ゲストは、国内外にお好み焼き屋を出店する千房ホールディングス社長の中井貫二さん。社会貢献の一環として、創業者の政嗣会長の代から受刑者の就労支援も行っています。経営理念に掲げる「従業員はファミリー」を体現する千房が大切にする価値観と取り組みについて、中井社長にお話を伺いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=市川文雄(雑誌『経済界』2024年1月号より)
中井貫二 千房ホールディングス社長のプロフィール
受刑者の就職を長年支援「家族同然」の従業員たち
佐藤 千房はお好み焼き屋を国内外に出店される傍ら、創業者でお父さまの政嗣会長の代から受刑者の就労支援を長く続けられています。
中井 2009年ごろに父が知人から相談を受け、美祢社会復帰促進センター(山口県)を視察したのがきっかけです。刑務所出所者や少年院出院者の社会復帰には時間もお金もかかるのを知り、日本財団と共に就労・教育・住居を支援する「職親プロジェクト」を推進しています。塀の中で募集をかけ採用面談をして出所後に迎えに行き、用意した寮に住まわせて仕事を提供しています。
佐藤 塀の中での面談ですか! 出所と同時に手に職があるのは安心しますし、再犯防止に役立ちますね。
中井 おっしゃるとおり、出所者の多くが再犯で刑務所に戻るのは、無職で家がないことも大きい。金銭的な支援もそうですし、やんちゃで問題も起こすので手間もかかりますが、私たちができる社会貢献です。もっとも以前から採用は経歴不問としており、その中で頑張って店長やFCオーナーになる人が出てきて、噂を聞いた児童養護施設の職員や親が相談に来るという状況はありました。
佐藤 貫二さんが社長になった時の彼らの反応はいかがでしたか。
中井 長年一緒に過ごしてきたので、違和感なく受け入れてくれましたね。千房は経営理念の中で、「信頼と友情そしてファミリーの心」を掲げています。従業員は出所者ばかりではないので、一人一人全員を家族同然に大切にしています。
千房に育てられてきた恩を新しい会社づくりで返す
佐藤 お兄さんの急逝で千房の経営に関わるようになったそうですね。前職は東京で野村證券の富裕層向けの資産運用の仕事をされていて、大阪で家業を継ぐのは生活環境の変化もあり、勇気も必要だったでしょう。
中井 年収も半減して単身赴任になりましたが、子どもの頃から、「おまえは誰のおかげで生きていると思ってるんだ。千房の従業員が夜遅くまで働いてお店を切り盛りして、その恩恵を受けているからだ。それを忘れるな」と父に言われ続けてきました。その従業員が困っているのであれば、私が助けるのは当たり前です。外食産業については従業員から学び、また前職で培った社会人としてのマナーや、当時は従業員組合の代表も務めていたので、従業員を大切にする姿勢は千房での経営に生かしています。
佐藤 二代目として時代に即して組織づくりで変えてきたこと、創業者の代から守り続けていることは。
中井 23年は創業50周年を迎え、次の50年に向けて、会社のリボーン、リブランディングが求められています。千房は創業者の代から革新的な取り組みを多数手掛けてきました。百貨店やホテルへの出店、冷凍お好み焼きのチェーン展開、飛行機の機内食として提供したのも最初です。そうした挑戦姿勢は受け継ぎつつ、これまでのようにトップダウンで全てを決めるのではなく、幹部や現場の意見を反映できるボトムアップ型の経営を志向しています。
佐藤 海外展開もエリアを広げていく方針だそうですね。
中井 コロナの水際対策が緩和された22年10月以降、大阪・道頓堀やミナミのインバウンドも戻り、今では千房のお客さまの9割は外国人です。国内店舗でのおもてなしの質の向上を図るとともに、海外出店も強化していきます。10年後にはアジアの店舗を30店舗に増やし、さらに欧州へ。日本の国民食のお好み焼きを食べてもらい、コミュニケーションの輪をつなげる「お好みケーション」を世界に広げたいですね。
佐藤 それを実現できる組織づくりをされてきた。コロナ禍でお店を閉めている間も、従業員を1人もリストラしなかったそうですね。
中井 はい。それどころか20年から毎年30人以上を新卒採用し続けています。これは5年後、10年後の人手不足を見据えているから。孫正義さんの言葉で、「荒波の時に近くを見ていると船酔いしてしまう。ブレない遠くを見ろ」があります。
佐藤 まさにその実践が、人情味のある千房ならではの人的資本経営になっているわけですね。
中井 人情味が濃くて熱すぎるきらいはありますが(笑)。それを強みとしているのが接客サービスです。「接客が良い」と言われれば私たちもうれしい。お好み焼きの味がおいしいのは当たり前。接客サービスの質を高めて他社と差を付け、お客さまに居心地のいい空間で過ごしてもらう。そのために従業員の教育に力を入れています。
佐藤 あらゆる仕事がAIやDXに置き換わる中、人情味にあふれ、接客サービスでぬくもりを感じられるのは素晴らしいことですよ。
中井 人情味と効率化とのバランスを取ることは必要ですが、例えば料理を提供するラストワンマイルは人のぬくもりも提供したい。従業員にモチベーション高く働いてもらう会社を創ることが、私を育ててくれた千房への恩返しです。