経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

東日本大震災を教訓に予知&津波の防災ベンチャー

東日本大震災は12年前のこととなり、当時の記憶も徐々に薄れつつある。しかしあの悲劇を忘れてならないのはもちろんのこと、そこから何を学ぶかが重要だ。本稿で取り上げるのは、震災の被害を前にして、自分たちで何ができるかを考えた結果生まれた2つの防災テックベンチャーだ。(雑誌『経済界』2023年10月号巻頭特集「防災テックで身を守れ!」より)

地殻変動のデータを元に大地震の前兆を検出

 日本は世界有数の地震大国。それだけに地震研究は進んでいて、その水準は世界最高クラスにある。それでも、予知は難しい。

 5月に震度6強を記録した能登地震。能登地方では2020年以降、群発地震が発生しており、地元では十分警戒していた。研究も進んでおり、昨年の段階で群発地震は「水によって」引き起こされることが分かっていた。

 震源地の石川県の地下には複数の断層があり、その断層の隙間に水が流れ込み岩盤を押し広げるとともにゆっくりとした断層の滑りを起こしていた。それに伴い群発地震が起きていたのだが、今年3月には収束に向かっていると考えられていた。ところがその2カ月後に、大きな地震が能登地方を襲った。これには研究者も驚いたというが、いつ地震が起きるか予想するのはそれほどまでに難しい。

 それでも防災テックベンチャーの1社、地震科学探査機構(JESEA)が、自社で開発した「MEGA地震予測」では、測位衛星データから地殻変動の情報を読み取り、今地殻のどこにひずみが蓄積しているのかを解析し、大地震の前兆を検出したうえで、天気予報と同じ感覚で地震の予測情報を配信する。

 JESEAの共同創業者である村井俊治名誉会長は、元東京大学教授で、測量学の第一人者だが、東日本大震災での悔いが起業につながったという。

 村井氏はGPSデータと地震発生の関係性を研究していたが、10年頃からかつて例のない地殻変動のデータを目の当たりにし、「大きな地震が来る可能性があるかもしれない」と考えていた。そして11年3月11日を迎えたが、「きちんと発信することができていたら多くの命を救うことができたのでは」と考え、JESEAを設立、残りの人生を地震予測に懸けている。この地震の確度が今後上がっていけば、これまで予測困難とされていた地震の日時や場所、規模を正確に特定できる日がやってくるかもしれない。

 しかしそれまでの間は、予知による避難ではなく、揺れたあと、どう身の安全を確保するかによって被害を抑えなければならない。

 他稿でも触れているが、1995年の阪神・淡路大震災以来、耐震・免震対策は格段に進化し、それ以降に建てられた建物であれば、震度7を超える巨大地震でないかぎり崩壊する危険性は激減した。

 となると重要になってくるのが津波対策だ。東日本大震災だけでなく、日本はこれまで幾度となく津波被害を受けてきた。60年には地球の反対側のチリで起きた地震が引き起こした津波により、東北地方で140人を超える死者を出した。83年の日本海中部地震では、秋田県を中心に遠足中の小学生など100人以上が亡くなった。93年の北海道南西沖地震では、津波が奥尻島を直撃、それによって引き起こされた火災による被害者も含めると200人以上が命を落としている。

 そういう意味で一番懸念されているのは、南海トラフ地震だ。紀伊半島の紀伊水道沖から四国南方沖までを震源とする地震は、過去何度も大きな被害をもたらした。一番近い例は46年の昭和南海地震で、静岡県から九州にかけ津波が襲来、1330人が亡くなった。

 南海トラフ地震は平均すると100年に一度起きており、最短間隔は70年。前回よりすでに77年がたっており、いつ起きてもおかしくない。仮に東日本大震災のマグニチュード9・0を上回るM9・1の巨大地震が起きた場合、死者数は32万人と、日本の震災史上、最悪の結果につながると見られている。これは2004年にインド洋の津波で21世紀最大の犠牲者28万人を出した、スマトラ島沖地震を大きく上回る。

津波の到達、大きさを5分以内に算出・予測

 南海トラフ地震で厄介なのは、津波到達までの時間の短さ。東日本大震災の時は、震災発生から最初に津波が到達した岩手県でも25分の時間があった。ところが南海トラフ地震の場合、場所によっては10分以内に高さ10メートル以上の津波が到達すると予想されている。そうした状況下で被害を最小限にするには、迅速な津波予想が不可欠だが、これまではどの地区にどんな規模の津波が到達し、浸水範囲がどのくらいになるのかをデータに基づいて算出するには30分程度必要だった。

 この時間を極力縮小し、高精度な津波の伝播・浸水シミュレーションを可能とする解析モデル開発および地形モデルの構築を行い、断層推定や被害推計のコンサルティングサービス事業、情報配信事業を提供する目的で設立されたのが東北大学発の防災テックベンチャー、RTi-castだ。

 中核事業となる「リアルタイム津波浸水・被害推定システム」は、株主の1社でもあるNECのスーパーコンピューターを活用、津波の浸水による被害推定を、スーパーコンピューターを用いてリアルタイムに予測するシステムで、5分以内の予測を目指している。津波予想は気象庁も発表するが、沿岸部にどのくらいの高さで襲来するかにとどまる。その点、RTi-castの予測は、内陸部でもどのくらい浸水したかが分かるため、迅速に避難することができる。

 東北大学発のベンチャーということからも分かるように、同社も東日本大震災がきっかけに生まれた会社で、社長、CTOともに東北大学教授が務めている。しかし今では東北地方だけでなく、南海トラフ地震の津波を予測する体制が整った。

 またRTi-castのシステムを使えば、仮に地震が起きた場合の津波被害予測も行える。それに基づき、津波避難タワーの設置や、防災訓練が可能になる。すでに高知県では同社のシステムを採用して防災訓練などに活用しているという。

 かつて何度も地震による津波被害を経験した東北地方では「津波てんでんこ=地震が来たらとにかく逃げる」という言葉がある。しかし若い世代には伝承されておらず東日本大震災で大きな被害を出した。それを防ぐには、どれだけの被害が出るのか、正確な情報を素早く提供するのが一番だ。

 本当に南海トラフ地震が起きた時、このシステムで多くの命を救うことができたとしたら、東日本大震災での後悔を乗り越える一歩になる。