経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

悲願だった不平等条約解消も 日産︱ルノーの見えない明日

経営危機により事実上のルノー傘下に入ってから四半世紀。悲願が叶い日産自動車はルノーと対等な関係となる。その背景には、急速に進む自動車産業の大変革がある。今後日産―ルノー連合はEVシフトに傾倒していくが、すでに競争相手は1周先を走る。その前途は多難だ。文=ジャーナリスト/立町次男(雑誌『経済界』2023年5月号より)

救済から四半世紀でルノーと対等な関係に

 日産自動車とフランスの自動車大手ルノーは2月6日、英国のロンドンで記者会見を開き、ルノーが日産への出資比率を引き下げて対等にするという新たな提携戦略を発表した。経営難の日産が1999年にルノーの出資を受け入れて誕生した日仏の企業連合。経営の独立を守りたい日産にとっての〝悲願〟が実現し、企業連合は大きな転換点を迎えたが、自動車業界の在り方が激変する中、前途は多難だ。

 三菱自動車も参加した記者会見で、日産の内田誠社長兼CEO(最高経営責任者)は、「アライアンス(企業連合)には、次のレベルの変革が必要だ。対等な関係は、変革を可能にする」と強調した。

 ルノーは保有する日産株を43・4%から15%へ引き下げるため、売却予定の日産株式28・4%をフランスの信託会社に移す。現状の株価で売却すると、ルノーに損失リスクがあるため売却期限は設けないが、信託された日産株の議決権はルノーが推薦する日産取締役の選任・解任などを除き無効になる。だが、配当金などは受け取ることができる。また、日産は日産株売却先として優先的地位を確保し、同業他社などへの譲渡を制限する。

 両社は3月末までに最終契約を締結し、規制当局の承認などを条件に、年内に一連の手続きを完了するとしている。新たな提携契約の有効期間は当初、15年間を予定する。

 出資比率が対等になることで、日産はルノーや、ルノーの株主であるフランス政府の意向に影響されにくくなる。ルノーや仏政府はたびたび、日産との経営統合の機会をうかがっていた経緯があり、企業連合内の不信感を増幅させる局面もあった。今後は日産の企業連合内での発言力も増しそうだ。

 また、ルノーが設立する電気自動車(EV)の新会社「アンペア」に対し日産が最大15%を出資し、三菱自動車も参画を検討する。中南米やインド、欧州での協業も盛り込んだ。

 経営規模で勝る日産が資本関係では下に置かれていた発端は、90年代にさかのぼる。日産は当時、販売不振と高コスト体質などのため、2兆円の負債を抱え、倒産寸前という危機的な状況に追い込まれていた。そこで6千億円を出資して〝救世主〟のような存在として現れたのがルノーだった。ルノーは99年、当初はCOO(最高執行責任者)としてカルロス・ゴーン氏を送り込んだ。

 日産のトップとなったゴーン氏は、系列部品メーカー中心の取引慣行を見直しただけでなく、5工場の閉鎖や約2万1千人の人員削減で経営を再建。達成が難しい必達目標を掲げてチャレンジする「コミットメント経営」が奏功した。

 ドイツのダイムラー・ベンツと米国のクライスラーによる「世紀の合併」が失敗するなど、国境を超えた自動車会社同士の連携は難しいが、ゴーン氏は日産とルノー、そして2016年に加わった三菱自動車を含む企業連合を成功に導き、17年には販売台数が3社の合算で世界2位となった。

メッキがはがれ始めた「ゴーン・マジック」

 しかし、徐々に、拡大路線に業績が伴わなくなっていく。日産の営業利益は06年3月期がピークで、13年には14年3月期の業績予想を大幅に下方修正。ゴーン氏は、それまでともに経営の舵取りをしてきた志賀俊之氏をCOOから退任させた一方で、自らは社長の椅子に座り続けた。中期経営計画での目標未達も相次ぎ、コミットメント経営は見る影もなくなった。17年には新車の出荷前に行う完成車検査に、無資格の従業員が携わっていた不正が判明したが、ゴーン氏が謝罪や説明を行うことはなかった。規模拡大が裏目に出て、20年3月期からは2期連続で赤字となった。

 17年に西川広人氏が社長兼CEOに就任した後も、ゴーン氏は事実上の最高権力者として君臨し続けた。ゴーン氏はこの時、日産の会長だっただけでなく、日産の筆頭株主のルノー会長も兼務したことがある。企業連合の「扇の要」として、大きな存在感を持ち続けた。

 そして、そのルノー株の15%を持つのがフランス政府だ。ゴーン氏が逮捕されたのは18年11月だが、その年の2月、ゴーン氏はルノーCEOに再任された。その条件として、「退任後もアライアンスを持続可能にすること」をフランス政府と約束したとされる。日産幹部らは、ゴーン氏が仏政府から、ルノーと日産の経営統合を進めるように指示されたと受け取り、独立への危機感を強めた。これが、衝撃的なゴーン氏逮捕劇の伏線となる。

