経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

社会全体の減災が保険会社にとっても重要なワケ

備えあれば憂いなし。災害への備えというと、まず保険を思い浮かべる人も多いはず。しかし、自然災害の激甚化で火災保険は値上がりを続ける。そんな中、保険会社は外部企業との連携で、従来的な保険業務に限らない取り組みを進めている。社会のリスクの担い手である保険会社の未来とは。(雑誌『経済界』2023年10月号巻頭特集「防災テックで身を守れ!」より)

人工衛星を使って浸水被害を判定する

 日本損害保険協会によれば、自然災害による保険金の支払いは、ここ10年で増加傾向にある。この先も自然災害の被害が深刻化すれば、それだけ保険の重要性も増していく。 

 保険加入者としては、一刻も早く支払いを受けたいが、保険会社に業務が集中していれば、保険金の支払いまで待ち時間は増えてしまう。特に水災の場合、水が引いてしまえば浸水規模など被害状況の特定が難しくなる。保険会社としても、いかに初期の被害地域特定と立ち合いを実施するかが課題となってきた。

 大規模な災害が発生した場合、保険会社は全社をあげて顧客対応にあたる。例えば東京海上の場合、2018年の西日本豪雨の際には営業や後方支援の部署など管轄を問わず全国から人員を補充するオペレーションを敷き、数百人が広島県に集まった。大部屋を確保して対策本部を設置し、顧客へ順番に電話をかけて状況をリストアップする。現地立ち合いのアポが確定した顧客から、営業担当者や社外の鑑定人が訪問していく。そこから修理業者に見積もりを依頼する工程へと進むが、被害が深刻であるほど立ち会いから見積もりの工程で時間がかかり、被害発生から支払額の確定まで数カ月や半年などを要するケースもあったという。

 こうした課題を解消すべく、東京海上は18年から人工衛星のデータを活用して保険金支払いの迅速化に取り組んでいる。いくつかの企業との協業を経て、現在はフィンランドの衛星企業ICEYE社とアビームコンサルティングと提携。ICEYE社が持つ衛星の画像データのほか、航空画像、SNSで公開されている現地情報、河川流域データなどを組み合わせて、洪水・浸水の状況を把握する。それらを基に被災判定を行い、最短で被害翌日の支払いが可能な体制を構築した。建物の1階が完全に水没するような全損ケースは人工衛星での解析結果のみで判定するが、被害の程度によって利用者の自己申告や現地での立ち合いも組み合わせながら行う。

 保険会社の災害への向き合い方の変化について、衛星関連事業を行う藤木潤一郎・東京海上損害サービス業務部担当課長はこう語る。

 「従来はより早く正確に保険金をお届けすることが主眼でした。昨今は、支払いは当然のものとして、それ以外に生活再建のお手伝いや、広範に社会に貢献していくことも大事だという考え方になってきました」

 しかし、大規模な取り組みになればそれなりの費用もかかるわけで、それは結局、契約者の保険料に跳ね返ってくるのではないか。

 「衛星の活用だけに注目すれば相応のコストはかかります。しかし、人工衛星の活用によって、従来要していたコストを削減することも可能だと考えています。また、災害直後にホテルやタクシーを保険会社が利用することで被災者の方々の行動を制限してしまう可能性もあります。衛星を活用することで圧縮できる費用とのバランス、被災地の方々の日常生活への支障等さまざまな観点から最適化をしていきます。自然災害の激甚化が進んだ場合、東京近郊を流れる大規模河川が複数同時決壊するケースも考えられます。そうした場合でも、人の手を介さず衛星で部分的に支払いを完結できる体制を構築していくことは、意義が大きいと考えています」(荻原周・東京海上損害サービス業務部課長代理)

 東京海上では今後、洪水に限らず風災や地震、津波に対しても人工衛星のデータを活用することや、災害プラットフォームを構築し、解析データを公開するような取り組みも検討しているという。

気象情報会社と提携して防災・減災の情報を集約する

 保険金の支払い業務に限って言えば、保険会社は災害に対して事後的に対応するのが基本である。しかし、事前に備えるサービスを手掛ける企業も出てきた。損害保険ジャパンは、SOMPOリスクマネジメント、気象情報会社ウェザーニューズと協業して防災・減災に関する情報プラットフォーム「SORAレジリエンス」を開発し、4月から販売を開始した。

 自然災害の発生時、気象情報や停電の可否、土砂崩れや浸水のリスクなど、状況把握のために必要な情報は多岐にわたる。企業や自治体の防災責任者は、それらを統合して組織の方針を決定していく。被害を最小限に抑えるためには迅速な対応が要求されるが、必要な情報は気象情報会社、電力会社、関連省庁などに点在している。また、多店舗展開している企業など拠点が広域に存在していれば、それだけ対応の手間も増す。

 こうした課題に対応できるのが「SORAレジリエンス」である。利用者は最大5千件の拠点を登録することが可能で、拠点ごとの災害リスクをリアルタイムで把握できる。

 サイト上では、ウェザーニューズ社、気象庁、国土交通省、各自治体、電力会社などから発信される災害関連の情報が集約されている。最大で72時間先までの災害状況の予測も可能で、減災行動の助けとなる。操作性も重要視しており、登録した拠点のうち、リスクが高まった場所から機械的にリストの上位に表示される。また、登録した拠点が自治体が発令する避難情報の対象エリアになっていたり、60時間以内に強い雨風が予想されたりする場合、アラートメールが自動的に送られてきて、本文を読むだけでどの拠点に何が起きているか、起こりそうなのかが分かる。

 同サービスは、販売開始後も機能拡充を進めている。今後について、末岡正嗣・SOMPOリスクマネジメント事業開発部長はこう語る。

 「海外企業と取り引きしたり、海外に拠点を展開したりする企業も増えていますので、海外の気象リスクに加え、海上事故やテロなどの情報まで反映できるようなサービスを目指していきたいと考えています」

 東京海上やSOMPOグループの取り組みは、保険金支払いの迅速化や減災行動の支援を意図しているが、保険会社自身のリスク低減という意味合いも大きい。

 「保険会社は慈善団体ではなく営利企業です。自然災害が激甚化することでお支払いする保険金が増えれば、掛け金を少しずつ値上げせざるを得ません。こうした連鎖は、災害に対する保険機能の提供という意味では継続性に懸念があります。社会全体で災害に対するレジリエンスをいかに向上させるか考える場合、保険会社としても、保険金の支払い業務を超えて検討することが重要です」(村上要輔・損害保険ジャパン・企業マーケット開発部担当部長)

 近年、自然災害の激甚化により火災保険の収益は厳しい状況にある。国内保険大手4社の火災保険の損益は22年度まで13年連続で赤字となった。保険会社は社会のリスクを請け負う存在でもある。社会全体の減災は、保険会社の持続性という面でも重要性を増していく。