経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

かんぽ生命再生のミッション。鍵となるのは“郵便局ブランド” 谷垣邦夫 かんぽ生命保険

谷垣邦夫 かんぽ生命

今年6月、日本郵政グループのかんぽ生命保険社長に谷垣邦夫氏が就任した。これまで郵政グループの4事業、日本郵政、かんぽ生命、日本郵便、ゆうちょ銀行のそれぞれで重要な役職を経験、2014年の郵政グループ中期経営計画の策定や15年の株式上場にも携わってきた谷垣氏。かんぽ生命にどんな変化をもたらすのか。聞き手=萩原梨湖 Photo =横溝 敦(雑誌『経済界』2023年12月号より)

谷垣邦夫 かんぽ生命保険社長のプロフィール

谷垣邦夫 かんぽ生命
谷垣邦夫 かんぽ生命保険社長
たにがき・くにお 1984年東京大学卒業後、郵政省(現総務省)入省、2013年日本郵政専務執行役、16年かんぽ生命保険執行役副社長などを経て21年11月ゆうちょ銀行執行役副社長。23年6月より現職。

民営化や株式上場を経験し、各社の強みを熟知

―― 谷垣さんはかんぽ生命の社長に就任する直前、2021年から2年間ゆうちょ銀行の副社長を務めていました。銀行と保険は同じ金融業界とはいえ事業領域が異なりますが、感触はいかがですか。

谷垣 16年に半年間かんぽ生命で副社長を経験した後、21年から2年弱の間ゆうちょ銀行の副社長に就いていました。生命保険業と異なる銀行業で新たな知識を得たことはとても良い経験でした。ただ、銀行と保険ではお客さまからお預かりした資産を運用する期間に違いがあります。また、かんぽ生命はゆうちょ銀行に比べて営業の比重が高い会社なので、特にそういった部分を意識して仕事をしなければいけません。

 一方で、半年間のかんぽ生命での経験があるので、全く知らない会社に来たという感じは一切ありません。また、私は持ち株会社の経験が長いため、各社の概要はある程度分かっているつもりです。しかし事業環境に大きな変化を感じるのでキャッチアップしていく必要があります。

―― 谷垣さんは06年から16年までの約10年間、準備会社を含め持ち株会社の日本郵政に勤めています。07年の郵政民営化や15年の株式上場はそこで担当されたんですね。

谷垣 民営化後の持ち株会社となる準備企画会社として、06年に日本郵が設立されて以降は、主に経営企画部門として郵政グループの制度設計に携わっていました。特に、中期経営計画では、郵便局ネットワークをプラットフォームとした郵便、銀行、保険の主要3事業の経営基盤の強化プランを定めました。また、3事業のサービスが一体となってお客さまの生活を最後までサポートするというコンセプトを打ち出しました。これは現在まで続く郵政グループの大きな強みの一つで、各地域で大きな信頼感、安心感を得ることにつながっています。

 そして、郵政グループは、「お客さまとともにあるべき」の信念に基づきステークホルダーの意見を積極的に取り入れられるよう、15年に株式上場しました。当時私は日本郵政の専務執行役で株式上場担当で、日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社の上場スキーム(上場の順番や比率など)に関する財務省との調整を経て、15年の11月に東京証券取引所に3社同時上場を果たしました。法律の定めに沿った上場でしたが、郵政グループにとって重要な決断だったので当時のことは今でも印象に残っています。

―― 現在日本郵便の社長で前かんぽ生命社長の千田哲也氏とは、そのころから苦楽を共にしてきた同僚だそうですね。

谷垣 彼とは1984年の入省同期で約40年の付き合いになります。現在は週に1回かんぽ生命と日本郵便で、社長会合と称して密な情報交換を行っています。社外の会食でも会社の方針について話し合ったり、お互いに意見をぶつけ合ったりしています。彼からかんぽ生命の社長を引き継いでいますが、改革は自分の目で見て、自分が納得できる方法で行っていくつもりです。多分彼とはこれからも大いに議論を重ねることになると思います。

―― 谷垣さんから見て現在のかんぽ生命にはどのような課題がありますか。

谷垣 一番大きい課題は営業がなかなか回復しないことです。2019年の不適正募集問題に加え、コロナ禍も重なり会社全体の雰囲気がまだ沈滞しているように感じます。社員のモチベーションを回復し、業績を右肩上がりにしていくために、会社全体の方向性を示していくことが私の役割だと認識しています。

 組織風土改革は、一人一人が少しずつ意識を変えていくことで進展していくものです。特に一緒に働く仲間に対するリスペクトの気持ちは大切です。お客さまだけでなく、相手が職場の仲間や部下であれ良質なコミュニケーションをとるにはまず信頼関係の構築が不可欠であり、社員相互間で相手を認め合いながら対話する機会を、これまで以上につくっていきたいです。

