経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「現代経営学の父」「マネジメントの発明家」ドラッカーが教える永続する組織とは

June 1999, Claremont, California, USA --- Peter Drucker is a world renown economist. He teaches at the Claremont Graduate University in California. --- Image by Kim Kulish/CORBIS

没後20年近くたちながら、今なおその著作が読み継がれているピーター・ドラッカー。日本の経営者にも多大な影響を与えた「現代経営学の父」は、組織の在り方にも数多く言及している。ドラッカーの教えの実践を支援するコンサルタントがその神髄を読み解く。(雑誌『経済界』2023年5月号巻頭特集「守る組織、勝つ組織」より)

June 1999, Claremont, California, USA --- Peter Drucker is a world renown economist. He teaches at the Claremont Graduate University in California. --- Image by  Kim Kulish/CORBIS
June 1999, Claremont, California, USA — Peter Drucker is a world renown economist. He teaches at the Claremont Graduate University in California. — Image by Kim Kulish/CORBIS

文=山下淳一郎 やました・じゅんいちろう

ドラッカー専門のコンサルタント。コンサルティングファーム出身、上場企業の役員として働いたあとトップマネジメント株式会社を設立。上場企業をはじめ経営チームにドラッカーを活用するコンサルティングを提供する。

1.会社は30年後存在しているか

❶ 今日の姿では生き延びられない

 ピーター・ドラッカーは40年以上、企業をはじめ多くの非営利組織など、さまざまな組織の現場に入り、成果をあげる経営者と成長している組織を研究した。組織が永続する厳しさについて、ドラッカーはこう言っている。

《確信を持って言えることは、ビジネス、教育、医療その他いかなる分野であれ、今日リーダーの地位にある組織の多くが、これからの30年を生き延びられず、少なくとも今日の姿では生き延びられないということである》(『明日を支配するもの』)

 あなたが今いる会社は30年後はないということだ。一方、30年以上組織を永続させ、事業をさらに拡大してきた組織は実在する。組織を永続させるために押さえておくべきことは何だろうか。

2.永続する組織とは

❶ 事業は今の姿ではいつか立ち行かなくなる

 組織は人の集まりだ。そこに人が集まるからには共通目的がある。企業ではそれを経営理念と呼ぶ。経営理念は会社の原点であり、創業者の想いだ。簡単には変わらない。しかし、事業は社会、市場、顧客に向けられたものであるため、社会、市場、顧客に変化が起これば、組織は自らを変えていかざるを得ない。馬車が移動手段であった1800年代は馬車の部品のニーズがあった。37年、馬車の部品をつくるメーカーが誕生した。そのメーカーは革と金具を扱うことに強みを持っていた。 

 1870年代になると自動車が普及し、馬車は移動手段として利用されなくなった。社会、市場、顧客はすっかり変わり、馬車の部品のニーズは激減し、馬具の部品をつくる事業は成り立たなくなった。

❷ 変革できる組織こそが永続する

 馬具のメーカーはその後、革と金具を扱う強みを生かしてハンドバックや財布などをつくり、絶命の危機を機会に変え、大きな成功を収め繁栄した。1920年代後半には、腕時計やアクセサリー、香水もつくるようになった。その会社はエルメス。

 あらゆる生命が、環境の変化に対して自ら多様性を創生しながら生き残れるように工夫している。永続する組織とは、変革できる組織である。

3.経営はチームで行う

❶ 成長を続け存続するには

 ほとんどの事業が一人の想いからはじまる。その人に共感する人が一人増え、二人となり、やがて大きな組織となっていく。組織とはいえ、一人一人の集まりである。人は誰でも年を取り、やがて人生を全うする。事業として成功し、その後成長を続け、存続するために、具体的にどうすればいいのだろうか。

 ドラッカーはこう言っている。

《草創期の企業は一人の人間の延長である。しかし、一人のトップマネジメントからトップマネジメントチームへの移行がなければ、企業は成長どころか存続もできない。成功している企業のトップの仕事は、チームで行われている》(『マネジメント』)

❷ 成功した企業が行ってきたこと

 このドラッカーの言葉を、そのまま体現したかのような企業がある。本田技研工業だ。同社の創業者は本田宗一郎と藤沢武夫の二人だ。藤沢武夫が副社長だった時代の言葉を紹介したい。

 「取締役とは未知への探究をする役です。取締役が未知への探究をしないで、後始末ばかりしている掃除屋であってはならない、というのが私の考えです。取締役になるくらいの人は、何らかのエキスパートです。そういう人の担当部門をなくしました。取締役の本部長兼任を外したのです。何もないゼロのなかから、うちの会社はどうあるべきかを考えるのが取締役の役目で、日常業務を片付けるのは部長以下の仕事だ。だから、役員は何もないところからわが社はどうあるべきかを考えてほしいと私は言ったんです。そうしたら、それまでは各部のなかにおける話題だったものが、取締役としての話題になると、そこに共通の考えがどんどん分厚くなってきました。アメリカでの売行き不振とか欠陥車などの大問題が起こったときも、非常にレベルの高い集団思考が行なわれました。もし私が会議の主導権を握っていたら、それほどレベルの高い判断は出てこなかっただろうと思います。これからの発展も期待できなかったと思います。こうして、もはや本田なり私なりが決めるのではなく、下からのアイデア、上からのアイデア、いろいろなものをこねまわし、集団思考でやっていける体制づくりが完成していったわけです。要するに、本田宗一郎がいなくなったらどうするかというところから発想したことです。本田の未知への探究という基本は貫かなければなりませんが、彼にも寿命があり、個人の挑戦には限界があります。彼の知恵が尽きても、それに代るものがどんどん現れてくるような、本田と私がいなくなっても会社が伸びていくような集団経営体制をつくったつもりです」(『文藝春秋』)

