男女雇用機会均等法が施行されたのは1986年、以来40年近くがたち女性社員の登用も珍しくなくなった。しかし上場企業の女性役員はまだまだ少ない。ましてや女性社長となると数えるほど。そんな中、日本航空の次期社長に女性が内定した。日本の社長選びが変わろうとしている。文=関 慎夫(雑誌『経済界』2024年4月号より)
JAS出身も初。CA出身も初
社長交代の季節が到来した。
少し前まで、新社長の発表は決算発表と同時に行われることが多かった。3月決算企業の場合なら、4月末か5月上旬ということになる。そして6月末の株主総会で就任という運びだった。
ところが最近は、新しい決算期の始まる4月1日に就任するケースが増えてきた。それに伴い、社長交代発表はどんどん早くなっていて、前年のうちに発表することも珍しくなくなった。最近の例で言えば、大和証券グループ本社、住友商事、東京海上日動火災などが、旧年中に社長交代を発表した。
年が改まってからも、新聞紙上には毎日のように新社長のニュースが掲載されている。その中にあって、ひと際目を引いたのが、1月17日に発表された日本航空(JAL)の人事だった。
4月1日付で社長に就任するのは、専務でカスタマー・エクスペリエンス本部長グループCCO(最高顧客責任者)の鳥取三津子氏で、現在59歳。赤坂祐二社長は6年間の社長任期を務めあげ、4月からは会長となる。
JALは1951年に設立され、53年に現在の法人格となる。以来70年余りが経過したが、女性社長が誕生するのはこれが初めて。また、鳥取氏は東亜国内航空(TDA)に入社。TDAはその後日本エアシステム(JAS)に社名変更し、2002年にJALと経営統合する。それから20年以上たつが、JAS出身者が社長に就任するのも初めて。さらに鳥取氏はCA出身。元CAの社長誕生もJALとしては初めてだ。
このように、鳥取氏はJALにとって初めてづくしの社長となる。数年前から社長レースの下馬評にのぼっていたが、いざそれが現実となると、やはり一種の驚きと新鮮さを感じざるを得ない。
社長交代会見でも、「女性初」に関する質問がいくつか出た。それに対して鳥取氏は「私自身はあまり女性だからというようなことは特段思っていない。自分らしくやっていきたい」と答えたうえで、「女性社員はライフイベントもたくさんあるので、次のステップに悩んでいる人もいる。自分が社長をやることで、勇気を与えたり次のステップの後押しになれば非常にうれしい」と付け加えた。この回答に対して会場内にいたJALの女性社員が大きくうなずいていたのが印象的だった。
「サラリーマン社長に女性なし」が日本の常識
日本企業に女性幹部が少ないのは今さら指摘するまでもない。厚労省が従業員10人以上の企業6千社を対象に調査した「雇用均等基本調査」によると、22年の課長以上の女性管理職の比率は12・7%。つまり8人に1人だ。この数字は過去最高だが、前年から0・4ポイントしか増えていない。政府は30年までに女性管理職比率を30%にまで引き上げることを目標としているが、その差は大きい。仮に21年から22年のような上昇率が続けば、30年になっても20%に届かない。
女性管理職が少なければ女性役員も当然少ない。内閣府の調査によれば、東証プライム上場企業の女性役員比率は13・4%(昨年7月段階)で、前年より2ポイント上昇した。女性管理職比率より多いが、これは東証が「30年に女性役員比率30%」の目標を掲げ、企業に対応を迫った結果、社外役員に女性を登用するケースが相次いでいるためだ。内閣府によれば、男性役員の60・4%が社内登用であるのに対し、女性役員の87・0%が社外役員だ。もちろん女性役員がいないよりはいいとしても、13%という数字には水増し感がつきまとう。
