経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「3年以内の打診は覚悟していた」マネックスグループ初のCEO交代 清明祐子 マネックスグループ

清明祐子 マネックスグループ

1999年の創業からマネックスグループを牽引してきた松本大氏がCEOを後任に託した。新たなCEOは、2009年のグループ入社以来、子会社の社長やグループCFOなどを歴任してきた清明祐子氏。証券の口座数伸び悩みや暗号資産事業が苦戦する中でグループの今後はどうなるのか。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年12月号より)

清明祐子 マネックスグループ社長CEOのプロフィール

清明祐子 マネックスグループ
清明祐子 マネックスグループ社長CEO
せいめい・ゆうこ 2001年、京都大学経済学部卒業後、三和銀行(現 三菱UFJ銀行)入行。06年12月、MKSパートナーズ。09年2月、マネックス・ハンブレクト(17年マネックス証券と統合)に入社し、11年に同社社長に就任。19年4月、マネックス証券社長。20年1月マネックスグループ代表執行役COO、21年1月よりCFO兼務。22年4月取締役兼代表執行役 Co-CEO兼CFO。23年6月からマネックスグループ社長CEO。

前任者との比較に意味はない。みんなで成果を上げる組織に

―― 2022年4月にCo-CEOに就任し、今年の6月に単独CEOになりました。いずれは清明さんがという見方が多かったですが、それでもあっという間で驚きました。

清明 私も早いな! とは思いました(笑)。ただ想像も想定もしてなかったわけではなく、Co-CEOを引き受ける段階で松本(大・現会長)は3年以内にCEO交代を打診してくるだろうと覚悟していました。

―― CEOが交代しても、マネックスといえば松本大さんというイメージを持つ人が多いです。創業者の後は大変じゃないですか。

清明 実は周囲の方が心配するほど意識していません。19年4月に事業会社・マネックス証券の社長を松本から引き継いだのですが、マネックス証券はグループの祖業ですので、そのインパクトの方が私の中では大きかったんです。その時から、「松本大のマネックスから私たちのマネックスをつくる」と打ち出し、今は「(お客さまも社員も含めた)みんなのマネックス」と伝えるようにしています。その意識はある程度浸透してきたと感じていますので、いよいよグループの未来に向けて変化していく段階になった。そのわくわくの方がはるかに大きいです。

 組織というのはポストを後任に引き継いでいきます。その時、前任者が優秀だったり目立つ人だったりすると後任者がプレッシャーに感じるのってよくある話ですよね。でも、私はそれって全く意味がないと思うんです。せっかく人が代わるわけですから、むしろ個性を生かしてゼロから組織をつくればいいのに、みんな比較、比較、比較……。私と松本でも、例えば年齢の差は絶対追い越せないですし、経験も性格も得意分野も、すべてが違う。松本と同じようにやろうと思ってもできないのが当然です。特に創業者の影響はすごく大きいので創業者は創業者、経営者は経営者。後を引き継ぐ経営者が創業者になれないのは当たり前です。

軍隊式でも恐怖政治でもない。グループ会社の多様性が武器

清明祐子 マネックスグループ2

―― そうした時に経営者のいちばんの役割は何でしょうか。

清明 経営スタイルもリーダーシップも正解はありません。「これが絶対に正しい」というのが明らかならば経営者はいらないんです。経営者は意思決定の正しさを追求する意味はあまりなくて、ある程度の情報を集めたらパッパッと動く。違うと思ったら修正する。責任も持つ。これが役割です。もちろん、マネックスグループは上場会社なので経営の評価は株価でなされると思っています。株価を上げ、業績を上げ、給料を払い、ステークホルダーの皆さまにそれぞれ利益を還元しなければなりません。要するに数字を上げなければいけないわけです。

 では、いかに数字を上げるかというと、組織は人の集まりなので、多様なグループ会社の多様な社員みんなが生き生きわくわく働いていなければ数字なんて上がらない。だからこそ、「みんなのマネックス」にしていくのです。まず私が生き生きわくわく仕事をして、そこにみんなが乗っかって、これやりたい、あれやりたいって自然と思ってくれる組織になれば、すごく強いグループになるはずです。

―― 個性を大事にする空気はグループ全体からも感じます。M&Aした企業の社名やロゴを変更して統一感を出す会社もありますが、マネックスは個性を残している印象です。

清明 マネックスグループもM&Aは成長の源泉にしています。ですが、暗号資産やNFT事業を手掛けるコインチェック、米国を拠点にした証券会社であるトレードステーション、教育事業を手掛けるヴィリングなど、すべて会社名はそのままですし、強制的に本社を移転させたりもしません。もちろん、社名やコーポレートカラーで統一感があるのもブランドの価値としては魅力的ですが、マネックスグループは多様性が強みです。形式ばかり統一しても、そこで働く人のマインドセットまで支配することはできません。そうではなく、私たちのグループはどこに向かうのか、企業理念で言えば「個人の自己実現を可能にし、その生涯バランスシートを最良化することを目指す」という言葉がありますが、そうしたゴールを共有することが重要です。

