経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

2024年実質所得の行方が日本経済浮沈のカギを握る

昔の歌になぞらえれば、平成以降(1989年~)に生まれた人たちは「インフレを知らない子どもたち」だ。物価は上がらない。そして給料も上がらない。それが日本経済を停滞させた。それが今ようやく、変わりつつある。インフレはすでに起きた。あとは所得を増やすだけ。日本経済の浮沈のカギは春闘が握っている――。文=関慎夫(雑誌『経済界』巻頭特集「『安いニッポン』さようなら~日本の給料を考える~」2024年4月号より)

バブル後30年続いた上がらぬ給料上がらぬ物価

 「あらゆる手を尽くし、今年、物価高を上回る所得を実現してまいります。実現しなくてはいけません」

 1月30日の施政方針演説で、岸田首相はこう宣言した。

 財界総理こと十倉雅和・経団連会長も口を揃える。

 「デフレ完全脱却への正念場であり、今回ぜひ賃上げをやって、来年もやらなくてはいけない」(1月30日の定例会見)

 春闘を控え、今では誰もが口を開けば「賃上げ」の大合唱だ。というのも、今年の賃上げには日本経済の浮沈がかかっているといっても過言ではないからだ。

 左ページの表は、2022年の各国の平均賃金を比較したもので、日本は韓国に次いで21位。トップのスイスからは6万ドル以上も引き離されている。

 これが1990年はどうだったかというと、日本の平均賃金は3万8千ドル。為替の問題もあるが、2022年より4千ドルも高い。順位も11位とけっして高くはないが、それでもOECDの平均並み。当時も1位だったスイスとの差も1万5千ドルほど。3倍も開きがある22年とは大きく違う。そして当時の韓国の賃金は日本の6割程度だった。

 ところがバブル経済が崩壊し、日本は失われた30年に突入する。同時に日本人の所得は伸び悩む。1990年代こそ平均して3%以上の賃上げがあったが、2000年代に入ると1%台が常態化する。それを示したのが左ページのグラフだ。そしてその結果が世界21位というランキングだ。

 「デフレ経済から脱却できなければ日本の成長はない」とは、過去30年言い尽くされた言葉だ。そこで第二次安倍政権では、大胆な金融政策、機動的な財政出動、成長戦略の「3本の矢」を打ち出しデフレ脱却を目指した。それにより、株価は上がり為替は円安に振れたが、それでも給料は上がらなかった。

 そこで安倍首相は13年から春闘の季節になると経団連をはじめとする財界首脳と面談、積極的な賃上げを求めた。その後も毎年春になると「デフレ脱却のために賃上げを」と安倍首相は言い続けた。しかし、大企業はこの要請に応じたものの日本全体へ波及することはなかった。

 給料が上がらなくても国民が受け入れていたのは、この間、物価もほとんど上がらなかったためだ。しかも小売業界がPBの充実やSPA(製造小売り)を導入したことで、生活防衛も可能になった。それもあって商品価格の値上げはほぼ確実に売り上げ減を招いたため、メーカーは怖くて値上げに踏み切れなかった。

 しかしコロナ禍に伴う世界のサプライチェーンの混乱、そしてロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰により状況は一変した。まずは企業間取引の物価を示す企業物価指数が急上昇し、22年9月には10%超を記録した。ここまでくると企業側も価格転嫁せざるを得ない。

 消費者もそれを受け入れた。それまでは、値上げは販売総額の減少につながっていたが、22年以降は、値上げ効果が販売個数の減少を補うようになり、その結果、22年2月まで0%台だった日本の消費者物価指数は上昇、23年1月には4・3%を記録した。日銀の物価上昇目標2%の倍の水準であり、その分、国民の暮らしは厳しくなる。

 そこで23年春闘で、政府は企業に対しそれまで以上の賃上げを要請、企業側もそれに応えざるを得なかった。しかもコロナ禍が収束に向かい、日常生活が戻ってくるに従い人手不足が顕在化。給料を上げないことには人材確保も難しくなった。さらには世界的に人的資本経営がブームとなり、人に投資しない企業は株価が低迷する時代となったことも後押しした。

実質所得の上昇なくしてデフレからの完全脱却なし

日本の過去20年の賃上げ率
日本の過去20年の賃上げ率

 それが昨年の賃上げ3・6%につながった。これは1993年以来30年ぶりの水準だ。しかし国民の実質賃金は昨年2・5%も減少した。賃上げが物価上昇に追いついていないためだ。

 ただし、国内外の過去の物価上昇局面を見てみると、インフレが始まった当初、ほぼ例外なく実質所得は低下している。だからこそ、重要なのは今年の賃上げということになる。その意味で、2024年こそ勝負の年だ。

 仮に今年実質所得が増えなかった場合、日本経済の未来は暗い。GDPの6割を占める個人消費が今後も伸びないことを意味するからだ。

 株価も心配だ。昨年末から、東証株価はうなぎ登り。今年1月だけを見ても3000円近く上昇、バブル後最高値を記録しただけでなく、年内にも1989年大納会で記録した3万8915円を抜くのではとの予測が強まっている。

 この株価を支えているのが外国人投資家。中国経済の低迷により日本市場に資金が流れ込んでいることもあるが、それだけではなく、日本が経済成長に向けた新しいフェーズに入ったと見ているためだ。人件費を上げるには生産性を上げる必要がある。そのため日本企業の構造改革および設備投資に進むとの観測から株価も上昇した。つまり株価と賃上げは密接にリンクしている。

2022年平均年収ランキング
2022年平均年収ランキング

 2月上旬の段階では、今年の春闘は大いに期待できる。連合の芳野友子会長は「5%以上」の目標を掲げるが、経団連加盟の大企業の多くが6~8%の賃上げを予定している。問題は、労働人口の9割を占める中小・零細企業や非正規雇用の賃上げだ。

 岸田首相も施政方針演説で中小企業や非正規雇用の賃上げを最大限支援するとしたうえで、「長年続いた縮み志向の意識ではなく、賃金が上がることが当たり前だという前向きな意識を社会全体に定着させる」と発言、持続的な賃上げに強い意欲を示している。

 幸いなことに、資源価格も落ち着き、値上げラッシュもひと段落した。昨年12月の消費者物価指数は2・3%と2カ月連続で伸び率が縮小した。このまま春闘で高い賃上げを獲得すれば、ようやくデフレ経済からの完全脱却が見えてくる。

 それへ向けての連合・芳野友子会長の決意と、企業側の考え方を、次ページ以降で紹介する。