 そして翌3月には、「日産、ルノー合併交渉」という報道が流れる。統合後の新会社を上場させる可能性を検討しているという内容だった。後に西川社長はこれを否定するが、ゴーン氏は「資本関係を見直す」と強調するなど、含みを持たせたままだった。両社の会長を務めているゴーン氏が決断すれば、経営統合を止めるのは難しい。

 ゴーン氏逮捕のわずか3日後の11月22日、日産は臨時取締役会を開き、ゴーン氏の会長職と代表権を解いたが、ゴーン氏が逮捕された後も、日産とルノーの不協和音は続く。ルノーが要求した経営統合を日産が拒否し、亀裂が再び顕在化したのだ。19年6月の定時株主総会前には、ルノーが日産提案の議案の採決を棄権する意向をちらつかせ、委員会人事を修正させた。報酬不正疑惑問題で解任された西川氏の後任人事では、資本関係見直しなどを警戒したルノー側の意向もあり、有力視されていた関潤氏ではなく、現在の内田氏が選ばれた経緯がある。日産社内では対等ではない資本関係への不満がたまっていく。

ルノーの「危機感」。日産の「巻き直し」

 このように、両社の企業連合の前提となり、時には「経営統合論」と結びついて関係悪化の要因ともなってきた資本の〝ねじれ〟が突然、解消に向かった背景には、ルノーの「生き残り」への強い危機感があった。ルノーは潜在性のある市場としてロシアや東欧での事業拡大を進めてきた。その結果、ロシアでの販売台数は本拠地であるフランスに次ぐ2位で、重要市場となっていた。しかし、ウクライナ侵攻により、ロシアでの事業停止を余儀なくされ、保有していた露自動車最大手アフトワズの株式を全て売却。撤退に絡む損失約20億ユーロ(約2800億円)を計上した。EVシフトに関しても、すでに「リーフ」などで開発に先行してきた日産の力を借りなければ展望が開けない状況に追い込まれていたのだ。

 ルノーがEV新会社に対する日産の参画を求めた中で、資本関係見直しの機運が高まったようだ。米グーグルが参画し、米半導体大手クアルコムが出資する予定だが、日産がこれらのIT大手への技術流出を懸念していたため、交渉には時間がかかったという。当初は昨年中の合意を目指していたが、結果的には越年した。ルノーのルカ・デメオCEOは英国での会見で、「この数年、2つの会社を1つにしようと思っていたが、それでは意味がないと分かった。それぞれが最適に機能した方が望ましい」と強調。経営統合を断念して企業連合のメリットを享受できる体制づくりに舵を切ったと説明した。

 悲願とも言える対等な資本関係の実現にこぎつけた日産。ルノーのEV新会社はフランスに本社を置き、EVを開発。生産した商品をルノーに供給する。日産は10年にリーフを投入し、世界の自動車メーカーの中でもいち早くEVに取り組んだ。主導したのは「EVリーダー」を掲げたゴーン氏だった。当然、充電器などのインフラは未整備で、先行投資の側面が強かった。しかし日産は、その後の業績悪化や経営の混乱などで先行者のメリットを十分に享受できるような環境が整ったとは言い難い。むしろ米テスラや中国の比亜迪(BYD)など、台頭した専業メーカーを追いかける立場になってしまった。アップルやグーグルも参入の機会をうかがっているとされる。

 巻き返しを急ぐ日産は2月末、30年度までに19車種のEVを含む27車種の電動車を投入すると発表した。21年11月に公表した長期ビジョンでは15車種のEVとしていたが、上方修正した。30年度の電動車の販売比率も、従来の50%から55%に上昇する。

 また、日産は車をソフトウエアで制御する「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」の開発を強化する方針を明らかにした。25年には自動運転支援技術やグーグルのサービスをソフトで提供する予定だ。

 日産もルノーと同じく、危機感を抱いている。EVが自動運転と結びつき、本格的な移動サービスが動き始めたとき、主要なプレーヤーになれるのか。また、車内で快適な時間を過ごすことに主眼が置かれるなど、これまでといいクルマの〝尺度〟が大きく変わる可能性もある。これまでの延長線上では生き残れない時代が来ることを前提に模索していかなければならない状況で、各社の底力が問われる時代だ。

 停滞していた企業連合が再び動き出したことは日産にとって大きいが、EVの開発や生産、販売に関してルノーが頼りがいのあるパートナーとは言い難い。EV新会社にグーグルなどが参画すると言っても、IT大手はさまざまな自動車メーカーと幅広い分野で連携している。日産にとっては、他の自動車メーカーや新興企業などを含め、生き残りに向けての最適な戦略を補完できるパートナー探しも重要になる。長い間の課題だった資本関係の見直しもゴールではなく、激変する自動車業界の中で新しい価値を模索するスタートに過ぎないと言えそうだ。