追跡の事業化に踏み切った。創業時から長期にわたりエシカルな経営とは何か考えてきた大石氏に今後の展望を聞いた。聞き手=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』巻頭特集「エシカルを選ぶ理由」2023年3月号より)
大石英司・UPDATER社長のプロフィール
資金調達の基盤が整っていない状況での創業
ーー 現在再エネに関心を寄せる方のほとんどはみんな電力を認知しています。
大石 ありがたいことにみんな電力の認知度は非常に高まっていて、多くの方に利用していただいています。しかし、大きい電力会社になりたくて創業したわけではありません。最初に掲げていたテーマは、みんなが自由に電力という富を作り出し、生産者を自由に選べるようになる。それによって「独占されていた富の分散」、そこからつながる「貧困の解消」を目指すというものでした。これに関して言うと、電力の分野でやっと一つ実績を作ったという程度で、創業時の目標達成までは道半ばです。
その一方で、みんな電力の普及は一つの到達点であり、レイヤーが1枚上がったなと感じることもありました。
私は起業する前から、グラミン銀行の創設者でノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏をビジネスのロールモデルにしていました。まさか憧れの人に会えるとは思っていなかったのですが、事業を続けていく中でユヌスさんとZoomでお会いする機会に恵まれました。ブロックチェーンを使い、電力の発電者や使用者、使用量など、その電気に関わる全てを「見える化」し、電気のつながりを明らかにしたことについて、好評をいただいたことを覚えています。「これを全世界に広げてほしい」と言われた時は、ここが一つの到達点だと感じました。みんな電力を事業として成り立たせるだけでもひと苦労でしたがそれが報われたような気持ちになりましたね。
ーー ビジネスとして成立させるにはどんな苦労がありましたか。
大石 最も苦労したのは資金調達です。創業した当時は今でいうESG投資やグリーンボンドなど、地球環境をはじめ社会問題の積極的な解決を促すような資金調達環境はありませんでした。社会貢献している企業に投資したいという理由でうちのような小さい会社を発見してくれる人はいませんから、最初は地道に理解者を探すしか方法がなく、とにかく人に会って話を聞いてもらいました。会社を立ち上げてから7年ほどは大変な思いをしましたが、年間1千人に話すと1人くらいは理解者が現れます。そんな感覚で何とか続けていたのですが、365日話し続けて364日は否定される、そんな状況で何度も心が折れそうになりました。
しかし1千分の1の理解者から思いがけず貴重な機会をいただくこともあるのです。出会った当時、大手ベンチャーキャピタルにいらっしゃった方が、電力の見える化に共感してくださいました。その後彼が会社に掛け合い数千万円を出資してもらうことが決まり、次年度までの売り上げ次第では追加で出資いただけるという投資契約を成立させました。
自分の時代が来ると信じ種まきのつもりで発信し続けた結果、2016年に電力が自由化します。さらにSDGsや脱炭素化で世間の意識が環境へ向かうようになり、われわれにとって追い風の状況になりました。
ーー 心が折れそうな毎日を7年も続けられたのですか。
大石 自分が面白いと思えたから続けることができたのだと思います。事業を始めるにあたり、皆さん動機をお持ちだと思いますが「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」どちらが先かというのを間違えてはいけません。これから会社を立ち上げるエシカルなベンチャー、ソーシャルなベンチャー、グリーンなベンチャーに関しては特に意識してほしい点です。
「やるべきこと」というのは時代の流れに合わせて変わっていくものです。環境問題に目が向くときもあれば、世界課題の解決や自然災害からの復興に注目が集まる時もあります。ですから軸に置くのは時代や環境にかかわらずあくまで自分がやりたいこと、熱量をかけられるものにするべきです。世の中の役に立つかどうか考えるのはその次の段階で構いません。社会の役に立つと感じたらそれを続ければいいし、自分勝手だと感じたらそこでやめればいい。そしてこれはベンチャー企業のみならず、大企業でも同じです。
粗雑なCSR活動は大企業の敗因になり得る
ーー ベンチャー企業は比較的柔軟に「やりたいこと」を追求できるイメージがありますが、大企業だと難しいのではないですか。
大石 日本で大企業と呼ばれるような会社でも、世界的に見たら中小企業に過ぎません。そんな企業が世界で生き残っていくには、全社員がワクワクした気持ちで、一つの目標へ向かっていくしかありません。
戦後の日本企業は生活を安定させることを目指して努力してきましたが、今は状況が違います。すべての人が一定の水準で生活が送れ、肉体的、精神的、社会的に満たされた状態を継続させることが今の時代に目指すべき姿です。環境の変化が著しいタイミングでもあるため、これまでとは違った心構えで挑まなければなりません。
大企業がエシカルな経営に乗り出す際は、そのことに経営者自身がどれだけ真剣に取り組むかが先行きを決めます。その場しのぎのCSR活動では、本気で社会貢献をビジネスとして成立させる企業が現れたときに勝てるわけがありません。
エシカルな起業家として世界で名が知られているヴァージン・グループのリチャード・ブランソンでさえ、社会課題解決に向けての取り組みは始めたばかりだそうです。
われわれにしても、小さなビジネスモデルができたというだけのことです。しかし、電力という産地の見えないものに対して産地で価値を付け売り出したこのモデルが受け入れられ根付いたことで、社会に一石を投じる結果を残しました。
電力というのは、エシカルが縁遠いコモディティの象徴のような分野です。そんな電力でも、ブロックチェーンやクラウドを利用することで一つの事業として成立させることができました。ですからほかの業界においても、機能性の差別化がしやすい商品があるはずです。私はそこに大きな可能性を見いだしています。再生可能エネルギーだけで終わらせず、空気の質や土の再生など、「見える化」によってトレーサビリティの開発にも挑戦していきます。
エシカル消費の根本は価格競争からの脱却にあたります。では価格の代わりに何で比較するのかというと、商品にかけられた人の思いです。人が人を思う気持ちや努力の痕跡は目に見えないものですが、それを「見える化」することで新たな価値をつけることができます。こうしてエシカルな消費という選択肢を増やすことがわれわれの仕事で最も核となる部分です。