―― 今まではどのような取り組みでコミュニケーションの強化を図ってきたのですか。

谷垣 私個人の経験で言えば、フロントラインの皆さんとのコミュニケーション改革の取り組みは、03年の日本郵政公社発足時が最初ではないかと思います。郵政事業庁が03年に日本郵政公社となったとき、本社と全国の社員が直接対話をして良い公社を創るために何をすべきかフロントラインの生の声を集めようということで、当時の総裁である生田正治氏の下で、本社に「日本郵政公社スタートアップ委員会」を設置しました。この委員会は地方のすべての組織にも設置し、それぞれの持ち場で、公社になって郵便局が良くなったと言ってもらえるよう「現場からの改革」をやろうという運動です。この取り組みは、私自身が1989年に29歳で郵便局長になって、フロントラインの皆さんと毎日のように激論を交わし、大雪などの苦難を乗り切った経験が生きています。まさに「事件は現場で起こっている」を地で行くような日々でした。

 かんぽ生命社長に就任してからは、さっそく、フロントライン社員と対話を行っており、さらにコロナ禍で休止になっていた対面での社内の表彰式典を、5年ぶりに再開しました。これは現場で活躍した社員を表彰するイベントで、現場の社員と直接意見を交わすことができる貴重な機会でもあります。今年は法人部門やリテール部門、全体事業部門などすでに3回実施しており、企業経営において、現場社員と直接対話することがいかに大切かということを再確認できました。コロナ禍でDXやリモートでの働き方が促進されましたが、一方で人と人とのつながりの中で信頼を築いていくという面も大切にするべきだと思います。

かんぽ独自の切り口で超高齢化社会を支える

谷垣邦夫 かんぽ生命
谷垣邦夫 かんぽ生命

―― 近年、少子高齢化や人口減少などが問題になっています。保険商品はこういった問題に大きく左右されそうです。

谷垣 現在かんぽ生命は、国民の6人に1人の割合に相当する、約2千万人のお客さまにご利用いただいていますが、郵政グループ全体で言えば、ゆうちょ銀行も郵便事業も日本のほとんどの方にご利用いただいています。これだけ日本の隅々まで行き届いた事業基盤を持っている郵政グループは、日本の将来に向けて大きな責任があります。

 現在の社会が直面している超高齢社会の進行に伴い、認知症患者の増加、相続トラブルの増加など、さまざまな社会課題が顕在化してきており、同時に終活・相続領域に関わるサービスのニーズが高まっています。このような状況で、生命保険サービスの中心である保障にとどまらない新たなサービスが必要だと考え、当社では暮らしや介護に関する困りごとに寄り添う「くらしと介護サポート」の提供を開始しました。当社の経営理念「いつでもそばにいる。どこにいても支える。すべての人生を、守り続けたい。」という言葉には創業当時からの変わらぬ思いと未来に向けた決意が込められています。その使命を受け継ぎ「お客さまから信頼され、選ばれ続けることで、お客さまの人生を保険の力でお守りする」という当社の社会的使命を果たしていきます。

―― 16年の簡易生命保険事業の創業から100年以上、国民の生活に寄り添ってきたということですね。

谷垣 その通りです。当社は生命保険事業を営む企業として、サステナビリティの面からも相応の取り組みが求められます。例えばカーボンニュートラルの実現に向けて、温室効果ガスの削減目標を掲げ計測や管理を行っていますが、そういった一般的な取り組みにとどまらず、ラジオ体操のようなかんぽ生命独自の切り口を大事にしながら社会に貢献していきたいと考えています。

 ちなみに、ラジオ体操は、かんぽ生命の前身である逓信省簡易保険局が28年に制定したものですが、以来90年以上にわたり、「いつでも、どこでも、誰でも」気軽にできる体操として多くの方々に愛され、親しまれています。人生100年時代において、国民の皆さまの健康づくりや地域コミュニティの活性化などに役立てていただくため、現在もラジオ体操のさまざまなイベントを開催し普及促進に努めています。今年8月には横浜で、夏の恒例行事である「1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭」をNHKと全国ラジオ体操連盟とかんぽ生命の3社で開催し、私も主催者代表として参加しました。

 郵政グループは、長い歴史の中で、公共性の高い事業グループとして、人が生まれる前から亡くなった後までトータルで人生に寄り添い、それぞれの節目で必要な金融、物流などのサービスをご提供するという事業コンセプトを一貫して維持してきました。かんぽ生命としても、常に反省と改革を怠らず、良い商品とサービスを提供してお客さまに喜ばれ、末永く社会に貢献し続けていく存在でありたいです。