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副作用を薬で緩和しより効果的な抗がん剤治療を 荒井好裕 ソレイジア・ファーマ

荒井好裕 ソレイジア・ファーマ

抗がん剤を用いたがんの治療は患者を苦しめるさまざまな副作用をもたらす場合がある。しかし副作用の緩和薬を処方される患者の割合は少なく、副作用が原因で抗がん剤の中断を望む人も少なくない。最良の治療を提供するには副作用緩和のケアが不可欠だ。文=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年11月号 巻頭特集「ベンチャーが導く『がん治療』革命」より)

荒井好裕 ソレイジア・ファーマ社長のプロフィール

荒井好裕 ソレイジア・ファーマ
荒井好裕 ソレイジア・ファーマ社長
あらい・よしひろ 1985年東京薬科大学大学院薬学修士修了、同年サール薬品(現ファイザー)入社。94年アムジェン入社、開発本部臨床開発部長を経験し、2007年ジャパンブリッジ(現ソレイジア・ファーマ)に入社、ジェネラルマネージャー兼開発本部長を経て13年に現職。

副作用の苦痛を訴えても特化した薬は処方されない

抗がん剤の副作用一覧

 抗がん剤は転移を含め全身のがん細胞を攻撃する薬で、ステージが進んで手術ができない患者や転移が見られる場合に使うことが多い。

 例えば大腸がんの治療では、ステージ2、3の段階で病変部分を含む大腸と、転移の可能性のある範囲のリンパ節を切除し、切除したリンパ節にがんの転移があると診断された場合は、再発予防のため抗がん剤治療を勧める。また、大腸の病変部分の切除が難しく、肝臓や肺への転移が見られるステージ4の場合も抗がん剤治療を勧める。

 抗がん剤は血液を通して全身を巡るため、転移したがん細胞を攻撃できるメリットがある一方で、正常な細胞を同時に攻撃するという特徴もある。そのため下痢・脱毛・倦怠感・しびれ感・吐き気などの重篤な副作用や、肝臓、腎臓、造血器官などの臓器障害を来す場合がある。

 これは抗がん剤治療を受けたうちの約9割が実際に経験しており、そのうちの36・9%が副作用の辛さを理由に抗がん剤治療の中止を考えたことがあると回答している。そしてそのほとんどが、主治医に対して副作用軽減の相談をしたにもかかわらず、抗がん剤の副作用を軽減するための薬を処方された患者は54・0%にすぎない。あまりにつらい副作用が続くと、治療効果減弱を覚悟のうえで抗がん剤の投与量を減量、あるいは投与を中断・中止するケースもある(QLife「抗がん剤の副作用とその軽減方法」に関する調査より)。

 がん治療に伴う痛みや副作用などを緩和し、がん患者のケアを中心とした医療を支持療法と呼ぶ。これまでも発熱には解熱剤、下痢には止瀉薬などの対症療法的な薬はあった。しかし、抗がん剤の副作用には個人差があり、併用できない薬もあるため、効果的ながん治療を進めるにはがん領域に専門性を持つ薬が必要だ。その分野を中心に薬を開発しているバイオベンチャーがソレイジア・ファーマだ。社長の荒井好裕氏によると、支持療法の研究開発を治療法と並行して進めるべきだという考え方が認識され始めたのはつい最近のことだという。

 それでも、海外の医療現場の傾向に比べると、日本ではがんサポーティブケアに対する関心は高く、「国内の医療現場では、がん治療のみならず細やかながんサポーティブケアを目指しており、業界の動向をみると海外企業より国内企業の方がより積極的にがん支持療法の開発に取り組む傾向がある」と分析する。

 例えば、小野薬品工業は「がんに伴う栄養不良」を改善する薬、大鵬薬品工業は抗がん剤の副作用による消化器症状(悪心、嘔吐)の薬、協和キリンは「白血球減少」を改善する薬を開発、販売している。

がん領域に挑戦するバイオベンチャーの底力

 ソレイジア・ファーマは、患者の生活の質(Quality of Life: QOL)改善に貢献する薬を開発しており、2製品の販売を開始している。1つ目は、最も苦痛を感じるといわれる副作用である悪心・嘔吐に対して制吐作用を示す薬Sancusoだ。これは経皮吸収型の製剤で、体に貼ると5日間にわたって安定的に制吐作用をもたらす。抗がん剤の投与中は悪心・嘔吐が原因で薬剤の内服が困難になるため、経皮投与できる薬は特に有用だ。2つ目はがん治療に伴う口内炎の痛みに対して緩和作用を示すエピシル。これは非吸収性の液状の医療機器で、口腔粘膜に適用すると数分以内に口腔内の炎症による疼痛を緩和する。
 そして同社初の抗がん剤となるダルビアスは2022年6月に厚労省の新薬承認を取得し、同年8月に販売を開始している。これは、国内で3千~4千人の患者がいる希少血液がんの一種である末梢性T細胞リンパ腫を対象とする薬で、既存の抗がん剤とは異なる作用機序を持つため導入への期待が大きい。

 さらに、動物実験などを行う非臨床開発段階の薬もある。これは抗がん剤治療の副作用である末梢神経障害の発症を予防することが期待される。実はこの薬は20年にフェーズ3の臨床試験を複数の国で同時に実施する国際共同試験を行っている。その結果は芳しくなかったものの、新たな条件を設定し、動物実験にあたる非臨床試験から再検討することになった。新薬の開発成功率は約3万分の1ともいわれており、荒井社長もそのことを痛切に感じている。

 「医薬品の開発は多大なお金や時間を費やしたとしても失敗する可能性のほうが高い。振り出しに戻った分は他の開発品で穴埋めをしなければならないので、とにかくパイプラインの層を厚くすることが大事です」

 パイプラインとはその企業が開発している新薬候補のことで、基礎研究・非臨床試験・臨床試験・申請・承認のいずれかのフェーズにある化合物が該当する。販売中の製品はその販売収益で会社業績を支えるが、特許切れ後に他社からジェネリック医薬品が販売され収益が落ちる場合がある。その補完として新たな新薬候補を導入することが会社を経営する上では重要だ。ソレイジア・ファーマにとってその一つに該当するのが末梢神経障害予防薬だ。限られた資金で新しい化合物を導入し、新たなパイプラインを作ることが直近の課題だという。

 一方で、バイオベンチャーががん領域の薬を開発することについて、荒井氏は前向きな考えを示した。

 「がんの薬の開発は確かに難しいが、臨床開発段階の最終試験である第3相試験の実施前であっても、第2相試験の結果が申請要件を満たせば承認申請ができる場合もあります。臨床試験の最終段階まで終えていないと申請できない高血圧などの生活習慣病の薬と比べると、バイオベンチャーが参入する余地がある」

 また、がん種や患者の特徴・性質が予後に大きく影響するため、循環器系などの臨床試験に比べて、がん種を特定した小規模な試験を行う場合が多い。

 「何十億~何百億円のお金と何十年もの年月が必要な先行投資の事業なのでビジネス面ではネガティブな要素が多いように見えますが、人の生死に関する仕事には大きな意義があるし、誰かがやるしかない」

 バイオベンチャーががん治療に革命を起こす時は迫っている。