経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

ネット起業家第一世代は永続する企業をどうつくるか

インターネット普及の波に乗り、数々の起業家が新サービスを打ち出した1990年代。IT革命を勝ち抜き一躍時代の寵児となった彼らにも、間もなく世代交代の時期が訪れる。現代のトップ創業者たちは、いかに事業を次世代に引き継ぎ、企業の成長を持続させられるか。文=小林千華(雑誌『経済界』巻頭特集「社長の選び方特集」2024年1月号より)

藤田晋が社長交代を宣言。50歳から退任を見据える理由

 インターネットの誕生から草創期を支えた起業家たちが、ビジネスの第一線を退きつつある。GAFAMではすでに、メタを除く4社で創業者からのトップ交代が済んだ。交代がうまくいったかについてはさまざまな見方があるが、現在4社とも業績の伸びは順調だ。

 マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は2001年、46歳でスティーブ・バルマー氏にCEOの座を譲った。ゲイツ氏は会長として同社に残ったが、CEO交代後同社の業績は一時低迷。現CEOのサティア・ナデラ氏就任後に調子を取り戻した。

 アップルでは、11年1月に創業者のスティーブ・ジョブズ氏が末期がんで医療休暇に入ったことが、後継者となるティム・クック氏の地位を実質的な経営リーダーに押し上げた。そこから約半年でジョブズ氏はクック氏にCEOの座を譲り、間もなく息を引き取る。ジョブズ氏にとってこの事業承継は、満を持したものとは言えなかったかもしれない。しかしジョブズ氏の死後も同社の勢いは衰えず、時価総額はクック氏CEO就任時(11年末)の約2600億ドルから、23年6月時点で3兆ドルへ膨れ上がった。

 翻って日本でも、23年3月に投稿されたとあるブログ記事が大きな話題を呼んだ。「25周年」と題されたその記事を投稿したのは、サイバーエージェント創業者、藤田晋社長だ。

 「3年後、2026年にサイバーエージェントの新社長を内部から昇格させ、私は会長になることを決めました」

 それは自身の退任を見据えた「後継者育成宣言」だった。突然の発表に驚いた人も少なくないはずだ。26年時点で藤田氏はまだ53歳。同社を創業して28年になるとはいえ、退任を考えるには若すぎるようにも思われる。しかし藤田氏はこうつづる。

 「50歳の社長はこの規模の会社としてはまだ若いとは思うけど、(中略)今から準備しないとサクセッション(継承)出来ない」

 藤田氏は記事内で、ジェームズ・C・コリンズによるビジネス界の名著『ビジョナリー・カンパニー』の名を挙げている。同書は18の有名企業の例から、永続する企業とそうでない企業の違いを分析したもの。その中で、企業の永続に「関係がなかった12の神話」として挙げられている要素のひとつが「カリスマ的指導者の存在」だ。永続する企業にカリスマ的指導者は必要ない。むしろ「会社の長期の展望にマイナスになることすらある」という。つまり永続する企業の条件は、経営者ではなく企業そのものの在り方にある、ということだ。藤田氏は大学生の時読んだ同書に感銘を受けたといい、「最初から誰がやっても繁栄していくパブリックカンパニーを創る志(中略)それを証明したい気持ちもあります」と語っている。

 同社の特徴は、新卒社員の育成に力を入れ、20代、30代の若手にも新規事業や重大なプロジェクトをどんどん任せて活躍を促している点だ。「抜てき」をひとつの企業文化とし、関連会社の代表さえ若い社員に任せてしまう。例えば、17年に設立されたeStreamの代表には、当時新卒4年目の高井里菜氏が、23年に設立されたCAリスキリングパートナーズの代表には、当時新卒6年目の伊藤優氏が就いた。しかも、ただ抜てきして終わりではなく、その後も定期面談、目標の進捗の共有などを通したフォローアップの体制がある。社員それぞれに大きな裁量を持たせることで、若手でも会社の経営を自分自身の問題と捉えることが当たり前になっているのだ。グループの代表こそ創業時から藤田氏がずっと務めてきたが、その中の各事業は藤田氏が直接関与しなくても成り立つ仕組みができている。

 GMOインターネットグループの熊谷正寿代表も、左ページのインタビューで『ビジョナリー・カンパニー』に言及した。これまでの歩みを「自分という創業者の名が一般的には知られないような状況をつくってきた」と振り返る熊谷氏。自分が経営者でなくとも成長し続ける企業をつくることを、創業時から意識していたという。

「経営者が誰か」ではなく「仕組みをどう作るか」

 2人とほぼ同時期にIT業界で起業した楽天グループの三木谷浩史会長も、『ビジョナリー・カンパニー』を自身の経営に寄与した1冊だとしている。そんな三木谷氏は自身の今後について、『週刊文春』22年9月8日号で「まだ経営の第一線を退くつもりはない」とつづった。楽天モバイルの携帯電話事業、楽天メディカルのがん治療事業の2つを軌道に乗せること、楽天グループの世界的企業としての立ち位置をもっと高めることを「楽天グループのトップとして、やり残したこと」とし、自身の手で成し遂げたいと語っている。そして記事はこう締めくくられる。

 「10年先なのか、20年先なのか分からないけれど、僕がいなくなっても継続的に会社が成長していく仕組みを、しっかりと作り上げていく」

 三木谷氏はたびたび「仕組み化」という言葉を用いる。例えば、楽天グループに根付く週に一度の「ASAKAI(朝会)」やデスク周りの清掃といった習慣には、役職関係なく全員が同じように取り組む。同じ習慣を全員で共有することでグループ全体の一体感を高めることが目的のひとつだ。たった一人のトップがいなくなれば崩れてしまうような企業、サービスにはしたくない。三木谷氏もそう考えて組織作りをしてきたのだ。

 この3人に共通するのは、自身の事業承継について語るとき、後継者に備えていてほしい資質に言及していないことだ。当然、実際に後継者選定を行う際には、これまでの実績や人柄を踏まえて選ぶことになるだろうが、それよりも企業が自走する「仕組み」を作ることのほうが重要だと考えているのがうかがえる。

 『ビジョナリー・カンパニー』の初版発行は1994年。98年に藤田氏、91年に熊谷氏、97年に三木谷氏が起業したことを考えれば、まさに同書は日本のインターネット起業家第一世代の創業期に寄り添ったバイブルだ。一代で大企業を築き上げた彼らは、自身が望まずとも「カリスマ」と称されることが多い。いずれ来る彼らの事業承継が、「ビジョナリー・カンパニー」が再現可能なものかどうかの証明になる。