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時代に寄り添い“ひと仕事”を世界へ笑いを根幹に拡大し続けた110年 岡本昭彦 吉本興業ホールディングス

岡本昭彦 吉本興業

1軒の寄席小屋から始まり、興行会社、芸能プロダクションとして躍進した吉本興業ホールディングス(以下、吉本興業)。今では日本のお笑い界をけん引する一方、地方創生や中国ビジネスへの進出、BS放送局開局など、新たな挑戦を続ける。昨年、創業110周年を迎えた芸能界随一の総合エンタメ企業の現在地とは。聞き手=武井保之 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年6月号より)

岡本昭彦・吉本興業ホールディングス社長のプロフィール

岡本昭彦 吉本興業
岡本昭彦 吉本興業ホールディングス社長
おかもと・あきひこ 1966年生まれ。奈良県出身。91年に天理大学を卒業後、吉本興業入社。92年から東京事務所勤務。主にタレントマネージャーや番組制作を手掛ける。2007年、吉本興業の持ち株会社化に伴い事業子会社として分社化されたよしもとクリエイティブ・エージェンシーのマネジメントと番組制作部門の責任者となり、12年から代表取締役社長を務める。15年、吉本興業(現・吉本興業ホールディングス)代表取締役専務、16年に代表取締役副社長、19年から現職。

6千人の芸人・タレント所属。日本最大のプロダクション

―― 昨年、創業110周年を迎えました。その歩みをどう振り返りますか?

岡本 「笑い」を提供し続けてきた110年です。大変な時代であっても笑いは求められ、その時代ごとに芸人たちがお客さまに笑顔になってもらうことを追求してきました。会社としては時代に寄り添いながら、劇場を中心に芸人をサポートし、それがつながって、110年を迎えることができたと思っています。何より、その時代に支えてくださったお客さまと関係者、そして笑いをつないできてくれた先人の芸人や社員の努力の賜物と感謝しています。

―― あらゆるメディアで吉本芸人の活躍を目にしない日はありません。吉本が日本のお笑い界をけん引してきたと思うのですが、その要因をどう考えますか?

岡本 一つは劇場だと思います。劇場は先輩から後輩、同期までみんなが集うなかで切磋琢磨があります。楽屋という同じ空気を吸う場所があり、そこで直接的に先輩が後輩に教えることもあればそれぞれが学んでいくこともあり、礼節も含めた“吉本のお笑い”が受け継がれていきます。芸歴を超えていろいろな芸人が集まる独特な環境であり、ベテランや中堅の活躍を目の当たりにした若手は感じることもあるでしょう。芸人としての意識や関係性の醸成、人としての成長を促す大事な役割を担っています。それが時代を超えて脈々とつながっていることが要因だと思います。吉本は元々、ラジオやテレビが生まれるより前に、劇場の運営から始まった興行会社です。その意識が他の芸能プロダクションとの違いだと感じています。

―― 6千人という所属芸人・タレントの数からみても日本最大のプロダクションと言えます。

岡本 人数が多いことに関しては、40年前にNSC(吉本総合芸能学院)を設立したことが一番の理由です。それまで、芸人になるには師匠に弟子入りするしかありませんでしたが、養成所を卒業して芸人になる新たな道筋ができました。それにより間口が一気に広がって、若い人たちがチャレンジしやすくなりました。そこから所属芸人が増えています。

師弟関係がないNSCだからダウンタウンが生まれた

―― 多くのNSC卒業生が芸能界の第1線で活躍していることは、その仕組みが成功していることを示しています。

岡本 NSC1期生(大阪)にはダウンタウン、トミーズ、ハイヒールがいます。それ以降、吉本に所属した芸人のほとんどはNSC卒業生で、毎年、人気芸人を輩出しています。ダウンタウンを含め、それまでの師弟関係の中では生まれてこなかったでしょう。

 NSCができたことで、芸人を志す人が増えているとすれば、NSCの大きな功績だと思います。開設当時は、芸人の学校があったら面白いし学費も取れる、くらいで始めたものかもしれませんが、一つの時代の潮目になっている気がします。ただ、芸人の数が増えた分、売れるための競争はより熾烈になっています。

―― 劇場運営から現在の総合エンタメ企業に発展するまでの転機やきっかけとなる出来事は何でしょうか。

岡本 一つはラジオが生まれたことでしょう。当時、劇場の看板だった桂春団治が会社に内緒でラジオに出演しました。無料で聞けるラジオに出るとお客さまが劇場に来なくなると思っていたところ、その翌日お客さまが殺到したんです。そこから、メディアとの関係性が変わります。次にテレビができ、大阪では劇場から生中継を始めました。その後に訪れる漫才ブーム、東京進出もテレビがきっかけといえるでしょう。

 メディア以外では、2010年の会社の非上場化です。株主の理解を得ていることが前提ですが、上場企業に求められる短期的な結果より、中・長期的な視野に基づいたさまざまな取り組みに、スピーディーにトライアルできる環境が整いました。

