経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

近い将来「脅威から恵へ」台風利用で日本は資源大国へ

毎年のように日本に被害をもたらす台風。しかも最近では、沖縄・九州以外での被害も増えている。しかしここに来て、台風を恐れるだけでなく、コントロールしなおかつ利用しようという動きが出てきた。もし実用化されれば、日本がエネルギー資源大国になる日も夢ではない?(雑誌『経済界』2023年10月号巻頭特集「防災テックで身を守れ!」より)

ドラえもんのフー子は超巨大台風と正面衝突

 「フー子」と名付けられた台風を覚えている人も多いだろう。

 すべての台風には名前が付けられている。先日、沖縄方面に居座った台風6号は「カーヌン」で、タイ産果物がその名の由来だ。

 ただしフー子という台風は現実には存在したことはない。初めて登場したのは1974年。小学館の学習雑誌に掲載された「ドラえもん」で、わずか10ページほどの短編漫画の中だった。その後、テレビアニメ化され、2003年にはこのエピソードを元に『映画ドラえもん のび太とふしぎ風使い』がつくられるほどの人気だった。

 ストーリーは、のび太がドラえもんからもらった卵をかえしたところ、赤ちゃん台風が生まれ、フー子と名付ける。フー子はのび太になつくが、大きくなるにつれ力を増し、人に迷惑をかけるようになり、やむなくのび太はフー子を押し入れに閉じ込める。そんな折、のび太の住む町に超巨大台風が接近、大きな被害が予想されていた。するとフー子は押し入れから飛び出し、超巨大台風に戦いを挑む。結果、台風は2つとも消滅、フー子の身を犠牲にした行為で町の危機は救われた。

 この漫画やアニメを見た子どもたちは、日本に台風が近づくたびに「フー子がいれば」と思ったに違いない。残念ながら今の技術では、台風を人工的につくることはできない。しかし、外的要因によって台風を消滅させられないまでも、勢力を衰えさせる、あるいは進路を変更させることは可能ではないか。そう考える研究者が60年近く前からさまざまなアプローチを行ってきた。

 例えばアメリカ。メキシコ湾で発生するハリケーンは時として巨大な被害をもたらす。昨年のハリケーン「イアン」による総被害額は1140億ドル(約16兆円)に達した。この被害額は史上3番目の大きさで、過去最大は05年の「カトリーナ」による1925億ドル(約27兆円)。東日本大震災の被害総額約17兆円(11年6月、内閣府発表)と比較すると、その被害の大きさが分かろうというもの。それだけにハリケーンの被害軽減は全米の悲願でもある。

 1960年代、アメリカではハリケーンの周囲にドライアイスやヨウ化銀を撒く実験が繰り返された。ヨウ化銀は天候コントロールの話の際には必ずといっていいほど出てくる物質で、雨を降らせる雲を人工的につくることができる。2008年の北京五輪では、開会式直前にロケットで雲に向かいヨウ化銀を打ち込み、雨が降るのを早めることに成功、開会式の時間帯の晴天を演出したといわれている。ドライアイスも同様の使われ方をする。

 これを台風周辺の近くに撒くとどうなるか。台風は海上からの温かい水蒸気をエネルギー源に成長する。ところがヨウ化銀があると、これを核とした雲が台風とは別に発生する。そのため本来台風に吸収されるエネルギーが分散され、勢力を弱めることができる、との仮説のもと、実験は行われた。

 しかしこの実験は1970年代以降、続けられることはなかった。実験によっては、散布直後のハリケーンの風速が30%軽減したとの報告もあるが、それがヨウ化銀効果なのか、自然現象なのか、判断することが当時の技術では難しかった。ハリケーンは一つ一つすべて大きさや強さ、性質(例えば風台風と雨台風)が異なる。そのため一度人為的な措置をした場合、しなかった場合と比較することができない。そのため正確な検証ができず、実験はそのまま立ち消えになった。

 その後、台風コントロールの動きは沈静化する。アメリカでの実験結果が不明瞭だったのも理由の一つだが、台風のエネルギーの大きさを考えると人工的にコントロールするのは不可能ではないかとの考えが支配したことも大きい。台風の運動エネルギーは10の18乗ジュールといわれる。これはマグニチュード8に相当する。広島型原子爆弾に換算すると1万8千個分だ。そんな巨大なエネルギーの固まりをコントロールしようというのは無謀な試みでしかない。

 しかしここにきて再び、台風コントロールの動きが世界各国で始まっている。ひとつにはアメリカではうまくいかなかった効果判定ができるようになったこと。さらには、地球温暖化の影響で、台風やハリケーン、そしてインド洋のサイクロンも含め被害が激甚化していることも研究熱の高まりを後押しする。

 日本も例外ではない。

横浜国立大学に誕生した日本初の台風専門研究施設

 2021年10月、横浜国立大学に「台風科学技術研究センター(TRC)」がオープンした。これは日本初の台風専門研究機関だ。そこで取り組む大きなミッションが、「台風の脅威を恵に」を旗印に掲げる「タイフーンショット計画」だ。

