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健康増進を組み込んだ商品が生保業界唯一無二である理由 高田幸徳 住友生命保険

高田幸徳 住友生命

生命保険はどの商品も大差ない。決め手となるのは営業職員の能力――というのが多くの人の実感だろう。ところが最近は様相が変わりつつあり、一定の歩数を歩くなど、健康にいい行動を取るとメリットのある保険も販売されている。そんな保険を売り出した高田幸徳・住友生命保険社長に話を聞いた。聞き手=関 慎夫 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2024年5月号より)

高田幸徳 住友生命保険社長のプロフィール

高田幸徳 住友生命
高田幸徳 住友生命保険社長
たかだ・ゆきのり 1964年生まれ。大阪府出身。88年京都大学経済学部を卒業し住友生命保険入社。2007年秋田支社長。09年営業企画部次長兼営業企画室長。11年営業企画部長。17年執行役員兼企画部長。上席執行役員、執行役常務を経て、21年社長に就任した。

他社には真似できない健康増進プログラム

―― 今回のインタビュー場所は東京駅前の本社ではなく、銀座4丁目交差点にある住友生命「Vitality」プラザ銀座Flagship店です。和光の目の前という超一等地(表紙写真参照)ですが、保険商品は販売していないそうですね。

高田 私たちの「Vitality(バイタリティ)」という健康増進プログラムは、お客さまの行動変容を促し、日常を改善して健康になっていただくことがとても重要です。ここはその世界観を体験していただく場所で、バイタリティの一部を無料で体験いただける「バイタリティ体験版」などをご案内しています。こういうスペースをつくるなら、誰もが知っている場所を旗艦店舗としたかった。ちょうどこのビルに空きがあったので、バイタリティをより身近に感じていただこうと、2021年8月にオープンしました。来店者数は徐々に増加し、今では月に1千人、累計で3万人の方にお越しいただいています。

―― バイタリティは特殊な保険なのですか。

高田 バイタリティという言葉は一般的にもよく使われますが、バイタリティのような健康増進プログラムは日本では前例がありません。バイタリティを保険契約に付帯していただき、一日に一定歩数を歩くなど健康増進活動に取り組んでいただきますと、その取り組みに応じて保険料が変動します。

 発売開始は18年7月。私自身、導入に携わりましたが、生命保険は保障内容のみで特徴を出すことが難しくなってきており、新しい商品が出てもすぐに真似することができるため、差別化が困難でした。しかし、バイタリティを付帯いただくことによって、行動変容を促しリスクを減らす側面ももった新しい商品とすることができました。

 日本は世界一の長寿国です。しかし健康寿命と平均寿命の間には、男性で9年、女性で12年ほどのギャップがあります。こうなると健康寿命を迎えた後、QOLが低下した状態が長く続くことになる。健康寿命を延ばすには普段の生活をより健康的にしていくことが重要で、それに貢献できるのがバイタリティです。保険料が安くなるというのが動機付けとなり、行動を変えることで金銭的負担が減り健康にもなれる。一石二鳥の商品です。

―― 他社でも、健康診断の数値によって保険料が変わる商品を売っています。健康増進活動を保険に組み込むことも簡単でしょう。

高田 バイタリティは南アフリカのディスカバリー社が開発したもので、すでに誕生から20年以上がたっています。これを世界の40の国・地域で、各国1社限定で提供しています。つまり日本におけるパートナーは住友生命だけです。私たちは、ディスカバリー社のCSV(共有価値の創造)の考え方、すなわち商品を販売するだけでなく、お客さまや企業に対し健康長寿社会の実現という共有の価値を生み出し、社会的な課題解決につなげるという理念に共感し、日本でのパートナーとして手を挙げたのです。

 健康増進の取り組みに応じて保険料を変動させるには、健康増進活動と死亡率や疾病率との間に関連があることを明確にする必要がありました。これが実は難しい。データを集めるには長い時間がかかりますから。その点、私たちは、ディスカバリー社が20年以上にわたり収集してきた世界の標準データの知見を活用することで、この課題に対応することができました。これを他社が一からデータを集めて商品設計するのは相当ハードルが高いと思います。

