ミネラルウォーターのサントリー天然水、コーヒーのBOSS、緑茶の伊右衛門など、有名商品を数多く扱うサントリー食品インターナショナル。サントリーグループ唯一の上場企業であり、時価総額は1兆4千億円を上回る(12月現在)。2023年3月に社長に就任した小野真紀子氏は、サステナビリティ経営を強化すると決意を語る。聞き手=和田一樹 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年3月号より)
小野真紀子 サントリー食品インターナショナル社長のプロフィール
グローバル化のカギは理念・文化の一体感
―― 昨年3月、サントリー食品インターナショナル(SBF)の社長に就任しました。小野さんは1982年にサントリー(現・サントリーHD)に入社しています。なぜサントリーを選んだのでしょうか。
小野 当時は男女雇用機会均等法が施行される前で、4年制大学を卒業していても女性が就ける仕事の多くは補助的な役割でした。しかし、私は男性と同じように仕事ができる環境を求めていました。また、大学で外国語を勉強していたこともあって、グローバルな仕事をしたいとも思っていました。それで条件に合うサントリーを選びました。
―― 経歴を見るとイギリスやフランスでの駐在など海外を渡り歩いていますが、最初からグローバル志向だったのですね。
小野 そうです。当時、サントリーの海外事業はまだまだ小さく、もっと拡大していこうというのが経営陣の考えでした。私は国際部という部署に配属され、31歳の時にサントリー初の女性駐在員になりました。
―― その後、小野さんのキャリアの歩みとともに、サントリーも海外事業を伸ばし、2009年にサントリーグループの飲料・食品事業を担う会社としてSBFは分社化されました。今では売り上げの約半分、営業利益の3分の2以上が海外というグローバル企業です。企業のグローバル化を目の当たりにしてきたわけですね。
小野 たしかに海外企業を買収して相互にシナジーを生み、今のSBFがあります。ただ、本当の意味で企業がグローバル化するというのは、業績の海外比率の問題ではないと感じます。
企業のグローバル化には、まず理念やカルチャーを伝えていく段階が必要です。サントリーで言えば、ファミリーカンパニーならではの長期視点や利益三分主義という考え方、「人と自然と響きあう」という理念です。それらは、海外の方にとって目新しい考えだったかもしれませんが、かなり時間をかけて伝えてきました。
―― 事業のシナジーを求める前に文化を共有するということですか。
小野 それが大事です。また、理念やカルチャーを馴染ませる段階では、人の交流も重要です。私を含め日本から現地に駐在するメンバーは多くいましたが、逆に海外からも日本のサントリーに来てもらって、雰囲気を肌で感じてもらいました。企業がグローバル化するというのは、海外企業も含めたグループ全体が、数字以外の要素まで一体感を持てるかがポイントになると思います。
―― その後、企画や人事の部門で要職を歴任しながら、20年1月から、フランスのオランジーナ・シュウェップス・グループ(現サントリー食品フランス)で2年間社長を務めました。社長として、海外の企業を率いるのはどんな体験でしたか。
小野 とてもチャレンジングな時間を過ごしました。私が社長になった時、もともと事業が苦戦していて、社長が短期間で交代するような事態が続いていました。私に求められたことは組織を安定させ、事業を成長路線に乗せることです。しかし、それまでフランス人以外が社長を務めたことはなく、そもそも私自身にとっても社長という役割が初めての経験でした。ですから、これは大きな挑戦だと覚悟を決めていました。ところが、就任のわずか数カ月後に、コロナウイルスが世界を襲いました。
―― 難題続きだったのですね。
小野 フランスは厳格なコロナ対応を行い、ロックダウンを実施しました。それに伴ってカフェや飲食店などの業務用需要がゼロになり、売り上げは激減しました。スーパーだけは営業できたので、その分の出荷のために工場は稼働しましたが、基本的にリモート業務をメインにせざるを得ない状況に陥ってしまいました。
ロックダウンが数カ月続き、社員はどうしてもネガティブなマインドセットになります。いかにチームのまとまりを保ち、気持ちを盛り上げていけるのか、私も毎日悩みました。また、工場に勤務するメンバーは外出することになり感染リスクが生じます。それを納得してもらうにはどうしたらいいのか。そこも努力が必要でした。
―― 実際にどんなことをして難局を乗り切ったのでしょうか。
小野 私はトラスト(信頼)という言葉を大切にしています。仕事をする上で信頼関係が最も大切で、そのためにはコミュニケーションが欠かせません。厳しい状況だからこそ、コミュニケーションの密度を高めようとしました。
リモートで毎月タウンホールミーティングを行い、「厳しい状況でも懸命に働いてくれてありがとう」と、感謝のメッセージを送り続けました。また、部長級の社員でも直接会えていない人が数多くいたので、50人以上とリモートで1on1を重ねました。他には、トランスペアレンシー(透明性)の確保も心がけました。今、会社ではこんなことが起きていて、経営陣はこんな取り組みをしていると、メンバーに向けて発信していったのです。
森林を歩き回り感じた、環境・社会と事業の継続性