女性役員が少なければ、女性社長・会長はさらに少ない。帝国データバンク調べによると、日本企業の女性社長比率は8・3%。しかしこれは全国約120万社が対象の調査で、大企業になればなるほど女性社長は少なくなる。日本には上場企業が約4千社あるが、その中で女性が社長や会長を務めているのは20社程度でしかない。そしてその多くが自ら起業した会社で、その代表とも言えるのが、DeNA会長の南場智子氏だ。
南場氏はマッキンゼーのコンサルタントだったが、オークションサイトの企画・運営を行う会社としてDeNAを立ち上げ、その後携帯ゲーム事業に進出。今ではプロ野球チームも所有し、南場氏は日本プロ野球オーナー会議議長や経団連副会長を務めている。その両方で「女性初」の冠がつく。南場氏以外にもウォンテッドリーの仲暁子氏、ビザスクの端羽英子氏なども創業社長だ。
時代をさかのぼっても、女性上場企業社長の草分けである、アート引っ越しセンターの寺田千代乃氏、テンプスタッフ(現パーソルテンプスタッフ)の篠原欣子氏なども起業家社長だった。
もう一つ多いのは、経営者の家族というパターンだ。昨年、エステー社長を退き会長となった鈴木貴子氏の場合、父親が創業者だ。かつてお家騒動で世間を騒がせた大塚家具の大塚久美子元社長も創業者の父から会社を引き継いだ。ユーシン精機の今の社長は小谷高代氏だが、もともと小谷氏の父親が創業、父の急死に伴い母が社長となり、その後娘にバトンが渡された。
つまり今までは女性が上場企業のトップに就くには、起業するか、あるいは夫や親から引き継ぐしかなかった。ある程度規模の大きい会社で、ビジネスパーソンとして男性と共に出世レースを争ってトップに立った例といえば、リクルート生え抜きの河野栄子氏が1997年に社長になったケースがあるが、当時のリクルートはダイエー傘下で未上場。売上高も現在の10分の1にすぎなかった。つまり女性は上場企業の「サラリーマン社長」にはなれない、というのが今までの日本の常識だった。
日本初! 1兆円企業に女性社長が誕生
その常識が少しずつ崩れ始めた。 昨年3月、サントリー食品インターナショナル(SBF)社長に小野真紀子氏が就任した。SBFはサントリーグループの唯一の上場企業で、売上高は1兆4503億円(2022年12月期)。小野氏は初の1兆円企業の女性社長だ。サントリー創業家の鳥井家と小野氏は何の関係もない。大学卒業後、サントリーに入って出世を続け、上場企業のトップの座を射止めた。
続いて6月には、マネックスグループ社長に清明祐子氏が就任した。清明氏は19年から中核子会社であるマネックス証券の社長を務めていたが、4年後に創業者の松本大氏からバトンを引き継ぎ、名実ともにマネックスのトップに立った。創業メンバーでもなければ松本氏との血縁関係もない。
そして今回のJALの鳥取氏だ。JALはコロナ禍で業績が低迷していたが、日常生活が戻ったことで客足も戻り、来る3月期決算では12年の再上場以来最高の売上高となる見込みだ。そうなるとJALの売上高はSBFを上回る。それと同時に鳥取氏は社長に就任することになる。
そして恐らく、今後も女性社長は増えていく。上場各社の社長レースを見ていても、女性が有力視されるケースが増えてきた。
もちろん、これまで男性優位だった日本社会がそう簡単に変わるはずがない。女性にとってガラスの天井は、まだまだ厚い。それでも時代は少しずつ前に進んでいる。
冒頭のJALの会見のシーンに戻れば、鳥取氏が女性であることを最初に質問したのは、外国系通信社の女性記者だった。「今さら男女云々ということはないと思いますが」と前置きして、「女性がJALの社長になることはなかったので改めてお聞きしたい」と続けた。
記者にしても、性別をテーマにした質問をするのは不本意だったに違いない。しかしそれでも聞かざるを得ないのが、今の日本社会であることもまた事実だ。しかし、SBFやマネックス、そしてJALに続く企業が増えてくれば、交代会見でこのような質問が出ること自体、減ってくる。それは案外、近いかもしれない。