 マネックスグループは、グループ会社それぞれの個性が生み出す遠心力と、企業理念に集約された共通のゴールが生み出す求心力をうまくバランスさせながら、全体のポートフォリオを築いて継続性を保つ。そういう経営です。だから軍隊式ではないし、恐怖政治でもありません。

―― CEOとして、グループの課題をどう見ていますか。

清明 生産性、効率性はまだまだ追求できるはずです。私たちはマネックス証券の創業から25年間、一生懸命チャレンジを続けてきた会社です。グローバル化や暗号資産事業への挑戦など、とにかく、やる、やる、やる! で走り続けてきました。これは素朴にすごいことだと思います。けれど子会社も増え、社員もグローバルで1500人になり、株主には海外の個人投資家の方もいる。どうしても今までと同じようなスピード感でこの大きくなった組織を動かしていくには難しい部分も出てきました。組織が膨らんだ分、一人一人がやることは多くなった一方で、M&Aの結果、実はグループ内で同じような役割を果たしている組織・機能もある。ステージが変わったからこそ、分散している力をもっとギュッと効率的に集約して使っていく。これが直面する課題です。

 ただ、これまで成長してきたペースもできるだけ落としたくありません。どこに力を入れるのか。止められる部分はどこか。フラットに整理する必要があります。

―― 事業別に見ればコインチェックが苦戦しています。23年3月期決算では、グループ全体の連結税引前利益が47億円でしたが、コインチェックが中心のクリプトアセットセグメント単体の収支は8億7600万円の赤字です。どう立て直しますか。

清明 コインチェックは今でこそ「冬の時代だ、大変だ」と言われていますが、21年はすごい稼ぎ頭でした。当時は今ほどマネックス証券が順調ではなく、アメリカ市場もそこまで良くはなかった。その分、コインチェックがグループを支えました。たしかに、足元ではクリプトのマーケットが全体的に良くないので、コインチェックも一生懸命次の手を仕込んでいる段階です。今はアメリカと日本の市場が絶好調なので、ポートフォリオとしてはバランスしている。 グループ経営は資産運用と似ているところがあって、ポートフォリオが大切です。全体のバランスが取れていれば、個別の要因だけを見て慌てる必要はない。コインチェックについても、短期志向ではなく長期目線で考え、虎視眈々と、マーケットが来るのを待っている。打ち出していける手数を増やしている状況なので、私はあんまり不安視もしていないです。

 マネックスは25年の歴史を重ねてきました。今の時代、10年という月日が流れるだけで隔世の感があります。だからこそ、やっぱり時代の変化に合わせて挑戦していかないといけない。リスクを取っていかないと、会社は継続しないんです。大前提としてリスクを取るにはグループ全体で稼いでいないと不可能です。だからこそ、ビジネスポートフォリオが重要で、それを構築してきました。

NTTドコモと資本提携。口座数も預かり資産も倍増へ

―― 10月4日、ドコモと資本業務提携を発表しました。来年1月4日以降、事業会社のマネックス証券はドコモの子会社となります。今回の提携の狙いはどこにありますか。

清明 これまで独立資本でやってきたことは当社の特徴の1つですし、だからこそユニークなサービスも育ちました。ただ、証券事業の中長期的な成長を考えた時に、より大きな顧客基盤、事業基盤を持つ企業との提携が必要な局面になりました。通常の業務提携では難しいですが、資本提携をしてドコモの子会社となれば、約9600万人という「dポイントクラブ」会員へのアクセスも可能になります。それが今回の提携の狙いです。具体的な取り組みはこれから発表していきますが、来年から新NISAが始まりますので、投資初心者向けの資産形成サービスを強化するなどして、現在のマネックス証券が持つ220万の口座数と、7兆円の預かり資産を、3~4年後をめどにそれぞれ500万口座、15兆円規模に増やせると期待しています。

―― 前述の事業バランスの話と合わせると、証券事業に限界が見えたからポートフォリオ的に重要度が下がったということでしょうか。

清明 それは違います。シンプルに、マネックス証券の成長のためにベストな打ち手を考えた結果です。今後も、マネックスグループとしてマネックス証券株式の51%を保有しますし、社名も変わりません。社長も引き続き私が務めます。お客さまには従来通りのサービスに加えて、ドコモとの提携を生かしたより質の高い体験を提供します。今後も、マネックス証券の成長にコミットする姿勢に変わりはありません。