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来るべき未来社会に向けてロボットの新たな市場を創る 石黒 浩 AVITA

AVITA 石黒浩 代取CEO

遠隔操作型アンドロイド「ジェミノイド」の開発で世界的に知られるロボット工学者の石黒浩氏は、2021年にAVITAを設立した。石黒氏は人手不足に直面する社会課題に応えるべくCGアバターを活用した事業からスタートし、ロボットとの共生に向けた社会実装を着実に進めている。(雑誌『経済界』2024年2月号「テック企業特集」より)

AVITA 代表取締役CEO 石黒 浩氏のプロフィール

AVITA 石黒浩 代取CEO
AVITA 代表取締役CEO 石黒 浩
いしぐろ・ひろし──1963年滋賀県生まれ。大阪大学大学院基礎工学研究科教授(栄誉教授)。知能ロボットの研究開発をはじめアンドロイド研究を専門とするロボット工学者。2015年文部科学大臣表彰およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞、20年立石賞受賞。著書『アバターと共生する未来社会』(集英社)など多数。

CGアバターを嚆矢にロボットを社会実装する

── ロボットを社会実装していく前のファーストステップとしてのCGアバター事業なのでしょうか。

石黒 私は今まで、自分のコピーのようなロボット「ジェミノイド」をはじめ、ロボットの研究に従事してきました。とはいえ現時点ではロボットはコストもかかり、壊れるリスクも無視できず、普及させることは難しい。なので、まずはスマホやタブレットさえあればすぐに活用できるCGキャラクターのアバターから始めました。最終的にはロボットの普及を目指しますが、CGアバターを軽視しているわけではありません。CGアバターと同時並行して市場に確固としたロボットの市場を創っていきます。

 今まで一時的なブームはあれども、ロボットの市場が形成されなかった理由は、明確な用途がないままに期待感ばかりが先行していたからです。なので、当社は将来の少子高齢化に伴う労働力の減少を解決するような、社会から必要とされる事業をしようと決めました。1人で数台分のロボットのアバターを、遠隔操作で働かせることができれば、社会問題の解決にも貢献できます。

── 2022年にローソンと協業を開始しています。アバターを活用した顧客対応は人手不足の現場のニーズを捉えた戦略です。

石黒 店頭での接客に留まらず、CGアバターは社内のスタッフに向けて営業や接客のトレーニングにも活用できます。生成AIによる大規模言語モデルを活用し、さまざまなパーソナリティを持った顧客を想定すれば、多くの状況を再現できます。

まずはCGアバターでしっかりとした市場を構築し、そこから社会に求められる付加価値の高い部分をCGアバターからロボットに置き換えていくべきだと考えています。CGキャラクターだけでは、やはり人間同士が対面で話しているような存在感を出すことは難しい。物理的なサービスを提供しようとすれば、ロボットにシフトしていくのは必然です。

 私は20年から内閣府が進めるムーンショット型研究開発プロジェクトに参画しています。ロボットを用いた対話サービスをはじめ実証実験を50カ所以上で重ねており、ロボットは人手不足解消に高い効果を上げることを確信しています。

ビジネスを通して複雑な課題に向き合う

── 企業の経営において、研究者としての考え方、発想を生かせる点はありますか。

石黒 大学で研究することと、ビジネスを立ち上げることは大きく異なる取り組みですが、重なる点もあります。私がスタートアップの立ち上げに関わってきたのは、大学での先端的な研究を社会にいかに還元していくべきかを考えたことが理由です。

大学では研究内容の新しさやオリジナリティが評価されますが、ビジネスが成立するには、目新しさよりも、人々にどう受け入れてもらうかという点が最も重視されます。

 そして米国では、大学内で研究するだけではなく、実社会に技術を実装して、その中で新しい問題を見つけ解決していく研究のスタイルが目立っています。特に、実用化が進むロボットや情報系の研究者は大学に留まっていません。巨大テック企業の研究所で、企業が持つ膨大なデータを用いながら研究しています。

 当社のアバター事業でも同様に、サービスが普及していくにつれて、新たな課題が次々と立ち上がってくるはずです。これらの解決には、日頃の地道な研究は欠かせません。

── 大学と企業では組織のあり方、動き方も大きく変わります。

石黒 コロナ禍を経てリモートワークが常態化し、社会でもアバターを受け入れる準備ができました。しかし、社会がアバターを本格的に導入するに当たり、その技術についての粘り強い説明が必要になります。そして既存のビジネスにおいて、どのようにこの技術を活用してもらうかという提案や、販売後の製品サポートをはじめ、大学における研究よりも、会社経営はやるべきことが多く、複雑で難しい。

── 「パーソナル・コンピュータの父」アラン・ケイ氏の一言が、研究と開発の方向性に大きく影響を与えたそうですね。

石黒 ケイ氏の京都大学での講演の際に、パソコン社会の次にはロボット社会が来るのではないかと問いかけたところ「君はクリエーティブな人間だろ。未来は人に聞くものではなく自分で実現するものだ」と言われました。まさにその通りです。そしてこれは私1人だけではなく、社会全体の問題でもあります。人間の責任として、既に共有している技術を応用し、より良い未来をデザインしていかなくてはいけません。

 人間は他の動物と異なり、テクノロジーで進化する生き物です。従来の生物進化の原理ではない原理で行動している、つまり物理的な制約を新しい技術で乗り越える唯一の動物です。ここを突き詰めれば、人間は遠い将来、タンパク質でできた身体から、より無機物的な身体に入れ替わるだろうというのが私の見方です。少なくとも、今の有機物の身体にこだわる必要はないとも考えます。

 私は日常的に哲学者と語らう時間を設けています。人型ロボットを開発することは学問領域を横断しつつ「人間とは何か」という根本的な問いを追求することに他なりません。

── 新技術の実現には、クリエイティビティが欠かせません。

石黒 ロボットは理屈だけでつくっているわけではありません。私が手掛けている人型ロボットはデザイン性が重要になってきます。そして、他の研究や開発、ビジネス領域でも前人未踏のことをやるのであれば、論理的思考だけではなく、芸術的センスが必要になってきます。勉強してきたことの延長線上だけで新しいことをやるのは不可能です。iPhoneをデザインしたスティーブ・ジョブズも、明確な根拠というよりは、直感で形状を決め、それが人々に受け入れられました。いわば芸術的センスが世の中を変えた好例です。そして、柔軟な思考や直感によるクリエイティビティは後天的にも鍛えられるものだと信じています。