❸ 永続する組織には経営チームがある

 藤沢武夫が言っていた集団経営体制とは、経営チームのことである。先に紹介したドラッカーの言葉と映し合わせてみたい。

 草創期のホンダは、本田宗一郎一人の延長であった。しかし、社長一人で仕切る経営から集団経営体制(経営チーム)に移行したことによって、ホンダは本田宗一郎と藤沢武夫が退任したあとも事業は成長し、会社は存続した。ホンダのトップの仕事はチームで行われている。これが現在のホンダの姿だ。藤沢武夫は、まさにドラッカーの言葉を体現した人の一人といえよう。

 組織が永続するためには、新しい価値を創り上げていく以外にない。そのためにはトップ一人の力だけではなく、役員が自由に意見を交換し、個々の持てる力を結集した体制が必要だ。役員同士が日頃から顔を合わせて信頼関係を高め、情報や認識の共有をして仕事をするという経営チームが必要だ。

4.永続する組織の共通項

❶ トップ一人の限界を超える体制がある

 トップの仕事は「組織を通じて成果をあげること」だ。どんなに会社に忠誠を尽くす社員が何人いても、人間が仕事をするからには人間の組織化だ。さらに、商品やサービスがどんなに優れていても、組織は異なる仕事の連立で成り立つものである以上、組織の運営は必須である。トップは日々の問題解決に追われ、気がつくと雑事雑務をこなすマルチプレーヤーになってしまう。マネジメントの仕事はあまりに多く、あまりに複雑で、トップ一人で仕切ることはできない。経営チームがあれば、誰とも分かち合えないことをほかのメンバーと分かち合うことができ、トップ一人の限界を超え、事業の成長が運んでくる重荷に耐えられるようになる。永続する組織はこうして、トップ一人の限界を超える体制をつくっている。

❷ 危機を未然に回避している

 トップの仕事は「意思決定で成果をあげること」だ。私たちは、一つの正解が用意された問題集を解くという学習によって培われた習慣から「物事には一つの正解がある」と思い込んでいる。しかし、経営に正解はない。あるのは経営者の意思だけだ。だから「意思決定」という。トップは何か一つのことを決めるにあたって、複雑な事情が絡み合う中で決定を下さなければならない。物事には死角があり、一人の人間が認識できる範囲には限界がある。一人の限られた視界だけを頼りに意思決定するのは極めて危険だ。ひとたび意思決定を間違えてしまえば、会社を思いも寄らない方向へ導いてしまうからだ。経営チームをつくることによって、自分の考えに対して客観的なフィードバックを得ることができ、より適切な意思決定を導き出せるようになる。永続する組織はこうして、危機を未然に回避している。

❸ 次の時代を後進に託している

 トップの仕事は「会社の将来をつくること」だ。会社はトップの考えに基づいて動いている。かといって、物事を決めてもらうことに慣れた人間だけしかいない会社に将来はない。会社には、自分で考え、自分で決め、自分で行動を起こせる人間が必要だ。一方、これまでの成功を築いてきた年長者は、豊富な経験があると同時に、過去の成功に固執しがちだ。これからの成功を邪魔するのは、常に過去の成功体験だ。将来、組織が遭遇する課題はこれまでと違う種類のものだ。必要なのは、「現在の業務に慣れた家臣」ではなく、「将来を切り拓く同志」なのだ。事実、同じ汗をかかなければ分からないことがたくさんある。新旧混合の経営チームをつくれば、後進はトップがどんな想いでどのように成功を築いてきたかを理解することができる。世代バランスのとれた経営チームをつくれば、後進は次の時代を切り拓く同志に育つ。永続する組織はこうして、次の時代を後進に託している。

❹ 後継を育成している

 トップの仕事は「事業を継承すること」だ。一子相伝。この言葉はあるアニメがきっかけで有名になった言葉だ。一子相伝とは、「自分の子供一人だけに奥義を伝えること」だ。子供に限定されないまでも、経営を誰か一人に継承することが一般的な通念になっている。誰かに引き継ぐタイミングが来たときに引き継ぎを始めてもうまくいかない。経営の継承は短期間でできないからだ。ドラッカーは、やり直しのきかない最も難しい仕事がトップの継承だと言っている。一人の人間に引き継いだあとになって選任ミスだと分かっても、簡単に交代させることはできない。3人の経営チームをつくれば、3人が3人とも一度に交代することはない。3人のうち1人を入れ替えることは可能である。あとになって選任ミスだと分かっても、他の2人がそれを改め正すことができる。経営チームをつくれば取り返しのつかない問題に至らず、危険な交代を安全な入れ替えで済ませられる。永続する組織は、必ず後継者を育成している。

5.組織を永続するには

 事業を成功させ、組織を永続させるために、次の4つのことをお勧めしたい。①信頼できる幹部を4人選出し経営チームをつくる。②何のための事業なのか組織の存在価値を問いただし、ミッションを再定義する。③組織の強みを明らかにし、事業を変革する。④変革を起こせる人材を育成すること。

 最後にドラッカーの言葉を紹介して終わりたい。

 Change or Die(変革なくば死すべし)。