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日本初カジノに向けて一歩前進も大阪府を待ち受ける高いハードル

結びの庭_3 大阪IR株式会社提供

結びの庭_3 大阪IR株式会社提供
結びの庭_3 大阪IR株式会社提供

国内初のカジノを含む統合型リゾート施設(IR)を巡り、大阪府とIR事業者が9月28日、正式契約である「実施協定」を結んだ。協定には観光需要の回復などの条件が付けられ、「実現できない」と事業者が判断すれば撤退することができる。行く手に待ち構えるハードルは高い。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2023年12月号より)

開業は予定より1年遅れ初期投資額は2割増

 大阪IRを手がけるのは、米カジノ大手のMGMリゾーツ・インターナショナル日本法人とオリックスが中核株主となっている「大阪IR株式会社」だ。9月28日、会場予定地の夢洲を見下ろす大阪市住之江区の大阪府の庁舎に府、市や事業者のトップが集まり、調印式が行われた。

 出席した大阪府の吉村洋文知事は「大阪のベイエリアで世界最高水準のIRを実現したい。その一歩に向け、とても大きな節目となった」と述べた。

 開業の予定時期は、昨年秋に国へ申請された整備計画の中では「2029年秋~冬」となっていたが、今協定では「30年秋ごろ」へと、1年ほど先延ばしに。政府による整備計画の認定が遅れたことなどが考慮された。

 さらに、事業者による初期投資額も、建設資材価格の高騰などを受け、当初見積もりの1兆800億円から1兆2700億円へと上振れした。

 整備計画が国に申請されたのは、昨年4月。審査を経て、国が計画を認定したのは1年後の今年4月だった。今回の協定締結を受け、国内初のIR開業へ向けようやく具体的な歩みが進み始めることになる。

 大阪IRの全体像は以下の通りだ。

 施設はカジノのほか、国際会議や展示会といった「MICE(マイス)」、日本の伝統工芸や大阪・関西の食文化などを来場客に見たり楽しんでもらったりする「魅力増進施設」、フェリーターミナルや大規模バスターミナルのほか最先端技術を駆使して観光情報を提供する「送客施設」、最高級ホテルをはじめとする「宿泊施設」、ショーやイベントといったエンターテインメントのための「来訪・滞在寄与施設」がある。

 年間来訪者数の見込みは約2千万人で、国内からが約1400万人、国外からが約600万人を占める。年間売上高は約5200億円と見込んでいるが、このうち約8割の約4200億円がカジノ、約1千億円がカジノ以外で稼ぐと計算している。

 これらが本当に毎年実現すれば、関西経済への影響は大きい。開業後の近畿圏への経済波及効果は年およそ1兆1400億円、雇用創出効果は同9・3万人と見込まれる。

 ただ、大阪府・市は手放しで安心できるわけではない。事業者がみずからの判断で撤退を判断できる時期が、今回の協定で3年間、延長されたからだ。

インバウンドの回復次第で3年間は無条件撤退可能

 具体的には、事業者は次の前提条件のどれか一つでも満たされていないと判断した場合、撤退できる。

 「カジノに関して必要な法人税などの整備」「融資契約の締結や融資実行の合理的見込み」「IR用地の土壌に対する適切な措置」「新型コロナウイルス禍の収束と観光需要の回復」などの条件だ。

 仮契約にあたる基本協定では、国が整備計画を認定して30日後の段階で、契約を解除できるとしていた。それが今年7月、その期間は9月30日まで延長され、さらに今回締結された実施協定に3年間の延長が盛り込まれた。

 現時点で、前提条件に挙げられたようなことが実現するのか、事業会社が疑っているためだといえるだろう。それにしても「3年間」という、ここまで長い期間の延長を認める大阪府・市は、事業者にかなり甘い。IRは大阪府・市の行政を牛耳る地域政党「大阪維新の会」の目玉政策なだけに、事業会社に逃げられたくない大阪府・市が大幅に譲歩した結果だといえるだろう。言い換えれば、大阪府・市は「足元をみられた」ということになる。

 さらに今年4月の整備計画認定の際、国が大阪側へ求めた条件がある。大阪側は、その条件もクリアしなければならない。

 その条件とは次の7つ。

①カジノ施設やIR全体の建築物のデザインについて、計画の審査委員会の意見が適切に反映されたものとなるよう、今後の詳細な設計・建設で十分留意する。

②IR整備による効果の推計に関して、推計に用いる各種データの精緻化や、その推計値の実現に向けた取り組みを着実に実施する。国内来訪者が多数訪れる計画であることを踏まえて、特に外国人来訪客の増加に向けたプロモーションと集客の実施に取り組む。

