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米バイオジェンとの大型契約を実現した府中のバイオベンチャー 若林拓朗 ティムス

若林拓朗 ティムス

毎年世界では約330万人が脳梗塞で命を落としている。現在使用できる急性期脳梗塞の治療薬は、発症後4・5時間以内に投与という制限がある。ティムスが開発を手掛けたTMS-007は、有効時間を大幅に延ばすことで新たな治療薬として期待を集めている。画期的な新薬はなぜ生まれたのか。聞き手=和田一樹 Photo=小野さやか(雑誌『経済界』2023年4月号より)

若林拓朗・ティムス社長のプロフィール

若林拓朗 ティムス
若林拓朗 ティムス社長
わかばやし・たくろう 東京大学卒業後リクルートへ入社。TLO法が制定・施行され、世の中を変える技術を持つベンチャー企業を支援したいと考え、2001年に大学発ベンチャーへ投資を行うベンチャーキャピタルを起業し、日本初の大学発ベンチャーに特化したファンドを設立。11年から投資先だったティムスの経営に関与し、18年から社長。22年、東証グロース市場へ上場。

天然物由来の低分子化合物が強いパイプラインへと成長した

―― 2021年、急性期脳梗塞の治療薬候補として開発中のTMS-007について、米バイオジェンがオプション権を行使したことで、1800万ドルを取得しました。今後も、最大で3億3500万ドル+ロイヤリティが支払われる可能性があります。どうしてここまで大型の契約が実現できたのでしょうか。

若林 まず、簡単にTMS-007について説明すると、もともと東京農工大学の蓮見惠司教授のチームが行っていた真菌に関する研究がベースになっています。蓮見教授の研究を通じ、カビの一種であるスタキボトリス・ミクロスポラにより産出される低分子化合物のSMTP化合物群には、さまざまな可能性が見えてきました。

 その中のTMS-007は、血栓を溶かす機能と炎症を抑える機能を一つの化合物で併せ持つ特徴があり、11年にJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の支援を受ける形で、ティムスが脳梗塞治療薬として本格的に開発を進めることとなりました。

 バイオジェンとの大型契約につながった理由を一言で言い表すと、やはり、真面目にサイエンスに取り組んできた結果と言えます。21年に完了した前期第Ⅱ相臨床試験では、非常にクリアな結果がでました。ここまで明確な臨床試験結果が出るのはまれなケースです。
ビジネスモデル自体に特別なものがあるというわけではありません。アカデミアで研究しているシーズを実用化に向けて開発し、製薬企業に導出します。真面目にサイエンスして、パイプラインを開発してきたことで大型契約につながりました。

―― 「真面目にサイエンスする」とはどういったことでしょうか。

若林 これは言葉で表現するのが難しいのですが、ティムスの研究開発はあえて効率良くなり過ぎないようにしています。例えば大手製薬会社の場合、多くの専門家の陣容を揃えており、それぞれ分業がなされています。研究開発についてもフェーズごとに担当が分かれていたりします。

 また、その工程にステージゲートのようなものを設けていて、段階ごとに一定の成果が出なければプロジェクトは打ち切られます。多額の資金と研究員を投じ、複数のパイプラインを並行して開発していますので、効率性を追求しなければならないのは当然のことです。

 私たちの場合は、パイプラインがいくつもあるわけではありませんし、人員も限られます。そのため、みんなですべての工程をまとめてみるわけです。すると、仮にあるデータが芳しくなくとも「こういった方法を使えば改善できるかもしれない。一旦この条件を変えてからやってみたら違う結果になるかもしれない」といった検討を何度も行いつつ、開発を進めることがあります。

 TMS-007で言えば、早期の動物実験のデータで非常に良い結果が出ていたのですが、大手製薬会社ではクリアしないといけないであろう項目で満たない部分もありました。全部OKの優等生ではなく、一芸に秀でているような化合物だったんです。見方を変えれば、限られたパイプラインを何とかものにするしかないわけだったのですが、蓮見教授の経験に基づくインスピレーションと、一つ一つに丁寧に真面目に取り組む研究員の努力が、前期第Ⅱ相臨床試験の結果を導き出したのです。おそらく大手製薬会社でしたら、かなり早い段階で開発候補から外されていたように思います。

つぶれるよりは可能性に賭けてみよう

―― 若林社長はもともと投資家の立場でティムスに関わり始め、18年に社長になりました。投資している段階から、ここまで大きな契約に結び付く可能性を見抜いていたのですか。

若林 いえいえ、そんなことはありません。本格的に関わり始めたのは11年からですが、その頃は厳しい経営状況にあり、預金残高は30万円くらいしかなかったのです。しかも蓮見教授に言わせれば「私が50万円を貸しているから本当はマイナスだ」という状況でした(笑)。社員数もゼロになり、当時の社長も続けられなくなり、蓮見教授が代表取締役社長をすることになったのですが、東京農工大学の規則上、単独で代表取締役になることは出来ず、もう一人共同代表が必要ということになり、私が務めることになりました。当然、給料もありませんでした。

 ですから、当初はうまくいくかは分かりませんでした。投資している立場でもあったのでつぶれるよりはいいだろうし、何より創業者の蓮見教授の研究者としての熱意とビジネス感覚、そしてチーム内で立場に関係なく激論を交わす姿を間近で見ていて、少しでも可能性があるなら賭けてみようという心境でした。

―― 日本では医薬品の市場が縮小し、薬価の面でも製薬企業には厳しい状況です。それでも日本で創薬ベンチャーをやっていくメリットはあるのでしょうか。

若林 サイエンスのレベルは高いですから、日本のアカデミアには可能性のあるシーズがたくさんあります。再生医療分野に偏っていた時期もありますが、その流れは一段落したようにも見えます。そういう意味でも、今後も面白いバイオベンチャーは出てくると思います。

―― ティムスとしては今後も日本で事業を続けるのでしょうか。

若林 日本どころか、ここ府中で続ける予定です(笑)。TMS-007については、これからバイオジェン社において後期第Ⅱ相臨床試験が始まりますが、前期第Ⅱ相臨床試験と同様に結果を出すことができれば、その先の第Ⅲ相臨床試験へ進むことになります。世界の脳梗塞治療を一変させる可能性があるので、ここには期待しています。

 後続のパイプラインについても、既にたくさんの研究シーズを見ながら検討を行っています。私たちが重視するのは、世界で誰も着手していない差別化が可能なシーズであることと、研究をしている方が真摯にサイエンスに取り組んでいることです。その条件が揃えば、ティムスも独自にデータを集め検証し、プロジェクトとして走り始めます。条件に合うシーズに巡り合うのは簡単ではありませんが、常識にとらわれずグローバルで存在価値を示せるように打ち出していきたいと思っていますので、どうか楽しみにお待ちください。