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日本半導体産業復活への羅針盤 黒田忠広 東京大学大学院

黒田忠広 東京大学

かつて日本半導体は世界トップのシェアを誇りながらも、その後、長らく低迷を続けてきた。しかし、ここに来て日本半導体復活の兆しが見えてきた。今、半導体産業で何が起きているのか。半導体産業のキーマンの一人である東京大学大学院の黒田忠広教授に話を聞いた。聞き手=佐藤元樹(雑誌『経済界』2023年12月号「日本半導体の行方特集」より)

黒田忠広 東京大学大学院工学系研究科教授のプロフィール

黒田忠広 東京大学
黒田忠広 東京大学大学院工学系研究科教授
くろだ・ただひろ 1982年東京大学工学部電気工学科卒業。工学博士。同年東芝入社。2002年慶應義塾大学教授。 19年東京大学教授、d.labセンター長、RaaS理事長、23年福岡半導体リスキリングセンター長。

米中摩擦によって分断された半導体産業

―― 昨今ニュース等で半導体関連のニュースを見ない日はありません。なぜ、今半導体がここまで注目されているのでしょうか。

黒田 さまざまな要因があります。1つ目は国際社会の安全保障の観点です。国際情勢を見ると、アメリカと中国の間でハイテク覇権争いが起きています。ことの発端は中国政府が「中国製造2025」と「国家情報法」という国策を発表したことです。これは中国が製造強国を目指して、今後重要になるIT、通信、AIなどを対象に政府の補助金を投入し、国内外から機微情報データを吸い上げるというものです。その国策にアメリカが反発して、「国家安全保障戦略」を発表しました。一方、半導体を作れる土地は極めて限定的な上に地政学リスクがあります。半導体がどこでも作れるものであれば、リスクは分散されるのですが、限られた地域に集中してしまっている。こうして世界が米中覇権争いを起点に分断してしまいました。すると各国は既存のサプライチェーンを再構築しないといけなくなり、アメリカを中心に急ピッチで進めています。中国はその勢いに押される形で国産化への技術育成を進めています。

 つまり、なぜ半導体が注目されているかというと、半導体は全世界における安全保障の観点から極めて重要な戦略物資になっているからです。

 2つ目は経済安全保障です。2019年から始まったコロナ禍を契機にリモートワークの普及などで半導体製品の需要が増えました。そんな時に世界中の半導体工場で次々と不幸な事故が起こり、一気に供給不足に陥ります。これにより操業停止状態となり、産業や人々の生活に甚大な影響を与えました。半導体は日常生活のあらゆる物に使われているため、同様のリスクは今後ますます高まります。例えば、通信技術産業で半導体の供給が止まると5兆ドルの損失が出ると試算されています。

 3つ目は地球環境の安全保障です。例えばこれからの時代はAIを用いたデータ連動型社会が到来します。特に最近の生成AIはすさまじい量の計算を行います。それに伴い大量の電力を消費することでCO2が排出されます。つまりこのまま進むと地球環境にさらに悪影響を与えかねません。

 皮肉な話ですが、今最も地球環境を脅かしている要因の一つが半導体によるエネルギー消費です。

―― かつて日本は半導体の世界シェアの過半数をとっていましたが、現在では1割程度に落ち込んでいます。その要因は何でしょうか。

黒田 まず1つ目は事業環境の変化です。日本が半導体のシェアを伸ばしていた頃に日米間で貿易摩擦が生じ、摩擦の解消を名目として1986年に日米半導体協定が結ばれ、結果として日本は足枷をかけられる形になってしまいました。これをきっかけに半導体メーカーの業績が右肩下がりになり、シェアも落ちていきました。

 2つ目は投資戦略です。日本の反省点はデジタル分野やファウンドリなどの新しいビジネスモデルへの投資が遅れてしまったことです。

 3つ目は産業政策。かつては日の丸半導体と言われ、全て国内生産の自前主義でやっていましたが、これはとても効率が悪かった。また日本政府も、今まで半導体を数ある産業のひとつとしか認識していなかったため、公金での投資を積極的に行ってきませんでした。そのため民間が大部分の投資を行っていましたが、半導体への投資は民間には負担が大きすぎる金額でした。
半導体に対する認識が変わり吹き始めた追い風

―― でもここにきて半導体投資が活発になってきました。

黒田 先述の理由で政府も認識を改め、公共投資すべき対象となり積極的に投資するようになるなど、産業政策の風向きが大きく変わってきました。

 事業環境も日米摩擦から米中摩擦に変わり、アメリカが日本に協力を求めて同盟関係となりました。また半導体は基本的に輸出産業なので、現在の円安も追い風となっています。

 この様に現在の半導体産業は巨大化かつ複雑化しているので、日本が単独で作るには限界があります。

―― 一方で日本の製造機器や素材メーカーは今も世界のトップを走っています。この差は何でしょうか。

黒田 日米半導体協定を契機に日本の半導体産業が右肩下がりになっていく中で、製造、素材メーカーは海外市場に出て行かざるを得ない状況になっていました。いち早く国際進出したことが彼らの強みを維持することにつながったとも言えます。海外では日本の製造、素材メーカーのクライアントごとのチューニング、きめ細かいホスピタリティなどの丁寧な仕事が評価されているのだと思います。また投資の観点では周辺産業というのは半導体製造より投資額の規模が小さいので民間だけでも投資を続けることができました。

 もはや半導体産業は一民間や、一国家ではできない産業です。今後はより強固な国際連携を続け、官民で投資をし続けることが競争から脱落しない必要条件です。

 半導体はものすごく黒字になる時期とものすごく赤字になる周期を繰り返していて、これを「シリコンサイクル」と呼ぶのですが、苦しい時期にも投資を続けなくてはいけません。しかも投資額は年々増えていきます。ただ世界の半導体産業は過去40年間、年間平均で10%近い成長をしていて、まもなく100兆円産業になり、現在は第3期成長期を迎えています。

―― 第1期と第2期の成長期はどういうシーンだったのでしょうか。

黒田 第1期は95年くらいまでですが、家電製品の普及がきっかけです。家電は民生品なので日本は強かった。日本の家電市場は世界から認められた大きな市場であり、また常にクオリティの高い製品を求められていました。これは要するに、物理空間を快適にすることができた時期です。

 第2期は95年に発売されたWindows95の発売を契機にパソコンが一般的に普及するようになり、それに伴いインターネットも普及していき、生活や仕事が便利になりました。その後スマートフォンの登場で、どこでもネットにつながることができる時代になりました。つまり、第1期が物理空間なら、第2期は仮想空間を便利にして持ち歩けるようになったということです。

 そして現在の第3期成長期は物理空間と仮想空間が高度に融合したサービスの展開です。例えば自動運転は物理空間の位置情報をセンサーで仮想空間に吸い上げ、仮想空間上に物理空間と同じ情報を組み上げ、高度な計算を行い、物理空間にフィードバックしていきます。その技術の核になっているのも半導体なので、今後ますます需要は増えていき各国、各企業が投資を進めています。

 ただ投資もがむしゃらにするのではなく、国際的に貢献できるユニークな分野に注力して投資をするべきだと思います。日本で言えば製造装置や材料が世界的にも求められているので、それに応え続けていくことが大事ではないでしょうか。