③長期的に安定した運営を確保するため、IR全体の売り上げの約8割を占めることを想定するカジノ事業の収益を、十分に非カジノ事業へ投資する(後略)。

④IR用地の地盤沈下については、継続的に沈下量を計測などのモニタリングを実施し、想定以上の沈下が進行した場合などの対応について十分検討しておく(中略)。土壌汚染については、仮に今後新たな事象が判明した場合に備えて対応策を幅広に検討しておく。

⑤地域との十分な双方向の対話の場を設け、地域との良好な関係構築に継続的に努める。

⑥ギャンブル依存の防止対策に実効性を持って取り組む。ギャンブル依存が疑われる人の割合を調査し、その結果を踏まえ依存防止対策を定期的に検証して、大阪府・市とIR事業者が連携・協力して必要な措置を適切に講ずる。

⑦魅力増進施設を始めとする各施設のコンテンツなどについて日本らしさを求めるなどしている審査委員会の意見などを十分に踏まえ、必要な充実を図りつつ、整備計画の着実な実施や必要な見直しを行う。

 いずれも簡単にクリアできる条件ではない。たとえばIR用地を巡っては、住民団体がIR計画の中止を求める住民訴訟を起こし、大阪地裁で争われている。

 IR用地がある夢洲は、建設残土や、海をさらって出た土砂などを埋め立て造成された人工島だ。22年1月、夢洲への地下鉄の延伸工事をきっかけに、さまざまな土壌の問題が明らかになり、大阪市は公費で対策を迫られるようになった。

 たとえば、土壌汚染だ。土壌からは、国の基準を超えるフッ素やヒ素が検出された。このため、土壌の入れ替え工事が必要になる。

 また、液状化の可能性だ。地震の際、液状化する恐れのある層が発見され、やはり対策が必要となっている。造成工事の際に使われた障害物が見つかり、これを取り除く作業もいる。そして、こうした対策や作業に必要な費用を、大阪市は788億円を上限として負担するとしている。

万博開催と重なる工事開始のタイミング

 これに反発して市民団体が住民訴訟を起こしたのが昨年7月だ。その主張は「市が土壌対策のための費用を負担するのは違法である」というもの。もともと大阪府・市が、IR整備にあたって「公的負担は生じない」と説明していたのに、それを覆したというわけだ。

 IR用地に関しては、事業者へ貸し出す賃料が開業時の効果を考えず不当に安く設定されているとして、やはり訴訟が大阪地裁に起こされている。土壌問題の訴訟とあわせて審理されているのだが、いずれにしろ、IRには反発する住民が少なくなく、「地域との良好な関係構築」は困難なものとなっている。

 ギャンブル依存への対策に関しても、大阪府は相談、治療などを行い、患者を支援する「大阪依存症センター」を作る方針となっている。詳細を決めるための議論が始まったが、「対策は不十分なものに終わるのではないか」と懸念を指摘する声も上がっている。

 さらには、同じ夢洲で25年4~10月に開催される大阪・関西万博に関して噴出している問題がIRにも当てはまり、開業に向けた準備や建設が進まないのではないかという指摘も出ている。

 計画では、24年に準備工事が始まり、25年春頃に建設工事が始まる予定だ。しかし、建設工事が始まるタイミングは、万博開幕と重なる。湾岸から車で渡るためのルートは、「夢舞大橋」と「夢咲トンネル」の2つのみ。「万博が開幕すれば来場客が集中し、交通渋滞が起きるのではないか」などと、心配されている。ここにIRの工事車両が加われば、収拾がつかなくなる恐れがある。

 鉄道インフラも不十分だ。万博前の24年度には大阪メトロ中央線が夢洲に延伸され、新駅ができる計画だが、万博とIR建設工事の同時開催の「弊害」を取り除くには力不足といえるだろう。

 このほかにも、万博の海外パビリオンの準備遅れの理由の一つである建設資材費の高騰や、建設労働者の時間外労働規制が強化され人手不足が深刻になることが懸念される「2024年問題」なども、悪影響を及ぼす可能性がある。

 協定締結によって開業に向け大きな一歩を踏み出した大阪IRだが、その内情は不安材料だらけだ。