 最後は新型コロナ禍です。劇場を閉鎖しなければならなくなったとき、売り上げへの影響もありますが、芸人の働く場が失われるというインパクトが本当に大きかった。この経験で改めて劇場の大切さが分かりました。お客さまにお金を払ってもらい、芸人が直接向き合う場所。これを大事にしていかないといけないという意識がより強くなりました。

―― 吉本といえば、新しいことにいち早くチャレンジしている印象があります。例えば、直近ではeスポーツやメタバースなどですが、このフットワークの軽さは吉本のDNAでしょうか。

岡本 そうですね。過去にはボウリング場や映画館も運営していました。その時々の経営者が面白いことをやろうと、何でもやってきた会社だと思います(笑)。ただ、最近では、芸人がeスポーツの実況中継をやりたいとか、新しいことをやりたいというケースが増えています。芸人の方が常にアンテナを立てて、24時間面白いことをやろうと考えています。デジタル化やSNSの発展で芸人がパフォーマンスできる環境が多種多様になっていることも、新しいアイデアが生まれる背景になっていると思います。

異業種に広がる多角化事業。BS放送でマネタイズを強化

熱盛エンタメ_岡本昭彦・吉本興業
熱盛エンタメ_岡本昭彦・吉本興業

―― 官公庁の事業広報や、地方創生など芸能以外の分野の事業も手掛けられています。

岡本 6千人の芸人・タレントの仕事をどう創出していくかが根本にあります。全員が劇場に出られるわけではありません。その時代に合わせた事業、仕事を創出していくことが会社の使命です。「47都道府県住みます芸人」もその延長線上にあり、東京や大阪といった大都市以外でも芸人たちの活動の場を作っていかないといけない。そこで、全国各地でそれぞれの出身の芸人が地元に住んで活動し、地域の人に喜んでもらうことを目的にスタートしました。彼らの頑張りで地元メディアのほか地域の企業や自治体との関係が築かれました。さらにそこから発展したのが地方創生をテーマにしているBSよしもとです。

―― BSよしもとは開局から1年を迎えました。これまでの成果は?

岡本 グループ全体としての直接、間接的な価値はすごくあります。一つは吉本が持つさまざまなコンテンツをアウトプットできること。全国放送のBSというプラットフォームを活用することで、マネタイズの幅が広がります。もう一つは、海外企業と提携する際に、国の認可を得た放送局を運営する企業として信頼度が高くなることが、目に見えない価値としてあります。

 開局1年目はBS放送局単体では赤字でしたが、グループのコンテンツビジネスにおいてBSの役割による収益増もあるので、収支の見方も検討しています。

中国ビジネスも本格始動。お笑いが役に立つ領域へ進出

―― 中国進出を掲げ、コンテンツ開発や人材育成で現地メディアグループと事業提携されています。進捗はいかがですか?

岡本 CMG(チャイナ・メディア・グループ)、SMG(上海メディア・グループ)、中国対外文化集団との3つの提携をベースにしています。コロナ禍を経てようやく動き出しているところです。

 BSよしもとでは昨年9月から、CMGで放送されている「食卓の上の祝日」を視聴しながら中国の食や地域文化を学ぶバラエティ番組「発見!中国14億人の食の世界」の放送を開始しました。現在、7月のリニューアルを目指し準備中です。ライブコマースも準備を進めている最中ですが、夏前くらいから日本の物産物品を展開していく予定です。現在、11組13人の芸人がアジア7カ国に住んで活動していますが、次は中国に住み、現地で活動を開始します。

 SMGとは人材育成のためのエンタメ学校を準備中です。上海では漫才が流行りはじめていて、NSCのカリキュラムをフォーマット化した人材開発や、お笑いコンテスト『M―1グランプリ』のフォーマットの中国展開も模索しています。漫才は、1930年代にエンタツ・アチャコが近代漫才を生み出して以来続く、吉本興業の発明です。それが中国に伝わるのは感慨深いですね。

 中国対外文化集団とは、2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)に向けた日中間の青少年および企業交流、エンタメプログラム、共同イベントの実施などを検討しているところです。

―― 国内での新しいプロジェクトも動いています。

岡本 東京大学とさまざまな協業に取り組む提携プロジェクト「笑う東大×学ぶ吉本」のほか、昨年秋、大阪で子どもたちの学童教室になる「よしもと放課後クラブ」をスタートさせました。4月から東京と沖縄でも始めています。笑いを通じて子どもからシニア世代まで喜んでいただき、次の時代を担う人材が生まれていく環境をつくっていきたい。このほかにも、渡辺直美やゆりやんレトリィバァのように世界で活躍する才能を輩出していければと考えています。

―― 幅広い事業を手掛けるなかの〝吉本興業らしさ〟はどう考えますか?

岡本 根本は、笑いを届けることで笑顔を作り、お客さまに喜んでもらわないといけない会社です。人を育て、人との出会いやつながりを大事にしながら、総合エンタメ企業としてどれだけ事業を広げていけるかを続けてきました。この時代に笑いが役に立てる、もしくは笑いを必要としていただける領域があるとするなら、これからも学び続けながらいろいろなことに挑戦していきます。