なぜ指名委員会を設置する企業は増えるのか。現任社長の専権事項では何がだめなのか。複数社で社外取締役を歴任し、日本取締役協会会長でもある冨山和彦氏が語った。(雑誌『経済界』巻頭特集「社長の選び方特集」2024年1月号より)
冨山和彦 経営共創基盤IGPIグループ会長のプロフィール
これまで日本社会は経営の仕事をなめていた
企業を取り巻く環境はここ30年で大きく変わった。競争はグローバルになり、DXをはじめ破壊的なイノベーションが起き、トップが意思決定を間違えればリカバリーが効かない時代になっている。かつての日本企業は現場力に強みがあったが、もはや経営判断の誤りを現場で補える時代ではない。それだけ経営層の人選が重要な課題となり、指名委員会のような機関を設定して社外の取締役も交えた形で社長人事を議論する企業が増えている。加えて、コーポレートガバナンス・コードのような外的な要因も関係している。
以前は現任社長の独断専行で後任社長を選ぶことが機能していた時代もあった。現代ほど大胆な事業変化を求められることはなく、むしろ既存事業の延長線上での地道な改善改良が求められたからだ。そうした状況ならば、社内経験が豊富で、組織の中で人望がある人物が最適である。そういう時代は、現任社長は割と的確に人選ができた。ところが、事業領域すら飛び越える変革が求められる時代になり、現任社長が独断で最適な後継者を選ぶことは難しくなった。それで社長選定のプロセスが重要視され始めたのである。やや悪い言い方をすれば、日本社会はこれまで経営という役割をなめていたのだ。
1990年代以降、日本企業は苦戦を強いられてきたが、それは業務の問題ではなく経営の問題が問われていた。りそな銀行が経営危機に陥った時、畑違いの鉄道会社から細谷英二さんが社長になって建て直しに取り組んだ。当時は金融は専門的な世界だから素人に経営なんかできるわけがないという声もあった。あるいは私が深く関与した日本航空の再建もしかりだ。稲盛和夫さんに社長をお願いしたが、航空業界のこの字も知らない人にエアラインの経営は無理だと言った人が数多くいた。細谷さんも稲盛さんも、見事に会社を立て直した。業務を熟知しないと経営はできないというのは、それそのものが昭和的な価値観なわけである。
一方で、もちろん指名委員会による社長の選定が万能というわけではない。社外取締役を増員する企業が増えることに伴い、質の平均値はなかなか上がっていないという現実もある。あるいは、女性役員比率が数値目標として設定されれば、これまで女性で社外取締役を経験している人は限られるから、どうしても希薄化はしてしまう。ただ、これは仕方のないことである。一度通らねばならない道であり、あれこれ言っていたら前に進めない。
役割を担った人は、その人なりに一生懸命努力していくしかない。複数社で社外取締役を務めれば必ず熟練していく。また、私はもっと現役の経営者が社外取締役を務める例も増えていいと考える。一番大事なことは、現経営陣も、指名委員会に関わる社外取締役も、ちゃんと仕事をすることだ。すなわち、10年後の業績に責任を持つことである。(談)