―― グローバルな環境でリーダーシップを磨いた小野さんがSBFの社長になったということは、今後はより海外事業を強化させるということでしょうか。
小野 たしかに海外事業をもう一段階上のステージに持っていくのは大きな仕事です。最近、海外も含めたSBFの経営陣が集まる会議の雰囲気が変わりつつあります。以前だったら代表者はそれぞれのエリアの報告をするのが基本でしたが、例えば欧州の担当者が日本のビジネスについて質問したり意見を述べたりする機会が増えました。これは良い傾向だと感じますし、今後もグローバルな相互のコミュニケーションは重ねていきたいと思います。
加えて、環境や社会の課題に対してしっかりと向き合うサステナビリティ経営も重視していきます。SBFは水や農作物など地球の資源を使って事業を行っていますので、環境や社会の持続性に貢献するのは大きな意味があります。
―― 小野さんご自身は22年からグループのサステナビリティ経営推進本部長を務めていました。特に思い入れの強い活動は何でしょうか。
小野 サントリーグループのサステナビリティに関する活動は水源涵養やペットボトルの再利用、温室効果ガス削減など多岐にわたりますが、私が特に印象深いのは、森林涵養の活動です。
国内では、全国22カ所、約1万2千ヘクタールの森で「天然水の森活動」を行っており、私たちの工場で汲み上げる地下水の2倍以上を生み出す森を育んでいます。また、海外ではフランスやスペインを中心に、工場近隣の生態系を守るための活動を行っています。森の再生には30年も40年もかかります。それはサントリーだけでできることではなく、大学の研究者をはじめ、さまざまな専門家、関係者と力を合わせて取り組みます。私もサステナビリティ担当役員をしている時に、実際に森を歩き回らせてもらいました。土壌に太陽光が届くように伐採したり、木を植えたりする作業を目の当たりにし、根気のいる作業であるとともに、非常に大切な役目だと深く感じました。
―― 飲料を扱う事業の性質上、ペットボトルとも不可分です。
小野 SBFは、30年までにグローバルで使用するすべてのペットボトルで、リサイクル素材あるいは植物由来素材等のみを使用する方針です。飲料業界としても、ペットボトルのリサイクルに力を入れていますが、特に大切なのはペットボトルを再びペットボトルに生まれ変わらせる「ボトルtoボトル」です。リサイクルの結果、繊維や食品トレーに生まれ変わるものもありますが、そうなるとその先のリサイクルが難しい現実があります。21年度時点で日本における水平リサイクル比率は20%強でしたが、30年までに業界として50%達成を目指します。
サステナビリティのため一定のコストは仕方がない
―― サステナビリティは重要な取り組みだと思いますが、相応のコストもかかるはずで、利益とのバランスをどう考えていますか。
小野 リサイクルペットボトルは通常のものより高い場合もあり、コストプレッシャーはあります。ただ、先ほど申し上げた通り私どもの事業を継続していくためには必要なコストだと考えています。
「サステナビリティ」と表現するのは最近になってのことですが、元々サントリーは環境や社会への貢献を大事にしてきた会社です。サントリー美術館やサントリーホールは、文化との触れ合いを提供しようという思いで始まっています。そういう意味で、モノを売るのが全てではなく、企業として社会や文化に貢献をしていく。それがグループのバックボーンに受け継がれていますので、改めて強化していくべき点だと考えています。
―― 企業の姿勢に消費行動が付いてくればコストの問題も多少は緩和されそうですね。
小野 サステナビリティへの取り組みが直接的な付加価値となってバリューアップできるのが理想かもしれませんが、なかなかすぐに価格転嫁するのは難しい状況です。まずは企業努力で吸収していきます。
とはいえ、サントリー天然水の2リットルペットボトルで、飲み終わった後に約6分の1まで畳める容器を取り入れているのですが、こうした取り組みは少なからずお客さまに好感を持っていただけていると思います。お水を選ぶ時に、われわれの取り組みをふっと思い出していただけるとうれしいです。
―― サステナビリティへの取り組みも含めて、社長としては最終的に業績が問われると思います。就任後の決算を見ると売上収益、営業利益ともに前年を上回る推移です。今後も業績を伸ばすために、どのような組織にしていきますか。
小野 私の仕事はSBFの将来をつくることです。と言っても、それは遠い未来ではなくて、5年後、10年後もしっかりと成長し、今よりも素晴らしい会社になっているための仕掛けをしていくことです。
組織づくりも、その一環として重要視しています。具体的には、ダイバーシティはもっと大事にしていきたい。多様性と言うと少しありきたりな気もしますし、日本だとどうしてもジェンダーに意識が向きます。しかし、海外ではすでにジェンダーの多様性は担保されつつあって、国籍や人種の多様性に重点が移動しつつある。SBFでもそうした意識を持ち、より強い組織にするためにグローバルなジョブローテーションの機会をもっと提供していきたいと思います。
ただ、全体の一体感や柔軟性、多様性はもちろん大切にしつつ、やはり組織は個人の集合体ですから、それぞれがモチベーション高く、生き生きと仕事ができること。それが一番のベースなのではないかなと思います。私個人としても、みんなに元気に仕事をしてもらいたいのでできるだけ疲れた顔はしないように、と心がけています(笑)。