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本社改革で支社頼り脱却。日本郵便の一体感を強化 千田哲也 日本郵便

千田哲也 日本郵便

今年6月、日本郵政グループの日本郵便社長に千田哲也氏が就任した。千田氏はかんぽ生命保険前社長。2019年かんぽ不適正募集問題からの再生に奔走する中の社長交代となる。また、10月にはヤマトHDと物流サービスの提携業務が開始したばかりだ。千田氏はどうかじを取るのか。聞き手=萩原梨湖 Photo =横溝 敦(雑誌『経済界』2023年12月号より)

千田哲也 日本郵便社長のプロフィール

千田哲也 日本郵便
千田哲也 日本郵便社長
せんだ・てつや 香川県出身。東京大学を卒業後1984年に郵政省(現総務省)入省。日本郵政常務執行役などを経て、2020年1月からかんぽ生命保険社長を務める。23年6月より現職。

かんぽ時代から変わらない「答えは郵便局にある」

―― 千田さんは、2019年のかんぽ生命不適正募集問題で退任したトップの後任として、20年からかんぽ生命の社長を務めていました。顧客が不利益を被る保険乗り換え契約や保険料の二重支払いなど、法令や社内ルールに違反した契約が約3千件確認された不祥事です。今回、突然日本郵便の社長を任じられたことについてはどう受け止めていますか。

千田 かんぽ社長の3年半は、不適正募集問題から何とか立ち上がって再生し、持続的に成長していかなければいけない状況でした。かんぽ生命で営業している社員が、元気を取り戻してお客さまのために主体的に動けるようにするための改革が、ようやく軌道に乗りつつあるタイミングでした。やっと前進できる、そう思った矢先の社長退任だったので、今やめて本当に大丈夫なのかという思いがあったというのが本音です。

 その後手続きや後任選考が進む中で、きちんと引き継げるという確信が生まれかんぽ生命の社長を退き、日本郵便の社長として何をするべきかという思考にシフトチェンジしました。日本郵便は35万人を超える社員を抱えています。改革すべき本丸の社長になるからには全力でやりきるしかありません。

―― 千田さんが今まで務めてきたかんぽ生命とは全く異なる郵便局が中心の業務ですが、問題はないですか。

千田 郵政グループには、日本郵便、かんぽ生命、ゆうちょ銀行とそれぞれありますが、いずれも郵便局がお客さまとの接点というところは同じなので今回初めて郵便局に関わるわけではありません。また、お客さま側から見ても、かんぽ生命の保険というよりは郵便局の保険だと認識している方が多いはずです。

―― ということは、かんぽ生命での経験は日本郵便でも生かせるということですね。

千田 その通りです。かんぽ生命は、営業活動をするフロントラインの社員のモチベーションを上げることや課題点を見つけることが最重要課題でした。さまざまな課題のソリューションはすべて現場、つまり郵便局にあるという信条のもと、週に1回は郵便局に出向き社員と対話する活動を続けていました。それは日本郵便も同じです。所帯が大きいためすべての社員と対話するのは簡単ではありませんが、「現場の意見を聞いてそこから変えていく」というプロセスは変わりません。

―― 日本郵便の社長に就任してから、現時点で見えてきた課題はありますか。

千田 フロントラインである全国の郵便局や全国に13社ある支社と、われわれ本社との間の意識の統一が図れていないことです。支社の役割はエリアごとに地域の郵便局と密着しながら事業を推進することで、本来は本社と支社が一体となりフロントラインやお客さまのために動かないといけません。しかし蓋を開けてみると、本社側は目標を定めて実現するよう支社に伝えるだけ。本社が支社に頼りきりの状況が露見しました。目標を実現するためのやり方や出てきた課題に対して本社が最後まで向き合う姿勢が欠けていたので、まずそういった改革が必要だと思い、現在計画を立てているところです。

―― 社長就任時には社長メッセージとして今後の方針を語っています。

千田 当社を成長させるために実現したい3つのポイントを話しました。1つ目は数字でもって将来像を描くということです。23年度は郵政グループの中期経営計画の中間点で見直しの時期です。近年、DXや生活様式の変化により、当社で取り扱う手紙などの郵便物は減少しています。そのような状況下で、社員が自信をもって働くためにはわれわれも変化に対応していかなければなりません。定性的な将来像ではなく、成長に至る筋道を数字で表すことが不可欠です。

