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エネルギー価格の高騰は続くも深刻なパニックは起こらない 久谷一朗 日本エネルギー経済研究所

久谷一朗 日本エネルギー経済研究所研究理事(提供画像)

物価上昇が止まらない。背景にはエネルギー価格の高騰という大きな要因がある。ロシアによるウクライナ侵攻に加え、ハマスがイスラエルに大規模攻撃を行ったことで、エネルギー市場の混乱に拍車がかかった。エネルギー小国日本の先行きはどうなるのか。日本エネルギー経済研究所の久谷一朗研究理事に聞いた。聞き手=和田一樹(雑誌『経済界』2024年2月号巻頭特集「日本の針路」より)

久谷一朗 日本エネルギー経済研究所研究理事(提供画像)
久谷一朗 日本エネルギー経済研究所研究理事(提供画像)

イスラエルへの大規模攻撃。石油よりも天然ガスに影響

イスラエル沖で生産された天然ガスの輸出経路
イスラエル沖で生産された天然ガスの輸出経路

―― 2023年10月7日、ハマスがイスラエルに大規模攻撃を行いました。過去、中東で不測の事態が起きた際は、世界のエネルギー価格へ影響を及ぼしてきました。今回の事象の影響をどう見ますか。

久谷 まず、現在(11月中旬)の状況を整理してみます。

 石油については、イスラエルとパレスチナは産油国ではないので、そこで何が起ころうと需給には関係ないというのが大前提です。地理的には産油国が多くあるエリアに近いので、イランやサウジアラビアなど湾岸地域へ飛び火することがあれば供給面に影響が出るかもしれません。ただし、あくまで可能性であって、11月時点ではそうした動向は見えません。世界の市場関係者も、あまり不安視していない気配です。

 天然ガスについては、イスラエルは生産国です。しかも、国内で使うだけではなくパイプラインを通じてエジプトの液化基地に送り、LNGにして欧州を中心に世界へ輸出しています。10月時点でイスラエルの輸出は止まっていますので、供給体制への影響はすでに出ています。

―― となると、24年の石油については値上がりする懸念は限定的で、天然ガスは値上がりの可能性が高いという感じでしょうか。

久谷 そうですね、原油価格は11月時点でもじわじわと下がっているような状況ですし、24年中に極端に高騰することは考えにくいです。

 天然ガスについては、需給がタイトになっているので価格が変動しやすい状況です。例えば、冬の気温が例年より寒くてガスの需要が増えれば、値上げを呼ぶことになります。あるいは、欧州はノルウェーからもパイプラインを通じて大量に天然ガスを購入しているので、その輸出に支障が出ればそれも値上げ要因になるかもしれません。

―― 供給ではなく輸送の面で懸念材料などはあるのでしょうか。

久谷 少し懸念されているのはパナマ運河の水不足です。例年よりも雨が少ないせいで運河の水位調整に用いる湖の水が足りず、通行する船の数量や頻度が減っています。迂回を強いられたり、それに伴って船繰りが難しくなったりすれば、いずれもコスト上昇の要因になる可能性はあります。

 天然ガスについては、ここまで述べたような要因で値上げが起こり、それが日本やアジアへ飛び火してくる可能性はあります。ただ、欧州では貯蔵が十分になされているので、多少の供給の変動であれば吸収できます。ゆるやかな値上がり傾向は続きつつも、23年冬のようなパニック的な状況にはなりにくいでしょう。

―― 日本にとって天然ガスの調達は今後も問題ないのでしょうか。

久谷 世界のLNG需給は25年、26年くらいまでタイトになる可能性があります。石油と違って備蓄ができないので、そうなれば日本への供給量が減るシナリオもありえます。

 LNGは、ターム契約と呼ばれる数年間から10数年間の長期契約を結ぶのが基本です。すでに締結している分の供給が途絶えるのは考えにくいですが、足りない分は調整用にスポットで購入しています。世界的に需給が逼迫すればスポット価格は必然的に高騰しますので、高いお金を出して購入するか、買い負けて手当てが難しくなるか、どちらかになります。

―― 買い負けないにしてもコスト上昇の可能性があるわけですね。ちなみに23年はエネルギーコスト高騰を背景にさまざまなものが値上がりしました。この傾向は24年も続くのでしょうか。

久谷 続く見込みです。燃料価格の上昇は自動的に小売り料金の値上げにつながるので、引き続き国民全員が負担することになります。産業用ガスの価格上昇についても、基本的には製品価格に転嫁されることになります。

世界の脱炭素へのアクセルは一時、緩むことになるか

―― ロシアの侵攻やイスラエルへの大規模攻撃は、世界的な脱炭素の潮流に影響を及ぼしていますか。

久谷 大前提として、カーボンニュートラル実現を目指す大きな目標は変わりません。ただ、多くの国がエネルギーに関する世界のリアリティは少し違う段階にあると認識するきっかけになったように思います。特に欧州はこれまで脱炭素へ全力でアクセルを踏んでいるような状況でしたが、ここにきて短期的なエネルギー供給を間に合わせるために、石炭火力や原子力、ガスなどを活用するようになりました。もちろん、脱炭素の旗は降ろしていなくて一時的な対応ですが、それでも従来のスタンスからすると考えられない変化です。

―― 日本の脱炭素の進め方はどうでしょうか。

久谷 日本は脱炭素の取り組みが遅いと言われ、「化石賞」を受賞することもありました。ですが、今になってみれば、石炭火力も残しつつ多様なエネルギーミックスを目指してきたのは正しい判断だったと思います。

 脱炭素社会へ進むことは重要です。ただ、もっと大事なことは、脱炭素後のエネルギーシステムがきちんと準備できるまでは、化石燃料のシステムを壊してはいけないということです。欧州を中心に脱炭素の取り組みが早い国は、ドラスティックな変化を進めるために化石燃料のシステムを壊しながら、並行して脱炭素型のシステムを準備してきました。結果的に、ウクライナ侵攻やイスラエルへの大規模攻撃のような不測の事態が起こると脆弱さが露呈しました。カーボンニュートラルのシステムを作りつつ、化石燃料のシステムも一定程度は残していかないと、途中の段階で危険な局面が出てくるということが今回、明らかになりました。

―― 日本としては、エネルギー価格の変動を緩和する方法はないのでしょうか。

久谷 日本全体で見ると短期的な打ち手はないですね。長期的には再生可能エネルギーの活用や原発の再稼働によって、化石エネルギーの輸入量を減らしてコスト変動のインパクトを減らしていくことはできると思います。国全体で知恵を絞って進めていくしかないですね。