教育の現場を長年見つめ続けてきたベネッセ。現在はリスキリングに関する事業も行っており、米Udemy社との提携で業界を席巻している。とはいえ、既に豊富な知見を持つベネッセがわざわざ他社と提携したのはなぜなのか。今後どういう事業展開を考えているのか。Udemy事業責任者の飯田智紀氏に聞いた。文=小林千華(雑誌『経済界』2023年8月号より)
Udemyとの提携の理由はベネッセの「脱・自前」だった
ベネッセは現在、「大学・社会人領域」を自社の成長分野の最重要テーマに位置付け、積極的に投資を行うとしている。同社はオンライン学習プラットフォーム「Udemy(ユーデミー)」を運営する米Udemy社と提携し、2015年に日本でサービスを開始した。個人向けのプランと共に、法人向けサブスクリプションサービス「Udemy Business」も展開している。講座の内容はビジネス基礎や経営マネジメントからDX推進、AI・機械学習のような最新の内容まで多岐にわたる。
しかし、教育サービスの提供について多様なノウハウを持っているベネッセが、なぜUdemyと提携したのか。Udemy事業責任者、飯田智紀氏は、提携に至った経緯をこう語る。
「当時は社会人領域に打って出るという狙いが大きかったわけではないんです。今までと違うビジネスモデルに挑戦しようとか、もっとテクノロジーを活用した教育サービスを作れないかという考えが、Udemy社との提携につながりました」
Udemyの持つ最大の特徴は、「教えたい人(講師)」と「学びたい人(受講者)」をつなぐCtoCのサービスである点だ。ベネッセにとって、Udemy社の持つCtoCのサービスを運営するテクノロジーやデータ分析のノウハウは、新しいビジネスモデルに挑戦するために吸収したい力だった。
また、飯田氏によると、Udemyとの提携前のベネッセには「自前主義」のような空気があったと言う。
「もっと他社とのアライアンスを生かした事業開発にも取り組んでいくべきではないかという課題意識があったなかで、ちょうど教育×テクノロジーのサービスを展開している、かつそれが、当時のベネッセがノウハウを持たなかったCtoCのプラットフォームだったということで『脱・自前』の意味も込めてUdemy社との提携が決まりました」(飯田氏)
当時、Udemy以外にも複数の新規事業をスタートさせていたベネッセだったが、伸びしろを見て19年から社会人教育に割くリソースを増やし始める。
今年3月時点で、国内Udemy導入企業は1千社、会員数は130万人を超えている。強みはCtoCならではのコンテンツの幅広さ、新鮮なトピックについても、情報感度の高い講師がすぐに授業を配信してくれるというスピード感だ。
さらに法人向けサービス「Udemy Business」では、Udemyで配信されている21万本以上の講座から、内容が企業研修に適しているもの、受講者による評価の高いものを厳選し、1万本を学び放題のサブスクリプション形式で配信している。企業の活用の仕方もさまざまで、飯田氏によると、受講する講座や学習する絶対時間量をきっちり管理する企業もあれば、従業員の自主性に任せている企業もあるとのことだ。
また、リスキリングへの課題を抱えているのは企業だけではない。多くの地方自治体も、DX人材の不足などを背景に、職員のリスキリングの必要性を感じていると言う。ベネッセは20年から自治体向けにも「Udemy Business」の提供を開始し、今年度は新たに50以上の自治体への導入を予定している。さらに5月には、全国45の自治体と共に「全国自治体リスキリングネットワーク」を発足。自治体同士でのリスキリングに関する情報共有の場を設けたり、特設サイトやメルマガでの他の自治体の取り組み事例やリスキリングの最新情報を発信したりすることで、地域の課題解決にも貢献していく。
ただのプログラム提供ではなくさらに付加価値をつけていく
5月19日ベネッセは変革事業計画の説明会を行った。小林社長はここで同社の大学・社会人事業のこれまでの売り上げ推移、今後の目標について語っている。まず22年度の売り上げは201億円となった。国内外でリスキリングの重要性が叫ばれ続けていることや、昨年政府がリスキリングに対し、5年で1兆円の投資を行うと表明したことなどが背景に挙げられた。これを受け、30年には大学・社会人事業の売り上げ1千億円を目指すと言う。
「売り上げ計画に対しては、やらなくてはいけないという危機感と、きっとやれるという自信が半々というのが正直なところです」(同)
今後同社は、リスキリングに関するサービスをEdTech(教育×テクノロジー)とHRテックの融合型に進化させ、より普及させていく考えだ。
「教育インフラを作っていくことももちろん大事ですが、働き方やキャリア支援といったさまざまな動機づけがあってこそ人は学びに向かうと思うので、個人の学びから人材育成まで通して支援できるようなサービスを提供できればと考えています」(同)
このための具体的な取り組みとして4月には、アメリカに本社を置くAIを用いた人材情報ソフトウエア企業SkyHive社に、約1千万米ドルの出資を行う資本業務提携を発表。これにより、企業に対して従業員のスキルの可視化と分析、リスキリングに適切な学習マネジメント、Udemyをはじめとした学習コンテンツ提供をワンストップで行えるようになる見込みだ。また、6月30日付で女性専門の人材サービスを手がけるWaris社を連結子会社化することも発表している。他社との提携も含め、学びの提供だけでなく「現状/スキルの可視化」、「人材マッチング事業」まで、幅広い事業展開でリスキリングを支援していくとしている。
取材で飯田氏は「学びは変化の起点になる」と語った。
「学びが個人や組織の可能性を広げることは間違いありません。でももう一つ、利害関係が一致しない者同士、リテラシーが異なる者同士の共通項をつくるきっかけにもなりうるのが学びだと思います」(同)
リスキリングによって、企業も自らの持つ可能性を広げることができる。