今年1月、渋谷の東急百貨店本店が閉店したが、すんなり終幕を迎えることができるならまだましなほう。売却がとっくに決まったはずのそごう・西武は3月上旬の段階で、まだ最終的な決着がついていない。これはすでに従来の百貨店業態がオワコンになったことを意味している。文=ジャーナリスト/下田健司(雑誌『経済界』2023年5月号より)
行政が突きつけた難癖。従業員とは法廷闘争
セブン&アイ・ホールディングスによる百貨店子会社そごう・西武の売却がもたついている。セブン&アイは1月24日、米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループへの売却予定日を2023年2月1日から3月中に延期した。売却の最終局面に至っても交渉が難航している模様で、延期についてセブン&アイは「必要な所定の条件の充足に向けて交渉を継続している」としている。2月27日には、セブン&アイの株主でもある、そごう・西武の従業員と元従業員がそごう・西武の株式売却を差し止める仮処分を東京地裁に申し立てるなど、混迷の様相を呈している。
セブン&アイが経営不振の続くそごう・西武の売却を検討していることが明らかになったのは22年2月。売却に向けた入札に複数のファンドが応札し、優先交渉権を得たのがフォートレスで、同年11月にそごう・西武株式の譲渡契約を結ぶに至った。
セブン&アイによると、フォートレスの不動産事業や企業再生のノウハウ、資金力を活用することがそごう・西武の収益性改善・不動産の価値向上につながると評価。加えて、従業員の雇用維持という点でもフォートレスは適していると考えたという。売却額はそごう・西武の企業価値2500億円から有利子負債・運転資本などを調整して決定する。そごう・西武の子会社も売却対象だが、生活雑貨店ロフトだけはセブン&アイに株式を移管しグループ内にとどめるとしている。
フォートレスがそごう・西武買収にあたって手を組んだのが、家電量販店大手ヨドバシホールディングス。ヨドバシは主要都市に24店舗、東京都心では新宿、秋葉原、上野など主要ターミナル駅前に店舗を構える。ヨドバシは2千億円を投じてそごう・西武の一部店舗を取得する見通しで、西武池袋本店やそごう千葉店に出店するとみられている。
交渉が長引いた要因の一つになっているのがヨドバシの出店だ。とくに、旗艦店である西武池袋本店の22年2月期売上高は1540億円で、百貨店店舗売上高でもトップクラスだ。ヨドバシの売場スペースによっては、テナントの配置換え、売り上げの減少につながるだけに、関係者間の調整が難航しているとみられてきた。ヨドバシの西武池袋本店への出店については、22年末に豊島区長が街づくりの点から低層階での営業に反対の意見を表明するなど波紋が広がった。
本誌発売までには売却が実行されているはずだが、百貨店の地盤沈下が続く中で、そごう・西武の再生に向けて残された時間は多くない。
セブン&アイにとって憧れだった百貨店業態
セブン&アイがミレニアムリテイリング(現そごう・西武)を2千億円超で買収したのは06年。前年の05年にセブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカ堂、デニーズジャパン3社の共同株式移転で設立されたセブン&アイはコンビニエンスストア、総合スーパー、食品スーパー、フードサービスなどに百貨店を加えた総合小売グループとなった。
30年前にも、イトーヨーカ堂は百貨店の取り込みに動いたことがある。1993年、不動産会社の秀和が買い占めた食品スーパーや百貨店の流通株の1つ、伊勢丹株をイトーヨーカ堂が引き受ける意向を示したのである。秀和はバブル崩壊による不動産不況と株価暴落で資金繰りが悪化し、保有していた流通株を手放そうとしていた。伊勢丹株の引き受けに名乗りを上げたのが、かねて百貨店クラスの衣料品を取り入れたいと考えていたイトーヨーカ堂だった。
しかし、伊勢丹内では「企業文化が違う」「スーパーの傘下に入るのは受け入れられない」といった異論が強く、労使ともにイトーヨーカ堂の株式取得に反対を表明した。取引先も「百貨店は必需品を売るスーパーとは経営手法が違う」と異議を唱えた。そこで伊勢丹株を三菱グループと伊勢丹の主要取引先が買い取る動きが始まり、三菱グループ8社を含めた約40社が伊勢丹株を引き受けることで決着した。
イトーヨーカ堂の伊勢丹買収は立ち消えになったが、13年越しに悲願が実ったのがそごう・西武買収だったのである。
しかし、伊勢丹に食指を伸ばした頃が百貨店市場のピークで、そごう・西武を買収した頃、百貨店市場はすでに縮小傾向にあった。
市場が縮小する中、2007年から08年にかけて百貨店業界で再編が起こる。大丸と松坂屋、三越と伊勢丹、阪急百貨店と阪神百貨店など、大手同士の経営統合が進んだ。そんな中で、倒産したそごうと経営再建中の西武百貨店が組んだそごう・西武は弱者連合と揶揄された。
