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ガバナンスは崩壊し危機管理能力が欠如する岸田政権 鈴木哲夫 ジャーナリスト

鈴木哲夫氏

10人いたら3人しか支持していない。それが岸田政権の実情だ。11月下旬、さまざまな世論調査で政権支持率が30%を下回るようになった。これは岸田政権発足後で最低水準であり、政権維持のための危険水域とされる数字だ。ジャーナリストの鈴木哲夫氏は、「2024年は本格的な政局に突入」と読む。(雑誌『経済界』2024年2月号巻頭特集「日本の針路」より)

鈴木哲夫氏

「普通」はどこへ。絶望的な政治の現実

 「普通の企業なら考えられない。これだけいろいろ出てくれば経営者は引責辞任が当然だし、若い社員なんか辞めちゃう」

 11月末、民間の経営者の皆さんと意見交換する場があった。岸田文雄政権に対するある経営者の意見に全員がうなずいた。政策では前言を翻しまるであらぬ方向へと走り、人事では「適材適所」と胸を張りながら不祥事で次々辞任。政治とカネでは信じられない報告ミスが発覚し、裏金作りという疑惑が浮上。「普通の企業」なら、「普通の感覚」なら、確かにあり得ない。しかし、絶望的だがそれが今の「政治」の現実だ。国民が見放し、内閣支持率がどんどん低下していくのは当然だろう。

 岸田政権に欠けているのは、何と言っても「ガバナンス」。象徴的なのは臨時国会で成立した経済対策に関する補正予算だ。岸田首相にとっては、支持率挽回の起死回生策。この2年間で税収が合わせて約3兆5千億円増えたとし「物価高対策として、国民に分かりやすく税の形で直接『還元』する」と言い続けてきた。 ところが、11月8日の衆院財務金融委員会で鈴木俊一財務相が、「(過去2年間で)税収が増えた分は、政策経費や国債の償還などですでに使っている。減税をするというなら国債の発行をしなければならない」と「還元」を真っ向から否定した。

 増えた税収3兆5千億円はもうない。今後、減税や非課税世帯支援で国民にお金を配るが、その原資は国債。国民自身が借金し、いずれ自分たちで返せということなのだ。さらに所得税減税もたった一回で、しかも実施は2024年。岸田首相はあれだけ公言していたのに、財務省をきちんと説得していたのか。自民党財務政務三役経験者は言う。

 「鈴木財務相が岸田首相の面子を潰すような発言をした背景には、官邸と財務省のパイプ役だった木原誠二官房副長官が週刊誌報道で官邸を離れ希薄になっていることがある。また、支持率対策のために勝手に発言する岸田首相に財務省が距離を置き始めた」

 まさにガバナンスの崩壊。安倍政権時代に官邸にいた元官僚は言う。

 「大きな政策は、まず官邸内で官僚、官房長官や副長官と戦略を定め、閣僚や各省庁のトップ、党の実力者などと事前に話をして意思疎通を図る。それが全くできていない」

 続けて安倍政権時代を例に挙げた。

 「18年に安倍政権が消費税10%を決めたとき、政権幹部らは表向きに賛否両論を公言した。閣内不一致と批判されたが、じつは菅(義偉)官房長官を中心に打ち合わせて発言を役割分担していた。政権内でも賛否議論百出の状態を作り、最後には安倍首相が苦渋の決断をする――。そうすれば、反対世論のガス抜きもできるし国民からは悩んだ末の決断に見える。また、当時反対していた公明党とは菅氏が公明党主張の軽減税率という交換条件をまとめ上げた。今回の減税で、こうした水面下の調整があったとは思えないし、根回し役の側近も不在」(同元官僚)