加入者同士がオフ会で情報交換

高田幸徳 住友生命
高田幸徳 住友生命保険

―― 発売から5年。新しい生命保険は日本市場に受け入れられましたか。

高田 認知度はかなり高まってきました。テレビコマーシャルも多少はやっていますが、バイタリティの認知拡大には、このプラザのように地道なパブリシティが必要だと考えています。それを着実に続けてきたことで、かなり効果が出てきており、加入者数も23年度末には130万人を超える見込みとなっています。その広がり方について、営業職員がお客さまに伝え続けている成果が出ているほか、特徴的な点として、加入された方が口コミやSNSなどを通じて、革新的な商品であることを広めてくれている。

 日本より先に発売された国でも同様の特徴があったので、日本でもと期待していたのですが、実際に加入者が自ら発信し、仲間づくりをしてくれています。熱心な加入者の間ではオフ会も開かれていて、どうやったらポイントを多く獲得できるのかといった情報交換をしたり、こんなに健康になったということをお互いPRしている。生命保険商品としては大変珍しいケースだと思います。

―― 従来にない商品を扱ったことで、住友生命も変わりましたか。

高田 一般的な生命保険が真価を発揮するのは、死亡や病気などネガティブな事象が起きてからですが、バイタリティは健康増進活動を通じてリスクを減らしていくことができるポジティブな商品です。健康増進に取り組んでいるお客さまからも感謝の声をいただける。この声を聞くことで、職員もまたポジティブになれる。その効果は非常に大きい。

 もう一つは、先ほど申し上げたように、保険商品の差別化は難しい。ところが、バイタリティは違うよねと言っていただける。すると、会社全体でいろんなチャレンジをしようという気になる。「ポケモンGO」とタイアップし、ゲーム内で使えるアイテムを獲得できるといったユニークな特典が生まれるなど、続々と新たな特典が追加されています。バイタリティの中身は時間が経つとともに進化しています。お客さまの声や職員自らの発想でサービスが追加されていく。これがうれしい。さらに、お客さまと保険以外のところでもお話しすることができるようにもなりました。これが次のビジネスチャンスにつながるかもしれません。

非生命保険領域にウイングを広げる

―― 具体的にはどんなことですか。

高田 バイタリティを通じて、日々、膨大なデータが集まってきます。その結果、バイタリティ会員の血圧や血糖値が非加入者と比較して改善されていることが分かりました。得られたビッグデータを活用し、お客さまに価値を還元する。あるいは一歩先のビジネスやマーケティングの差別化などにつなげていく。すでに、お客さまの健康診断結果や日々の運動状況等から、性別や年齢層ごとの集団における相対的な健康上の立ち位置や、疾病リスクを可視化する機能を提供しています。今後はさらに、一人一人にふさわしい価値提供ができるかが重要になると思います。

 そのために、新しい商品やサービスを自社で開発するだけでなく、スタートアップも含めてヘルスケア領域に取り組んでいる企業との連携を増やしています。例えば、健康増進を行っていても病気になってしまうことはあるため、PREVENTというスタートアップをグループに迎え入れ、同社と共に重症化予防プログラムを提供しています。このほかにも、不妊治療など人生におけるペインポイントに対するサービスも開発し、他社と組んで提供しています。

―― 生命保険会社の範疇を超えるようにも思えます。

高田 私たちは、住友生命グループの長期的に目指す姿として、「日本・世界・地球未来のウェルビーイングに貢献し続ける保険会社グループ」を掲げるとともに、その実現に向けた2030年時点のありたい姿を、ウェルビーイングに貢献する「なくてはならない保険会社グループ」として定めています。生命保険だけなら、生命保険に加入している人、加入しない人、加入してくれる見込みがある人、という3区分でしかお客さまを見ない。そうではなく、人生のさまざまなポイントにおいて、一人一人に合ったサービスを提供していく。そのためにも非保険領域も含めて事業のウイングをどんどん広げていく。それが私たちの考えです。

―― その先、住友生命はどんな会社になっていくのでしょう。

高田 30年までに保険・非保険領域を合わせ2千万人にウェルビーイング価値を提供する目標を立てています。その時には、ウェルビーイングといえば住友生命だよねと認知をしてもらえる、そんな企業グループでありたいと考えています。ウェルビーイングとは、非常に多様的ですから、“個”のお客さまへの対応が必要となり、パッケージ化されたサービスでは通用しません。大変な道のりですが、その挑戦にワクワクしています。