 このタイフーンショット計画を説明するには、ここに至った経緯に触れる必要がある。スタートは、以前から台風に関する研究を行ってきた、筆保弘徳・横浜国大教授(TRCセンター長)が、技術の進化で以前には不可能だった台風への人工的な介入のシミュレーションが可能になったため、台風制御の可能性を議論する条件が整ったと判断したことだった。そこで志を同じくするメンバー「チームタイフーンショット」を結成し、プロジェクトは始まった。その特徴は、「脅威から恵に」に基づき、単に台風を制御するだけでなく、一部をエネルギーとしても利用しようという野心的な取り組みでもあることだ。

 そのため、TRCの構成するメンバーは非常にユニークであり、所属する研究者の専門分野は気象学だけではなく、工学系から人文科学系まで多岐にわたる。しかも横浜国大内に設置されてはいるものの、所属大学はまるでバラバラだ。

 例えばTRCには①台風観測研究ラボ②台風予測研究ラボ③台風発電開発ラボ④社会実装推進ラボ⑤地域防災研究ラボ⑥台風データサイエンスラボ――の6つのラボがあるが、①のラボ長は坪木和久・名古屋大学教授、②のラボ長は佐藤正樹・東京大学教授が務める。またラボ長代理の中には企業やコンサルの研究員も含まれるなど、ダイバーシティに富んでいる。いわば日本の叡智を結集し「脅威を恵に」を実現しようとしているように見える。

 「脅威」を減らすべく、そのTRCのメンバーが中心となり進んでいるプロジェクトの一つが、ムーンショット型研究開発事業目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」の中の一つ「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」である。

 ムーンショット型研究開発事業は、18年の総合科学・イノベーション会議の提言に基づくもの。ムーンショットとは、1961年、ケネディ大統領が60年代に月面に人類を送り込むと宣言、実現させたように、一見不可能に見える目標でも、それを掲げ、予算を配分することで破壊的イノベーションを創出し、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を実現しようとする国家プロジェクトだ。

 具体的にどうやって台風を制御していくのか。

 『産学官連携ジャーナル』への筆保TRCセンター長の寄稿によれば、2019年の房総半島台風で上空から氷を大量に散布するシミュレーションを行ったところ、最大風速は秒速3メートル、建物被害は30%の軽減効果があったという。

 このように、1960年代には判定のつかなかったことが、今では十分に検証することができる。この精度をさらに高め、氷以外に環境にやさしくなおかつ効果の高いインパクト物質を見つけ、実証実験を行っていけば、実用化も見えてくる。

 このほか、可能性という点では上空に変化を加えるのではなく、海で変化を起こすという方法もあるかもしれない。台風のエネルギー源は暖かい海面から供給される水蒸気だ。そのため海水温の低い地域では、勢力はどんどん弱まる。それを人工的に起こしてやる。いくら海水温が高くても、それは海面近くだけのことで、深い場所の水温は低い。そこで台風の進路に合わせて海水を攪拌してやれば海水温は一気に下がる。そうすれば台風は成長できなくなる。

 いずれにしても台風を消滅させる必要はない。ほんの少し勢力を弱めるだけで、被害が大きく異なることは先の筆保TRC長のシミュレーションからも明らかだ。可能性は大いにありそうだ。

台風の風力発電で接近イコール低料金

 では、次に「脅威を恵に」の恵の部分にスポットを当ててみよう。一番現実的なのは、台風の風エネルギーを使って発電することだろう。

 台風発電ラボの満行泰河ラボ長(横浜国大准教授)によると「風力発電所をつくる時、常に風の吹いているところを選ぶのと同じことです。台風の進路を正確に予測することができれば、そこに風力発電装置を搭載した船を持っていき、台風と進路を合わせることができれば、長時間発電を続けることが可能です」。

 ひとつの台風のエネルギーをすべて利用することができれば、日本の1年分の消費電力のすべて賄うことができるともいわれている。それだけのエネルギーの固まりなら、その一部を利用するだけでも、日本にとっては貴重なエネルギー源となる。

 TRCのウェブページでは、「脅威から恵へ」の未来予想が掲載されているが、それによると「台風が近づいたために〇〇地方の電力料金は安くなる」とのアナウンスが流れ、「台風が来てよかった」と台風に感謝するシーンも描かれている。実現できれば台風を利用することで日本が資源大国になるのも夢ではない。

 ただしTRCがやろうとしているような、天候に対して人為的に手を加えることに宗教的・倫理的な面から反対する人がいるのは事実だ。天候は神の領域であり、それを改変するのは神への冒涜という考え方だ。

 あるいは上空におけるインパクト物資の散布や海水の攪拌の環境への影響を心配する人もいる。それにもし台風が日本列島に近づかなくなれば、日本では深刻な水不足が起き、農作物に悪影響が出る恐れもある。

 ただしそれは医学でもあるいは軍事産業でも同じこと。技術があるからこそ、何が正しくて何が間違いかを判断することができる。その意味でも、TRCが台風の制御から利用、そして社会実装まで、台風のすべてを1カ所で研究するのは非常に意味があることだ。タイフーンショット計画からどのような成果が生まれてくるのか、2050年には本当に台風が克服されるのか、興味は尽きない。