日本のメディアは、中国の経済変調を報じ続けている。確かに不動産市況の低迷など、不安材料には事欠かない。その一方で、外交の世界で中国の存在感は増すばかり。その中国と日本はどう向き合うべきなのか。中国経済に詳しいシグマ・キャピタルチーフエコノミストの田代秀敏氏に紐解いてもらった。(雑誌『経済界』2024年2月号巻頭特集「日本の針路」より)
中国の報道に見る、日本のポジション
日中関係の現在を象徴することが2023年11月18日に起きた。
その前日に米国サンフランシスコで、APEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の開催に合わせ、岸田文雄首相と習近平国家主席との日中首脳会談が行われた。
翌18日の日本の新聞各紙は、1年ぶりの日中首脳会談を、第1面で大きく詳細に報道した。それと対照的に、同日の中国共産党の機関紙『人民日報』は、第2面で小さく簡潔に報じただけだった。第1面で習主席とメキシコ、ペルー、ブルネイの各首脳との会談を順に報じ、第2面でフィジーの首脳との会談を報じた記事の次に日中首脳会談を報じたのである。
他の首脳との会談より少し長いものの日中首脳会談を首脳会談の記事として5番目に報じたことは、中国にとって日本がもはや「大国」でないことを如実に物語っている。
日本軽視の最大の理由は、岸田内閣の支持率が自民党政権奪還以来の最低水準を推移していることだろう。
安倍政権で高かった18〜29歳の内閣支持率が著しく低下したことなど中国で詳細に報じられている。
尖閣諸島周辺の日本の排他的経済水域(EEZ)に中国がブイを設置したのも、日本軽視の一端だろう。
中国が日本を大国として扱わない以上、日中関係は米中関係の「付属物」として推移していくことを、覚悟しなければならない。
それは対米従属が日本にとって「最適解」であることを意味しない。
米国は自国の国益のために米中関係を選択するが選択の際に日本の国益を考慮しない。事実、1971年7月15日に当時のニクソン大統領は日本の頭越しに訪中を発表した。
米国の変幻自在な米中関係の選択に先回りしながら、日本は自らの国益を追求しなければならない。
中国の機嫌取りをするバイデン大統領の立場
米中関係の現在を象徴する光景が、APEC首脳会議の席上、各国代表が見守る前で、繰り広げられた。
代表全員が大きな円卓に着席し、会議が始まろうとする時、議長国である米国のジョー・バイデン大統領は自分の席を立ち、円卓の外を一人で歩いて、中国の習近平国家主席へ後ろから歩み寄った。バイデン大統領が、座っている習主席の右肩に優しく手を掛け、笑顔で話しかけると、習主席は振り返って悠然と立ち上がり、バイデン大統領と笑顔で立ち話を始めた。習主席の後ろに着席していた中国の王毅外相が慌てて立ち上がり、二人に歩み寄ったことから、事前の打ち合わせなしのサプライズだったのは明らかである。
米国大統領が中国国家主席の機嫌を取るのを目の前で見せられた首脳たちの中には、日本の岸田文雄首相も、台湾代表として参加していた半導体メーカーTSMC(台湾積体電路製造)創業者の張忠謀氏もいた。
その前日、バイデン大統領は、サンフランシスコ郊外で習主席との首脳会談を行い、友好ムードを演出した。しかし会談直後の単独記者会見の最後で、大統領は「習近平は独裁者だ」と発言してしまった。
発言の瞬間、記者席の最前列で大統領に向き合って会見を見つめていたブリンケン国務長官が眉間に皺を寄せ表情を曇らせた通り、明らかにバイデン大統領の失言であった。
その翌朝、冒頭に述べた光景が繰り広げられたのである。バイデン大統領が習主席に前日の失言を詫びているのだと居並ぶ代表たちが思ったであろうことは想像に難くない。なぜなら、関係改善を急がなければならないのは米国だからである。
米国は来年、大統領選挙の年となる。1月15日から予備選挙や党員集会が各地で始まり、11月5日の本選挙の投票日まで、激しい選挙活動が繰り広げられる。再選を狙うバイデン大統領にとって外交に注力できる期間は2023年内に限られる。
そこで外交成果を得るために、米中首脳会談が行われ失言があった当日の朝、米国は中国に譲歩した。
安全保障上の懸念から輸出を規制する制裁の「エンティティー(対象)・リスト」から、中国公安部識別センター(国家薬物研究所の住所を含む)を除外したのである(*1)。
公安部は警察を含むさまざまな治安業務を管轄する官庁であり、その国家薬物研究所を、米商務省は20年、ウイグル族への人権侵害に関与しているとしてリストに追加した。
その一方で、米国は、乱用が社会問題化している合成麻薬の材料の一部が中国で製造されているとして、中国側に対策を求めてきた。
米中首脳会談で合成麻薬対策の作業部会の設置で合意するために、米国政府は国家薬物研究所を制裁対象から外したのである。
米中貿易は減っても実際は「迂回貿易」
米国内の問題解決が安全保障より優先される際には対中制裁が解除される前例が作られたことになる。
米中間の輸出入合計はバイデン政権下の最初の2年間に18・6%増加し、22年に過去最大を更新し約7609億ドル(約113兆円)に達し、日米間の輸出入合計の約2・45倍となった。
23年上半期に米国の中国からの輸入額は前年同期比24・9%減少した。しかしカナダ、メキシコ、ASEANからの輸入が急増しており、中国がそれらの国・地域で加工して米国に「迂回輸出」していることを示している。
このことからも明らかな通り、米中デカップリングは不可能であり、適切な貿易管理について中国と協議を継続しなければならないので、米国は中国に譲歩し、「機嫌取り」までしなければならないのである。
大統領選挙が米国内での深刻な分断・対立を拡大激化するとしても、米中関係はサンフランシスコで露呈した不思議な均衡を保ちながら、米国が譲歩を重ねていくのだろう。
実際、来年の大統領選挙の共和党候補として現在のところ突出して最有力のトランプ前大統領は、23年7月18日に保守系メディアのフォックス・ニュースが主宰した対話集会(タウン・ホール)で、習主席のことを「頭が良く、優秀で、すべてが完璧だ」と絶賛している(*2)。
Entity List Removal
(*1)https://www.federalregister.gov/documents/2023/11/17/2023-25557/entity-list-removal https://www.asahi.com/articles/ASRCK3GJ7RCKUHBI00C.
(*2)htmlhttps://www.wsj.com/articles/donald-trump-xi-jinping-cedar-rapids-town-hall-sean-hannity-15bfe172