21世紀はロボットの時代といわれており、近年医療や介護の現場ではロボットが活躍している。手術においては術者をサポートする手術支援ロボットが用いられる。世界市場規模は2021年の64億ドルから26年の144億ドルへの増加が見込まれている。日本でも開発が進み国産品の普及も始まっている。その最前線を追う。文=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より)
宗藤康治 メディカロイド社長のプロフィール
手術支援ロボットダビンチ術者の手技を完全再現
がんの手術療法は、病変を丸ごと取り去ることができるため有効だ。
代表的な腹部の手術方法は3つあり、1つ目はお腹を切り開いてがん腫瘍を取り出す方法で、一般的には開腹術と呼ばれている。2つ目は内視鏡を用いて胃や大腸にある早期の腫瘍を切除する内視鏡治療という方法。3つ目は腹部の壁に5~12ミリメートルの穴を4~5カ所あけてそこから内視鏡を入れ、胃、大腸などにある腫瘍を切除する方法で、腹腔鏡手術と呼ばれる。腹腔鏡手術は腹腔鏡という内視鏡の一種を用いて腹腔内をモニターで見ながら行う。これは開腹術に比べて傷が小さく手術中の出血量も少ないため低侵襲手術とも呼ばれている。
しかしこの手術は、小さな穴を支点として器具を動かすため、動かしたい方と反対に操作しなければならず難易度が高い。日本内視鏡外科学会では、腹腔鏡手術の普及と進歩を目的に、2005年から技術認定医療制度を導入しているほどだ。この制度は、合格率20%前後と低く、外科医の研修を行う北里大学医学部外科の腹腔鏡手術の教室では、現在13名の技術認定取得者が指導に当たり技術の継承と向上に努めている。
そんな腹腔鏡手術のハードルを一気に下げたのは、1999年にアメリカのインテュイティブサージカル社が開発した手術支援ロボット「ダビンチ」だ。これは腹腔鏡手術や胸腔鏡手術に特化したロボットで、本体には手術を行うための3本のアームがある。それらは6つの軸で構成されているため、人間の腕のように自由な動きが可能だ。操作台には内視鏡や鉗子を操作するハンドルが設置されており、術者は操作台の3Dモニターに映し出される内視鏡の映像を見ながら遠隔で手術を行う。
簡単になったのはその手術のやり方だ。指の動きがコンピューターを通してロボットに忠実に伝わり手術器具が連動する仕組みになっているため、お腹の中に直接手を入れる感覚で手術ができる。
ダビンチは2022年末時点で世界で7500台以上が導入され、09年に日本で認証が取れて以来400台が導入されている。12年に日本で初めて前立腺がんの手術を対象に保険適用されており、今では泌尿器科、消化器科、婦人科、呼吸器科、耳鼻咽喉科、心臓血管外科の手術ができる。
19年にはダビンチの特許が切れ、多くの企業が手術支援ロボットの開発に参入し競争が加速した。例えば、心臓ペースメーカーを中心に医療機器の開発・製造・販売を行っているメドトロニックは、22年12月からHugo(ヒューゴ)という手術支援ロボットの販売を開始している。アームが独立した設計になっているため、症例や患者の位置に応じて手術室内の適切な位置にアームを配置できることが特徴だ。術者は3Dグラスをつけて3Dモニターに映し出された内視鏡の映像を見ながら手術を行う。
また日本では今年5月に、ロボットの開発・販売を行う大学発ベンチャー、リバーフィールドが手術支援ロボットSaroa(サロア)の製造販売承認を取得した。世界初の「力覚」を再現する技術が盛り込まれており、鉗子で物をつかんだ感触が医師の指先に伝わる。これまではカメラ映像から得られる視覚情報のみに依存していたが、触感が加わったことで力を制御できるようになり安全性と精度の向上が期待されている。
医師に寄り添って進化する国産ロボhinotori
20年12月には、川崎重工業とシスメックスの共同出資で設立したメディカロイドが販売を開始した手術支援ロボット「hinotori」が、国内で初めて承認を受けた量産型の手術支援ロボットとして注目を集めた。現時点で36の施設に導入されており、症例数は2千を超える。
hinotoriは4つのアームから構成されており、それぞれが8つの軸を持つため人間の腕のようななめらかな動きを再現できる。さらに、左右への動きを制御することでアーム同士や助手の操作との干渉を避ける特徴がある。操作台のコントローラーに親指と中指を差し込みつかむ動作をするだけで鉗子が対象物をつかむこの操作性は、ダビンチとほぼ同じで手術支援ロボットのスタンダードになりつつある。
同社は開発を始めてから約5年かけて外科医へのヒアリングと試作機の開発を繰り返し、日本の外科医にとって最適なロボットを開発した。
川崎重工業は産業用ロボットの開発で培った技術力・品質力を提供し、シスメックスは医療業界で培った医療機器のノウハウを持ち寄り一丸となって開発を進めてきた。しかし両社とも外科領域での知見を持ち合わせていなかったため、メディカロイド社長の宗藤康治氏はヒアリングした医師の意見をロボットの機能に反映する部分で苦戦を強いられたと語る。
「使用感を医師に評価してもらうとどうしても、〝もっと軽くならないか〟などの感覚的な意見を頂くことが多い。医師の言葉を受け取って数値化することが一番難しかった」
宗藤氏自身も川崎重工業出身で、在籍中は産業用ロボット分野でハードウエアの開発をしていた。当時のメディカロイドの社長に、hinotoriの開発を加速させるために手伝ってほしいと声を掛けられたのが入社したきっかけだ。宗藤氏が開発のリーダーとなり統制を図ったことで、その後の2年間で開発が進み、20年の承認取得に至った。
現段階では泌尿器科、消化器科、婦人科で保険適用化されており、今後は呼吸器科、耳鼻咽喉科などへの拡大を図っている。また、手術中のデータをクラウドに蓄積する機能を搭載しており、ネットワークでのサービスサポートを行っている。今後はそれを熟練医者の技術を若手医師に継承するためのツールとして活用する計画だ。最終的にはデータを活用した手術の自動化を視野に入れ、縫合など定型の手技を半自動化することで、医師が専門的な作業に集中できる環境を提供することを目指している。
手術支援ロボットを使って手術のデメリットを抑えることで、手術療法の効果を最大限享受できるようになるだろう。