 岸田政権の「危機管理能力の欠如」といえば人事もそうだ。23年9月に内閣改造を行ったが、なんと副大臣、政務官人事は異例のスキャンダル続出ですでに(11月末時点)3人が辞任した。山田太郎文部科学政務官が女性問題、柿沢未途法務副大臣が選挙違反事件への関与の疑い、そして神田憲次財務副大臣は税金滞納。特に神田氏はひどい。補正予算を主導する財務省本体の副大臣が、自身が代表取締役を務める会社の固定資産税を滞納してきた常習犯で、4回も差し押さえを受けていた。

 法務の副大臣が法を犯した疑い、財務の副大臣が税を滞納。立憲民主党幹部は「ブラックジョーク」と皮肉った。

 「副大臣と政務官人事は自民党の各派閥から推薦で挙がってきた議員を配分する。それをやるのは岸田首相ではなく側近や官房長官などだが、この辺りの危機管理がなっていない。派閥が推してくればそのまま素通りしていく」(自民党ベテラン議員)

飯島も菅も今井もいない。危機管理能力欠如の背景

 過去の政権では、危機管理能力を発揮し首相を支えた人物がいた。例えば、小泉純一郎政権の飯島勲秘書官だ。私が執筆した『汚れ役』(講談社)の取材で飯島氏から聞いた危機管理の鉄則は「身体検査」だった。

 「まずは政治とカネ。閣僚はもちろん副大臣や政務官なども政治資金収支報告を2~3日かけて徹底して調べる。当たり前だ。もし怪しいのが見つかったら、先に修正させることもやった」

 飯島氏は、内閣情報調査室(内調)や警察庁などとのパイプで情報を確認していたほか、独自にスポーツ紙や週刊誌などのメディアに強力な人脈を築いてきたこともあって、スキャンダル情報などを大量に収集できた。

 いま、岸田政権に「飯島氏はいない」(前出ベテラン)。もしいたなら、山田氏のスキャンダルは週刊誌筋から、柿沢氏の選挙違反疑惑のケースは警視庁筋から、神田氏の一件は国税筋から、情報をつかんだはずだ。

 安倍政権では、菅官房長官が警察庁や公安、内調などにも情報網を張り巡らせ、身体検査はもちろん、スキャンダルや不祥事について情報収集し対応した。また、経産省官僚の秘書官だった今井尚哉氏もいて、ダブル危機管理に徹した。

 政権や政策をアピールしていくための「ガバナンス」や、トラブルが起きたときにそれを処理する「危機管理」なくして、年明けも岸田政権の安定はおぼつかないだろう。永田町の自民党議員たちも公然と「ポスト岸田」を口にし始めた。

 「総選挙ばかりが話題になるが、じつは秋以降の地方選挙で自民党はほとんど負けている。24年も地方選挙はヤマほど予定されていて地方組織から『岸田さんの顔じゃ戦えない』との声が選挙区の国会議員や本部に届いている。過去、総裁おろしの起点になったのは常に地方の声。このまま支持率が20%を切るようなことになれば岸田おろしの動きが出始める」(自民党選対幹部)

 すでに、河野太郎氏や高市早苗氏はポスト岸田に向けて勉強会を始め、石破茂氏なども反主流派の菅氏などと接触しているとされる。岸田首相はこのまま総裁選にも出馬せず早ければその前にも退陣との見方もあるが、一方で、再選を目指すとなれば解散総選挙を打つしかないだろう。 「解散して自公で過半数維持など、そこそこに勝利すればそれは国民から信任を得たことになり、総裁選でも議員や党員は再選を支持せざるを得なくなる」(自民党幹部)というわけだ。

 だが、過半数勝利はそう簡単ではない。外交成果や現金給付、所得税が戻ってくることなどで少しでも支持率が上がれば「そこでとばかりに解散のタイミングを計り続ける」(前出幹部)ことになる。

 24年はいよいよ本格的な政局に突入しそうだ。しかし、それは自民党が与党としての安定を図るための国民不在の自民党内政局。ズルズルと引きずることで国民への必要な政策は遅滞する。早いけじめ、そしてどうせなら早期の解散総選挙で政権運営の構造に国民が審判を下し再構築させることが望ましいのではないか。