経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

規制緩和による供給過多が招いた運送業界の長時間労働 大島弘明 NX総合研究所

大島弘明 NX総合研究所常務

NXグループで、物流に関する調査・分析・コンサルティング業務を行う民間シンクタンク、NX総合研究所。2022年から経済産業省を中心とした物流検討会に参加、試算結果の発表を行っている大島弘明常務が「物流の2024年問題」のリスクと課題を語る。文=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年7月号巻頭特集「物流クライシス2024」より)

ドライバーの労働時間短縮で2024年以降の物流は混乱

大島弘明 NX総合研究所常務

 物流業界では、近年トラックドライバーが不足し、2024年には時間外労働の上限規制が適用されるため、物流の遅延や途絶が予測されており、「物流の2024問題」と呼んでいます。35年以上トラック物流を調査してきた経験をもとにこの問題を分析します。

 まず、「物流の2024年問題」というのは24年4月から労働時間に関する制度が2つ同時に改正されることで生じます。

 1つ目は働き方改革関連法の適用です。これは20年4月に中小企業を含む全産業を対象に施行されたものです。しかし、他の職種に比べて労働時間が長かった自動車運転業務は、一定のレベルまで急激に短時間化するのが難しく、激変緩和措置として5年間の猶予期間が与えられていました。24年に、他の産業に追いつく形で、遅れていた自動車運転業務にも時間外労働の上限年間960時間が適用されます。

 2つ目は改善基準告示の改正です。これは、厚生労働省が22年12月に改正した自動車運転者の労働時間改善を目的とした告示です。中でもトラックドライバーの労働時間管理では、休憩時間を含む始業から終業までを拘束時間とし、その時間に制限がかかります。改正前は年間総拘束時間の上限が3516時間でしたが、今回の改正で原則3300時間になりました。これは働き方改革関連法の内容とほぼ同等の水準です。

 24年以降、年間3300時間を超過する時間外労働の分の仕事は、運送会社側が断らざるを得なくなります。

 その結果、今まで通りにものが運べなくなることが危惧され、「物流の2024年問題」という呼び方で注目されています。24年まで残り1年を切った今、どの業界でも危機感が高まっています。

 そもそもトラック運輸業界が長時間労働に陥った一因は、道路貨物運送業界における1990年の規制緩和による影響です。それまで、他社の貨物を有償で輸送する営業トラックの仕事は、貨物輸送量に応じた免許制でしたが、それではいいサービスが生まれないという考えから規制緩和が実施され、条件を満たせば参入可能な許可制に変わりました。

 その結果、90年の時点で約4万社だった道路貨物運送業者数は、その後の15年間で6万2千社、約1・6倍に増えました。ところが営業トラックの貨物輸送量は約1・2倍にしか増えていません。

 運送事業者が物流を供給する側だとすると、供給過多の状態になりこれが30年以上続き今に至ります。

 この供給過多がドライバーの長時間労働に影響を及ぼしました。運送事業者は請け負う仕事が割に合わない内容だったとしても、競争に打ち勝ち会社の経営を成り立たせなければなりません。一定の仕事や収入を確保しようと競争は激化し、ドライバーの労働条件が悪い状態が恒常化したというのがこの問題の背景です。

 それに加え、ドライバーの高齢化とドライバー自体の減少も、1人のドライバーに対する負担を増加させる原因となっています。

 総務省の国勢調査によると、規制緩和後の95年には98万人のトラックドライバーがいましたが、2015年には76万7千人、20年間で21万人ほど減少しました。現在も新規のトラックドライバーは十分に確保できていません。

 このような状況が続けば、運送事業者は、経営を維持できず、必要な輸送力が提供できなくなります。

グラフ

運送事業者の仕事は荷主との取引条件で決まる

 日本経済にどれくらいの影響があるかというのは、経産省を中心とした「持続可能な物流の実現に向けた検討会」で試算を発表しています。 これはドライバーの労働時間規制による労働力不足の問題と、年々加速するドライバー不足、2つの原因を加味したデータです。(左上の図)

 19年の時点でトラックドライバーの約27%が残業時間3300時間を超過していたという調査結果を基に試算したところ、現場の労働環境や営業トラックの輸送力が改善されなかった場合、24年には、営業用トラックの14・2%(4億トン)の輸送能力が不足します。これはドライバーの残業時間が3300時間を超過し、超過分の輸送を補わなかった場合の不足量を表しています。

 さらに30年の時点では34・1%(9・4億トン)不足するという試算もあり、今まで通りの物流を維持することが困難なことが分かります。今まで通りに運べないというのは、発注や注文をしてから1~2日後に商品が届いていたのが、今まで以上に配達に時間を要するということです。

 これは、毎日商品を発注しているコンビニエンスストアやスーパーマーケットなどの小売業界、材料の入手や商品の納品を行う製造業界、仕入れた商品を物流センターから各店舗に届ける卸売業界など、物流を利用するすべての業界に影響が及ぶ問題です。

 これらのB2B輸送は日本の貨物輸送量の98%を占めているため、産業側の危機感は高まっています。

 その対策として加工食品業界では、18年に味の素をはじめとする食品物流子会社5社が一つの物流会社としてF︱LINEを設立しました。一つの物流センターから商品を混載し同じ配送先へ共同配送を行っています。

 また、国交省、厚労省、全日本トラック協会が連携して、15年にトラックドライバーの運行実態調査を行い、今まで分からなかった労働時間の中身を把握できるようになりました。

 ドライバーの労働時間の中には、荷待ち時間というものが存在します。ドライバーは、荷物の送り主である発荷主から輸送の委託を受け、受け取り手である着荷主のもとへ輸送しますが、到着した先で長時間待たされることがあります。

 15年の調査によると、荷待ちのある運行が全体の約半分、その平均時間が1時間45分という実態が分かりました。

 ただ、荷待ち時間はトラックドライバーや運送会社の努力で削減できるものではなく、発着荷主間の取引条件で決まります。

 本当にものが運べない状況に陥った時、困ってしまわないよう、荷主企業をはじめ日本社会全体で運送業界の新しい働き方を提示する必要があります。(談)