 2つ目は、これまで以上にお客さまに愛される会社になることです。物流業界には当社と同じように、お客さまのお荷物を預かって決められた日時に指定された場所にお届けするサービスを展開している企業がたくさんあります。その中で当社を選んでいただけるよう、お客さまからのフィードバックを基にサービス水準を改善していく。会社の経営としては当然のことですが、そこが弱いと感じているのでNPS(ネット・プロモーター・スコア)を用いて顧客ロイヤルティの向上を目指します。

 3つ目は社員の幸せをつくり上げ、それを会社の活力としてお客さまサービスに還元することです。商品やサービス、DXやシステム装置などの改革にも注力すべきですが、当社の一番の競争力は社員一人一人の力です。前向きかつ主体的に、お客さまのためを思って働いてもらうには、社員が幸せを感じられる職場にすることが大切です。そのための具体的なプロジェクトを立ち上げており、さまざまな改革を展開していきます。

社員との密な対話でヤマトとの協業も円滑に

千田哲也 日本郵便2

―― 社員全員が一つの方向を向いて動くためには、千田さんと社員間でのコミュニケーションがカギになります。

千田 その通りです。そこでまず、ポータルサイトで全社員が私に対して意見を発信できる仕組みを作りました。開始から10日ほどで400件を超える意見を頂きました。これは今後もずっと継続し、受け取った意見に対しては、把握して終わりにするのではなく課題としてリストアップし優先順位をつけて動いていくつもりです。組織風土改革の第一歩としても、トップの意思をもって一つ一つの課題解決に着手していきます。

 また社員に対して、私が考えていることや会社の方向性などを積極的に共有するようにしています。その主なツールは「社長通信」というもので、私と役員、時には郵便局の社員との対談をまとめたものです。これもポータルサイトで読めますが、1回の社長通信は約15ページと長いので、フロントラインの方にも読んでもらえるよう1~2ページの要約をつけています。これはかんぽ生命時代から続けていて、月に1~2号、3年間で61号まで発行しました。日本郵便に来てからの2カ月間では2号発行しています。

―― 社長通信の第2号では、10月から本格始動するヤマトグループとの物流サービスの協業について取り上げたそうですね。

千田 物流会社各社に強み弱みがある中で選択と集中をするための提携であることと、これが日本郵便の将来の成長には欠かせないことを、全従業員に知っていただく必要があります。物流業界全体では、トラックドライバーの拘束時間の短縮や、移動距離の制限が生じる「2024年問題」が大きな課題になっています。また、燃料などの資源を有効活用するとともにカーボンニュートラルにも注力することが求められています。

 そういった問題に対応しつつ、ヤマトさんはもともと得意だった車中心の配達を強化、当社は二輪中心の小回りが利く配達を強化していきます。具体的には、段ボール詰めされた大きい荷物の配達を得意としていたヤマトさんがそれに集中できるよう、ヤマトさんが預かった薄型小物の荷物の配達は当社が請け負うことになりました。荷物を預かる手数料をヤマトさんから頂くことでウィンウィンな提携となっていますが、一方で実際に業務を行うフロントラインの方からは、経営にプラスになるのか、オペレーションはできるのかとの不安の声も上がりました。その懸念を払拭してからでないと提携をスタートすることはできないので、社内通信第2号ではこのプロジェクトの課題や対策を明記しています。

 最も懸念されている現場のオペレーションは、ヤマトさんから引き受けた荷物分が増えても対応できるよう、人員を増やしたり、新たなシステムを導入し、業務時間内に配達が終えられるよう責任をもって体制を整えていきます。また、現時点で超過勤務が発生している郵便局に対しては本社の社員が出向いて直接課題を見つけて解決します。お客さま対応についても、さまざまな状況が想定されるためシミュレーションを繰り返し行い、ヤマト側ともスムーズに連携がとれるようになっています。

 こういったことを発信しているおかげで、フロントラインの懸念が徐々に払拭され、やれるんじゃないかという思いが徐々に広がっていることを実感しています。

―― 10月に提携業務が開始し、物流業界の労働時間規制が始まる24年も目前です。緊張感が高まりますね。

千田 日本郵便にとってこれは一つの壁に当たると思いますが、私には乗り越えられない壁はないという信念があります。これまでも失敗や挫折は何度も経験しましたが、それでもどうにか乗り越えてきました。かんぽ生命の不適正募集問題に対して全現場の陣頭指揮を執った時が最大の難関でしたが、その時頑張れたのもそれまでの経験が少しずつ力を貸してくれたからだと思います。私は郵政省が民営化した時、役人では味わえない成長を求めて実業の道に進む決断をしました。今後も社員やお客さま一人一人と向き合い、不屈の精神で挑んでいきたいです。