そごう・西武は地方店を中心に店舗再編を進め、セブン&アイ傘下に入った06年の28店舗から10店舗に減少した。近年では22年2月期まで3期連続の最終赤字に陥っている。セブン&アイはグループシナジーも出せず、再生も果たせなかった。
セブン&アイはコングロマリット・ディスカウントが指摘され、投資ファンドからも再三切り離しを求められた。22年2月には米投資ファンドのバリューアクト・キャピタルから、イトーヨーカ堂とそごう・西武の分離が提案された。セブン&アイの事業にはコンビニエンスストア、スーパーストア、百貨店・専門店、金融関連があるが、連結営業利益の9割を占めるのがセブン-イレブン・ジャパンを中心とするコンビニ事業。ファンド側はグループを牽引するコンビニ事業に集中した戦略を求めた。
こうしたファンドからの提案に対し、セブン&アイはイトーヨーカ堂についてはグループ内にとどめることを表明。目下、事業構造改革に注力しているが、依然として苦戦する状況に変わりはない。
30年間で半減した百貨店の市場規模
日本百貨店協会によると、22年の全国百貨店売上高は4兆9812億円だった。百貨店は分厚い中間層の消費需要を取り込んで成長してきたが、市場規模は1991年の9兆7130億円をピークに半減した。
衣料や住関連の専門店の台頭やショッピングセンターや商業ビルの増加で、百貨店は客を奪われていった。百貨店離れが進んだのは、百貨店のビジネスモデルにも要因があった。消化仕入れという取引形態だ。消化仕入れは、店頭で商品が売れた時点で仕入れを計上する。商品が売れるまでメーカー・卸の在庫として扱われる。百貨店にとっては在庫リスクがないし、メーカー・卸にとっては多くの商品を店頭に並べられる。その点では百貨店、メーカー・卸の双方にメリットをもたらすが、百貨店は取引先に品揃えや販売を任せるため、購買動向を把握できないというデメリットもある。消費需要が旺盛な時代に消化仕入れは幅広い客層に豊富な品揃えを提供するのに役立ったが、専門店業態が台頭してくると逆に総花的な品揃えに転化し、魅力のない売場になっていった。
苦境に陥っているのが地方百貨店で、経営破綻や閉店が相次いでいる。
2018年に十字屋山形店が閉店。20年には山形県の老舗、大沼が経営破綻し、百貨店のない県となった。福島県の中合、徳島県のそごう徳島店、滋賀県の西武大津店の閉店では、各県の県庁所在地に百貨店がなくなった。地方百貨店の雄と言われた井筒屋も、北九州市の19年にコレット井筒屋、20年に黒崎店を閉店した。
地方圏だけでなく大都市圏でも、19年に伊勢丹相模原店、20年に髙島屋港南台店、21年に三越恵比寿店が閉店、さらに東京の副都心、渋谷・新宿でも百貨店が姿を消しつつある。
渋谷では23年1月、東急百貨店本店が閉店した。跡地にはホテル・商業施設・賃貸マンションなどが入る36階建ての高層複合ビルが建つ予定だ。ただ、東急百貨店が入るかどうかは決まっていない。
20年には渋谷駅にある東急百貨店東横店の西館・南館が閉店。13年に閉店済みの東館跡地には渋谷スクランブルスクエア第1期棟が営業している。東急電鉄など推進する渋谷駅周辺の再開発事業に伴うもので、西館・南館の跡地には渋谷スクランブルスクエア第2期棟が27年に開業する予定だ。渋谷スクランブルスクエア第1期棟では、東急百貨店が百貨店事業で培ったノウハウを生かし、テナントとして食品、服飾雑貨、化粧品などの売場を運営している。
新宿では22年10月、新宿駅西口にある小田急百貨店新宿店本館が営業を終了(新宿西口ハルクに移転)。駅再開発のため建て替えが始まっている。跡地にはオフィス・商業施設を備えた高層ビルが建つ予定だ。小田急電鉄と東京メトロの計画で、完成は29年の予定だ。同じく新宿駅にある、京王百貨店新宿店も建て替えられ、JR東日本と共同で商業施設が建つ予定で、店舗・宿泊施設・事務所が入る見通しだ。ただ、小田急、京王の両百貨店とも跡地に建つビルに入るかどうかは未定だ。
さらに池袋でも、池袋駅西口の東武百貨店が建て替えられる予定で、周辺地と一体での大規模再開発が計画されている。
有数の繁華街で、ターミナル駅の乗り降りや乗り換え時に百貨店の買物客が多い時代もあった。しかし、駅周辺の再開発計画で必要な商業施設として百貨店はその対象となっていないのである。
しかし、百貨店という業態の価値がなくなったわけではない。百貨店が生き残り策の一つとして強化しているのが富裕層向けのビジネスだ。コロナ禍にあって売り上げを下支えしたのが高級ブランドや貴金属などだ。主に購入したのは富裕層。百貨店で富裕層向けビジネスを担うのが、法人客・個人客に直接出向いてものやサービスを販売する外商だ。既存顧客に加えて新規顧客の獲得に向け、ブランド品や貴金属だけでなく、生活全般をカバーするものやサービスを提供する。限られたマーケットだが、まだまだ開拓できる余地がある。富裕層の争奪戦が激しくなることも予想されるが、百貨店の生き残り策の一つとなりそうだ。