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心臓シミュレータで救命を スパコンエンジニアの使命感 千葉修一 ジャパンメディカルデバイス

ジャパンメディカルデバイス 千葉修一

スーパーコンピュータ(スパコン)の技術を活用した心臓シミュレーションに取り組んでいるジャパンメディカルデバイス(JMD)。これまでにない技術は医療承認を得るための手続きなど課題も多いが、千葉CEOは「子どもの命を救いたい」と事業化に邁進する。(雑誌『経済界』総力特集「注目企業2024」2024年5月号より)

ジャパンメディカルデバイス 代表取締役CEO 千葉修一氏

ジャパンメディカルデバイス 千葉修一
ジャパンメディカルデバイス 代表取締役CEO 千葉修一 ちば しゅういち

心臓の動きを忠実に再現 先天性心疾患の子どもも救う

千葉CEOは元富士通のスパコンエンジニア。「京」「富岳」と2代にわたり開発に携わり、「富岳」では開発責任者として指揮を執った。スパコンを用いたシミュレーションの解析は気象や流体など幅広く利用される。数あるシミュレーションの中で最も引かれたのが「心臓シミュレーション」だった。

「富岳の開発を終えて、次は開発する側から使う側になりたかった。エンジニアとして一番興味深いのは生命科学の解析。特に心臓シミュレーションは医学や生理学など、多岐にわたる知識が必要で、その難易度は高いのですが、人々の命を救うことに携われる点に引かれました」

時を同じくして心臓シミュレーションに興味を持つ富士通の仲間たちと意気投合。彼らは医療機器の承認に不可欠な医療機器製造販売業許可を保有するPIAに合流していた。2020年4月には、PIA、東京大学発のベンチャー・UT-Heart研究所、富士通の3社間共同研究契約を締結し、本格的な事業化の検討をスタート。その後、PIAからの会社分割によって、日本で初めて精緻な心臓シミュレータの事業化を目指すJMDが産声を上げた。心臓シミュレーションはこれまで他の機関でも研究されていたが、スパコンを用いた彼らの技術はレベルが段違いだ。

「心臓は複雑かつ個人差の大きな臓器で、病気の予兆を検知したり、ペースメーカーなどの治療の影響を事前に予測したりするのは難しい。われわれの技術は心臓の4つの部屋や心臓弁、血管の形はもちろん、分子レベルで心臓が動く原理から再現するものです。細胞や臓器に与える影響まで考慮して使えます」

事業化を目指す柱は大きく三つ。一つ目は心臓再同期療法(CRT)の効果予測だ。CRT治療に使われる両心室ペーシングの植え込み治療を行う患者は、日本では年間約5千人、米国では年間約5万人だが、その約3割は十分に効果が得られない(ノンレスポンダー)と言われている。現在の医療技術では事前の有効性判定が難しいとされてきたがJMDの心臓シミュレータであれば両心室ペーシングを挿入後の心臓の動きを予測できる。

「日本では厚生労働省から先駆け審査指定を受け、医薬品医療機器総合機構(PMDA)との交渉を進め、治験の準備を進めています。同時進行で、マーケットの大きな米国でのビジネス展開も目指し、米国食品医薬品局(FDA)との接触も開始しています。米国ならではの保険制度に精通したコンサルタントにヒアリングし、マーケット調査も実施しています」

二つ目の柱は先天性心疾患の「術式決定」と「予後予測」だ。心臓病を持って生まれる先天性心疾患の子どもが生まれる割合はおよそ100人に1人と高く、胎児の時点で心疾患が判明した場合、生まれてすぐに手術しなければならない。新生児の心臓は小さく形も異なるため、手術には高度な技術が必要となる。そこでJMDが心臓シミュレーションを行い、複数の術式におけるバーチャル手術や術後の予後予測を行うことで、医師の最適な術式決定を支援する。

「心臓の拍動・内部構造・血流等あらゆる情報を忠実に再現するのはフルスペックのシミュレーションです。計算には数日を要し、費用もかかりますが、小さな命を救うためにも、なるべく迅速に事業化したい」

これらの取り組みは、日本医療研究開発機構(AMED)から高評価を受け、2期にわたり助成金が交付されている。

医療承認など事業化は道半ば 健康診断サービスの開始急ぐ

三つ目の柱は心臓病の早期発見・予兆検知も可能にする「健康診断」。未病領域に踏み込み、将来発生する恐れのある心疾患を予測する。スーパーコンピュータを用いて現実の心臓を忠実に再現し、3万種類の仮想心臓を生成。そのデータベースとAI技術を活用し、健診で記録した心電図から心臓病リスクを判定する。

「まだ開発中ですが、心疾患の健康診断サービスはビジネスとしては一番有望です。心疾患のスクリーニング検査は少ないのが現状。例え数千円のオプションサービスでも数万人、数十万人に提供すれば大きな事業の柱になります」

医療貢献が大きく見込まれるJMDの心臓シミュレータだが三つとも事業化には至っていない。背景には日本の医療機器承認を取得するまでの膨大な手続きがある。

「国内手続きは煩雑で時間がかかります。海外の医療機器承認はビジネスとして成り立つかが評価されますが、日本は安全面が重視されます。心臓シミュレーションの高い技術は、その複雑さ故、評価する側も難しい。まずは健康診断サービスを一刻も早くスタートさせて、世の中に心臓シミュレータを浸透させたい」

さらに価格面も課題がある。個人の心臓の再現度にもよるが、フルスペックでオーダーメードした場合は数百万円を超える見込みだ。

「将来的には保険適用も想定していますが、それでも価格を抑えるのは難しい。特に先天性心疾患の心臓シミュレーションは高額になります。何としても子どもの命を救えるよう、CSRやSDGsの観点も含めさまざまな手段を模索中です」

課題がクリアされ、心臓シミュレータが実用化された暁には、多くの命が救われることとなるだろう。

会社概要
設立 2020年11月  
資本金 3億1,350万円  
本社 神奈川県川崎市  
従業員数 約15人  
事業内容 心臓シミュレータ(UT-HeartⓇ)を活用した新たな医療機器コンピュータシミュレーションサービスの研究開発  
https://jmd-corp.com/